11.素手で巨大なボスと戦っていくよ!
植山と合流する5分前──
俺は吾妻と共に、何の問題もなくダンジョンの奥へと進んでいた。
『はぁ……わたしのハイパーソード……』
いや、問題はあったか。
げんなりした演者をこのまま配信するわけにはいかないので、励ますことにした。
「今も撮影中なんだから元気を見せろ。あれもハプニングとして面白いだろう」
『あっ、たしかに。みんなに楽しんでもらえるなら、尊い犠牲だよね。じゃあ、いっか!』
チョロいなこいつ。
あんな安い武具ならば、無くてもさほど変わらない。
何が来ても俺が守ればいいだけだし……てか、運動神経は良くても、こいつに武具持たせたらうっかり自分を傷付けそうで怖い。
最初に持たせるならば、良質な防具や回復・支援系の宝具になってくるな。
『あ! みんな見てみてー! たっくさん湯気が出てますよー! ここは温泉地だからダンジョンの中も温泉なんです。ん? スンスン……うぇぇ、なんか腐った卵みたいな臭いが強れちゅんっ⁉︎』
俺はすぐさま吾妻を背後から抱き寄せて、彼女の鼻と口を手で塞いだ。
「んぐごぐん⁉︎ んぐんーんぐんんん、んんんんんんぐんー!」
(東くん⁉︎ 撮影中なのに大胆すぎるよー!)
「待て、暴れるな」
目の前から流れてくる大量の湯気。
共に流れてくるこの臭いは──硫化水素か。
温泉地特有のものだが、このハコネダンジョンではここまで大量に観測されたことがない。だからB級に下げられるという噂もあったというのに……。
硫化水素は本来無色、臭うその時までは気付かない。
空気よりは重いため、近くの岩の上に吾妻を連れて飛び乗った。
「ぷはー! あ、東くん、いきなり後ろから抱き付くのはちょっと反則だよっ……それに、東くんの手のひらにキ、キ──」
「硫化水素だ。いいからこれ付けろ」
「りゅうかすいそ? って、これってガスマスク? ガチもののガスマスクだね……」
「今からおそらくボスとの戦いになる。顔出しができなくなるが……名前、載せるんだろ」
「わぁ……! うん! もっちろん‼︎」
**
『マイマイパンチー‼︎』と、その場で殴る素振りをするので、俺は適当な石を龍に向かって投げ付けた。
倒れている植山たち。この硫化水素ガスから逃げ遅れてしまっていたか。
しかし、彼らがいなければこの魔物は入口に向かって進行し、吾妻や他の探索者を危険に晒していたかもしれない。
『──それじゃあ、まいります!』
「ちょっと待て。まずは植山たちを避難させる。だから吾妻さんはカメラを持って、先に実況しといてほしい。ここから動かずにだぞ」
「素材集めだね、おっけー! 任せといて!」
「もう一回マイマイパンチ出しといて」
「マイマイパンチー‼︎」
また、適当な石を複数投げつけて、散弾銃を打ち込んだごとく龍に攻撃する。
けたたましい叫び声を上げ、宙に浮いていた魔物は地面へと落ちる。
「パ、パンチが遠くまで届いた……やっぱりわたしって最強!」
龍が落ちている間に、吾妻が調子に乗って近付く前に。
俺は四人にマスクを順に付けてあげて、少し離れた場所に素早く避難させる。
『あ、貴方、何者なの……。それに、貴方のガスマスク、は……』
温泉地のダンジョンだしと思い、念の為ガスマスクを持って来ていた。吾妻用、俺用、吾妻の壊した時の予備用、吾妻が無くした時の予備用、吾妻が俺のを壊した時用と5つ。
吾妻と植山たちに渡せば俺のは無くなるが、これくらいのものならば特に問題はない。
「……ただの裏方です。裏方は着飾る必要はありませんから。息を殺して、輝く彼女をただ撮影すればいいので」
「ふふっ……そう……素晴らしい、心掛けですわ……。ねぇ、これを……」
植山は懐から扇子を取り出し、俺に手渡す。
「宝具:侘び寂び──貴方なら、きっと使いこなせますわ」
「ありがとうございます。ぜひ動画が更新するのをお待ちください。うちの演者が龍を倒すところを」
「ええ……」
植山は目を閉じて、呼吸をすることに集中し始めた。他の三人も意識はあるものの、このまま放ってはおけない。
早く片付けて、四人を連れ出さねば。
さて、吾妻のところにすぐ戻ろう。
「マイマイ史上……一番の敵かもしれないよね。でも、だいじょぶ! わたしがバシッ! っと倒してあげます‼︎ あ、東くん! 葵ちゃんたちはだいじょぶだった⁉︎」
「あぁ。大丈夫だから、俺の名前を呼ぶなよ」
「ごめん!」
「撮影できたか?」
「もっちろん!」
俺は吾妻からカメラを受け取る。
「……録画ボタン押し忘れてるぞ」
「えっ」
「まぁ、いい。今から取れ高を作れば」
「問題ない‼︎」
しかし、温泉の湯気と魔物が出す硫化水素ガスのせいで画面が白いな。ホワイトバランスとかで調整できるものではないし。
これだと、ただ魔物を倒しても決定的な証拠を見せつけられない。
この湯気を消すにはどうしようもないから、何かメソトスコーラの時同様に、派手なことができればいいが……。
「ねぇねぇ、東くん。わたしさ、すっごいカッコいい倒し方思いついたんだけどさ」
「何?」
「爆発しちゃおうよ。そしたらヒーローみたいでカッコよくない⁉︎ 温泉もあるから火が広がる心配もないし!」
吾妻も理由は違えど、同じようにどう倒すかを考えてくれたみたいだが、さすがにそれは却下だ。
硫化水素には引火性がある。ダンジョンという密室空間においては大爆発を起こしてしまう。
だからハコネダンジョンは火気厳禁──ではないな。
入口に注意喚起の立て看板もなければ、腐卵臭もここに来るまで臭うことはなかった。
「こっちだ」
「おぉっ⁉︎」
龍が火球をこちらに吐いてくる。
この魔物が炎を扱える時点で実は爆発しない硫化水素に似た気体──もしくは気体の流れに仕組みがあるはず──
「なるほど……そうか。いいアイディアだな、採用だ」
「ふふーん! でっしょ〜?」
「よし、撮影を開始するぞ」
「うん!」
再び浮かび上がる魔物を背景に、吾妻はカメラの前のファンに向けて語りかける。
『このモンスター、なかなか手強いよ! 名前……確か龍火水祖? だっけ。これからわたしマイマイが倒してみせます! みんな、見ててね‼︎』
吾妻はカメラに向かってウィンク。
ファンサービスは十分だ。あとは魔物を、彼女の手柄にして倒すぞ。




