挑発と裏目
「しまっ――」
トアの台詞に気を取られていたクシアは、背後に迫る男の存在に気付くのが遅れた。
(やけに道がグネグネしてると思ったら、こういうことか……!)
トアは、クシアを追いかけながら二人を覆う程度の大きな球体をイメージし、周囲の空間を歪めることで道が通常の方向とは大きく歪んで見えるようにしていたのだ。
クシアも薄々何かがおかしいとは思っていた。さっきからずっと大きな道路を通っていたにしてはえらく道がグネグネしているとは感じていた。
だが、クシアはトアを挑発するため、逃げと破壊に集中してしまっていた。
逃げに徹したからこそ、あえて道を無視して強引に進むという選択肢を考えなかった。建物で見えない方角を進むよりも、はっきり見えている通路を通った方が確実だったからだ。
周囲の破壊に徹したからこそ、道が歪んでいたことに気付かなかった。自身の闇は周囲を問答無用で破壊したがために、普通に逃げていただけなら気付けたはずの違和感に気付けなかった。違和感ごと破壊してしまっていたのだ。
クシアは慌てて自身の背後に迫る何者かに向かって闇を放出しようとする。
「もう遅い」
だが、クシアが対処するよりも前に、中年の男の手がクシアの背中に触れる。
そしてその瞬間――クシアの視界に黒い絵の具が薄く濁ったかのような錯覚が走り、クシアはそのまま仰向けになって倒れ、動かなくなってしまった。