頬を伝った未練
勝ち目は無い――目の前の化け物はそう言い放つ。
分かっているさ。もう気付いているとも。私に勝ち目がないことぐらい。
木々の影に囲まれたこの場所はあたり一面真っ暗。木々の隙間からは冷たい夜風が吹きつける。
今、私の周囲には黒い闇があたり一面に張り巡らされている。恐らく私が使った武器のことごとくを消し去った奴の体と同じものだろう。アレに触れれば十中八九死ぬ。
私の攻撃が通用しない以上、勝ち目はない。だからといって逃げることもできない。
このまま、ここで死ぬ。
「……いや」
それでも。
「そうはいかない」
それでも、逃げるわけにはいかない。
「私は……華の護衛の任を引き受けた」
そもそも逃げられないからとか、そんなことは関係ない。
「いつか死ぬかもしれないことを分かってて、それでも引き受けた」
華のことが好きだった。愛していた。もう届かない想いだけれど。
「こんなことをしても空しいだけだと知ったうえで、引き受けた」
彼女は竹を選んだ。もう私の恋は終わっている。私は最期まで想いを伝えることはできなかった。
「……華は強い。だけど、寝ている間に襲われたら、いくら華といえども勝てないだろう」
華の幸せを誰よりも願っているから。竹のことも好きだったから。
「だから、華が君にとどめを刺すその時まで私が…」
だからこそ、死ぬ覚悟はとうの昔にできていた……
(…あれ?)
私の頬に一筋の何かが流れる感覚が走る。
そして、それとほぼ同時に。私の脳裏に懐かしい記憶が再生される。
私たちがまだ幼かったころ。華と、竹と、私の三人で、子供らしく、無邪気にはしゃぎまわった、私にとってかけがえのない、何よりも大切な――
(――さよなら)
私は頬を伝った未練を手の甲で断ち、化け物に向かって刀を向け、宣言する。
「オマエは私が止めてみせる……たとえこの命に懸けてでも!」




