平和
それから、三時間後。
すっかり明るくなった月体国の砂浜に、一人の男が両手を地において佇んでいた。
「今日も平和だなぁ」
この男は毎朝ここにきて、砂浜に座り込んで朝の海を見ることを日課としている。
月体国はここ数十年間平和を維持してきた。その背景には、ここの神官が七大司祭になった影響が大きい。その神官の超法則は公表されていないが、一部では『対超法則持ち特化の超法則』を所有していて、その強大な超法則が他所の国に対する抑止力となっているのだと噂されている。
いずれにせよ、その神官のおかげで月体国は長い平和を享受できるようになったことには変わりないだろう。七大司祭が現れた頃から、争いはもちろんのこと平和を脅かされるような出来事は数十年間全く起こらなかった。
だからこそ――今の月体国では、海の外から脅威が来るなどと考えるものは、いなかったのだ。
「――ほぇ?」
その男は思わず目を剥いた。目の前の海の中から、驚くほど静かに鉄兜をかぶった人間――クシアが出てきたからだ。
「お主は、一体だ――」
何かを言い切る前に、その男の首が横にずれ落ちる。
クシアは、鉄兜の奥に歪んだ笑顔を潜ませながら。
「ちょうどいいや。その顔、借りてくぜ」
そういって男の髪を掴む。その男の顔は風に吹かれてゆらゆらと揺れていた。




