表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/49

13.【Vlog】ハコネ(ダンジョン)温泉に入ってきました♡


『えっと、葵ちゃんが言ってたのってこの辺──あー! あれだー!』


 歩いて10分ほど。

 本来のルートから外れた場所に、秘湯が存在していた。

 植山は別のダンジョンストリーマー、温泉系NewTuber〝青空温泉〟の動画を観て知っていたらしい。


『すっごい! バラだ! 東くん! バラがバラバラになって浮かんでるよ!』


 こいつカメラ回してるというのに、また名前を……。


 ただ、本当にダンジョンというのは不思議な場所だ。

 温泉にバラが咲いてるわけがないのに、なぜか上から薔薇の花弁がヒラヒラと降り注ぎ、豪華な薔薇風呂となっていた。

 見上げても湯気で見えない。落ちた花弁はいつか消えているのか、薔薇が溜まることもなさそうだ。


『では、これから温泉に入ろうと思います!』


 俺は撮影を止めた。


「なんで⁉︎」

「何度も言っているだろう。自分からは脱がない。それが──」

「だいじょぶだって〜」

「あのな……」

「東くんが守ってくれるもん」


 彼女は龍を倒したあの時と同じく、大人びた雰囲気で微笑んだ。

 まさか、本当は全て気付かれて──


「だって、わたしのカメラマン兼編集者兼マネージャーですからね!」


 ……いるわけないか。

 吾妻はペカーッと笑顔になった。


「分かった。ただ、足湯だけにしておこう。ファンを焦らすのもテクの一つだ」

「おっけ! じゃあ、とりあえず靴は脱ぐね」


 俺は撮影の準備をする。

 このカメラは吾妻の撮影用に俺が買った、ダンジョンストリーマー御用達の特注品だ。

 厳しい環境下でも撮れるよう、防塵防水防熱防寒、全ての基準をクリアした代物である。

 顎が外れるほど値段は高かったが、今回のダンジョン攻略を経て、きっと収益化できるようなるから、そこで借金を──


「ギャァ‼︎」


 吾妻が頭から温泉に落ちた。

 靴と靴下が一足ずつあることから、片足が裸足になった途端足を滑らせたな。


「ぷはっ! うぇー、落ちちゃった〜。あ、でもすっごくいい温度だ! きもち〜、このまま入ってた〜い」

「はぁ……分かった」

「えへへ〜、ごめんねー東くん。けど、ほら! ハプニングが起きても楽しく撮影した方がいいもんね!」

「まぁ、ハプニングは日常茶飯事だけどな」

「えっへへ〜、じゃあずっと楽しいね〜」


 全身濡れた吾妻は、本来するはずだった足湯撮影のように、温泉の縁に座る。


「じゃあ、これ。このボタンを押して、この表示が出てる間は撮れてるから。もう一回押せば停止な」

「あれ? 東くんが撮ってくれないの?」

「……女の子の入浴シーンを撮るわけないだろ……」

「あ……おぉふ、そっか……」


 気まずい空気が流れる。

 着衣のままの入浴は非常識だとして、炎上要因にしたくないし、たとえ白く濁ったお湯で中身が見えないからといっても一緒にいることが問題なのであって──


「とにかく、変なの映すなよ。編集のカットの仕方くらいは後で教えてやるから」

「わたし変じゃないけど⁉︎」


 変な人ではあるだろ。


「……じゃあ、誰も来ないよう周り警備してくる。終わったら声かけてくれ」

「うん。わかった」

「あぁ、それと荷物に予備の着替えと化粧水乳液パック、充電式ドライヤーあるから、出たらそれを使ってくれ」

「準備いいっ⁉︎」


 こうして俺はしばらくここを離れた。

 周囲には魔物の気配も罠の設置もなさそうだ。

 そもそもダンジョンはボスを倒すことで一気に危険等級が下がる。

 ボスの支配下である魔物は弱まり、罠も起動しなくなることが多いからだ。

 だから大丈夫。注意することがあるとすれば──


「知ってんか〜、ここに秘湯があるんだってよ〜」

「え〜、なにそれちょー楽しみ、ってぎゃっ⁉︎」

「ん? どした、げぇっ⁉︎ な、なんだ……⁉︎」


 別の探索者だ。

 吾妻の元に一歩たりとして近寄らせるわけにはいかない。

 途中、仁王立ちして警備する俺の姿を「お、鬼っ⁉︎」なんだと逃げ帰った奴はいたが、それ以外は特に起こることはなかった。



   ◇ ◇ ◇



「……別に東くんに撮ってもらっても大丈夫だったけどな……」


 お湯に浮く薔薇の花弁をツンと突いて、呟く。


「ふぅー! この温泉熱いなー! もう上がろっと!」


 言われた通り撮影を切ってから、温泉から上がる。

 あとでこの一言はカットしてから渡そうと、バスタオルで体を拭きながら吾妻は思う。


「ま、まぁ〜東くんが撮ってくれるのが1番わたしがかわいく撮れるからね。もちろん、それだけのことなんだけど──って、あれ……も、もしかして東くんが下着の予備を持ってきたってこと……⁉︎」


 東がずっと背負っていた大きな荷物。

 中にはガスマスクや救急箱、吾妻を守ったり治療するためのばかり。

 その奥底に服が入っていた。


「あ、赤い……⁉︎ へ、へ〜東くんこの色が趣──ん?」


 出てきたのは、赤い……そしてモコモコと装飾された下着。広げればデザインとして選ばれたのは


「メンダコ⁉︎ まさかのメンダコ⁉︎」


 胸元に可愛らしい小さな目とピョコンとした耳が付いたものであった。


「えー、ファッションセンス皆無〜、でもモコモコは正義だしな。それに案外かわいいかも……?」


 東が選んだのは確実に子供が喜ぶ前提の大人用下着。

 不満を漏らすが、最終的には気に入る吾妻だった。



   ◇ ◇ ◇



「──では、またお会いしましょう」

「うん! 葵ちゃん、またコラボしようね‼︎」


 ダンジョン入口付近で植山たちと合流し、共にエンディング撮影をしたのちに、外へと出た。


「ねぇねぇ東くん。この後葵ちゃんとご飯食べたいな〜? 別にいいよね!」

「迷惑かけるなよ」

「かけないよ⁉︎」

「ふふっ、嬉しいお誘いありがとうございます。ただ……そのようなゆとりは、なさそうですよ?」

「え? わわっ⁉︎」


 ダンジョンがあった旅館を出ると、そこには初攻略したことを嗅ぎつけたメディアがいた。

 アーカイブストーンについては誰かが勝手にリアルタイムの状況を更新しているので、非公式サイト上で誰でも確認できる。

 初攻略したことを取材攻めされている吾妻は「えへへー」と答えていた。


 ──その後ネットニュースに取り上げられたこともあってか、動画公開後、登録者数が400人弱から8万人まで一気に増加した。


【マイマイかわいい‼︎】【この子倒したのってレイドボスだよな⁉︎】【龍相手に舐めプしてね? とんだチート新人が現れたな笑】【めっちゃカッコいい……今日から推させてください】

 など、話題を掻っ攫って行った。


『──バイバイ』


 今回のハコネダンジョンで、ここが一番リプレイ回数が多いシーンとなった。

 何度見返しても、感じたことない痛みが胸を襲う。

 抱いているものが何かぐらいは自分でも理解している。だが、決して俺は──

 

「東くん! 次のダンジョンはどこ行く⁉︎ お金も入るわけだし〜ちょっと遠出でもしよ!」


 学校の屋上入口に吾妻が来たので、俺はすぐにノートパソコンを閉じた。

 そう、今回初めて()()()()()したお陰でファンと再生時間が増え、収益化が認められることとなった。

 来月20日までは貧困生活だが、その後はある程度余裕のある探索ができるようになる。


「まずは防具、それにもっと機材とか揃えてたらそんなお金なんて……」

「だいじょぶだいじょぶ! また配信して稼げばいいし! それにわたし最強だからこれでもだいじょぶだよ!」


 はぁ……楽観的な吾妻を変わらず支えなければいけないな。

 大台まであと少し。引き続き、彼女の()()()として励んでいく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ