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右手は

ドアの前まで進藤に送られた澄が部屋に戻ると、当然苗子はもう眠っていた。

起こさない様に自分もそうっと布団に入る。

布団に入って…


「!!??!!…?!…!!!?」

ジタバタした。


さっきまでの…

現実…!?


進藤と付き合…つき…ピー…うとか…

恥ずかし過ぎて脳内で伏字にしてしまう。


でも、でもなんで?


ずっと告白を避けられてきたし、こないだやっと告白した時も迷惑そうだったのに。


『ずっと考えてた…どうしたらクロを取り戻せるか』


さっきの進藤のセリフを思い出す。

取り戻すって?

どっからどこに?



『引き出しの中に』



不意に、そんな声が脳内に響いて、浮かれていた澄を地面に引きずり落とす。


…澄は進藤の「お気に入り」だった。

引き出しから勝手に飛び出た澄を、進藤はなりふり構わず取り戻しに来たのかもしれない。


違うかもしれないけど、でも、そうかもしれない。


進藤に聞いたら答えてくれるだろうか。


…もしそうなら、私は…。



次の日、苗子に起こされた澄は、寝不足だった。

「考え過ぎた…」

「何を?あ、昨日大舘さんに会った?澄を探してたけど」

「え、ほんと?そういえば…」

庭園まで探しに…

と考えた所で顔が熱を持つ。

「大舘さんもいよいよかしら」

「大舘さんにいよいよ何が?」

「スミッコは時を待てばいいのよん」

「…?」

澄と苗子のシフトは12時からだ。

午前中は海で遊ぼうという話になって、水着を下に着込んでロビーに出ると、丁度進藤と進藤のサークルのメンバーが集まってるとこに遭遇する。

澄の体内でピョンと心臓がジャンプした。

「クロ、海行くの?」

挙動不審に浮き輪を頭に乗せた澄に、何事もなかったかの様に進藤が声を掛けた。

澄が答える前に進藤の周りのサークルメンバーが、

「あ!仲居の子だ」

「本当だ、昨日居たよね?」

「ってことは、ってことは進藤…もしかして…」

急にザワザワし出す。

「昨日告って付き合うことになった子ってその子?!」

澄は信じられないものを見る様に進藤を見た。

進藤は照れもせず、澄の頭に掌を乗せて、

「あ、うん、そう。こいつ。」

その瞬間、その場の全ての視線が澄に集まった。

「はああ!?」

絶叫したのは苗子だ。

「ちょ、澄!どういうこと?!聞いてないよ!」

「あ、いや、あの、私の中でもまだ、全ての解釈が終わってなくてですね…」

澄が赤くなったり青くなったりして両手をパタパタ動かす。

進藤、てめえ!

「なんだよ、解釈って」

と進藤が口をへの字に曲げる。

「あれ!もしや、付き合う気になってたのシンドゥだけ?!」

「うわ、それは可哀想…」

「ちっげーわ」

進藤が笑って、

「…付き合うって言ったよな?な」

と何故か澄の背後を見ながら言う。

澄は視線を追おうとしたが、進藤に頭を抑えられて首を回せないので、とりあえず

「ぃぃぃました…」

と小さな声で言った。

澄の後ろでドサッガチャッと何かが落ちる音がして、澄がやっと頭を解放されて火照る頬を片手で抑えながら振り返ると、待ち合わせしていた大舘と、同じく同大でバイトに来ていた大舘の友達の吉田が立っていた。

「あ、おはようございます。…大舘さん大丈夫ですか?」

大舘は手に持っていたレジャーシートや飲み物やらの入った鞄を落としてしまっていて、それを拾おうとしゃがんでいる。

澄が手伝いに行こうとすると、吉田が慌てたように

「大丈夫、大丈夫、俺が手伝うから、澄ちゃん、こっちこないでっ」

と言い、苗子が澄の腕を掴んで、

「澄、ちょっと、くわ、詳しい話聞きたいから、行こう、先に行こう、海行こう」

とぐいぐい外に連れ出そうとする。

「えっ、苗子どうした?」

()

進藤が突然澄の名前を呼んで、澄のもう片方の腕を掴んだ。

澄の頭を撫でて、口元に笑みを浮かべながら、顔を覗き込む。

「お前、泳げないんだから、浅瀬で遊べよ」

それを聞いて何故か進藤のサークルメンバーが「Fuuu!!」と盛り上がる。

「ヤメロ」

と進藤が笑って、澄の手を離した。

苗子はグイグイ澄を引っ張って、ビーチまでのシャトルバス乗り場まで澄を連れて行くと、

「いー性格してるじゃない…彼氏…」

と脱力して言った。





そんな風にして、澄と進藤は付き合い始めた。


とはいえ、友達関係が長過ぎたせいか、特に今までの距離感と変わりなく一ヶ月程が経過していた。

「クロ、この後なんかある?」

一緒のを受けているが別々の友達と座る授業が終わった後、進藤が澄に声を掛ける。

「ううん、なんもないよ。進藤は?」

「俺も今日は何も入れてない」

最初は「付き合う」という用語に過剰に反応してギクシャクしていた澄も、あまりの進藤の変わりなさにすぐ平常運転に戻った。

ところがこの日。

「…じゃあ、この後、おれんち、来る?」

「えっ」

澄は進藤の顔を見上げた。

「行きたい!いいの?」

澄がパッと目を輝かす。

家に呼ばれたのは初めてだ。

進藤はくしゃっと笑うと、

「よっしゃ、じゃあ、行こう」

と言った。


進藤の家は大学から徒歩15分の所にある5階建のアパートの2階だった。

中は、陽当たりの良い1DKで、落ち着いたネイビーのベッドとカーテンが掛かっている。

「おおー!」

澄は思わず感嘆した。

「いいとこだね。今通った商店街も美味しそうだったし」

「商店街が美味しそうって」

ふ、と進藤が笑って、コーヒーを持ってきてくれる。

「クロはブラックだよな」

「ありがとう」

ラグの敷いてある床に座り、背中をベッドに寄っかかって、ローテーブルに置いてフウフウする。

コーヒーを飲んでると、進藤が珍しく黙っているのに気が付いた。

「…結構、広いね」

「…そう?そうでもないと思うけど。」

「あ、あの傘、寄せ書きされたやつ?」

「あー、うん、そう。実家に置いといても邪魔だと」

「お風呂とトイレ別?」

「別」

「別に限るね」

澄がどうでもいい話題を打つが、進藤の反応はどことなく上滑りしている。

「…」

「…」

澄が黙ると、沈黙が落ちる。

「…進藤?どうしたの?」

「…」

進藤は横に座る澄を見下ろして難しい顔をしている。

「…聞くけど」

「うん?」

「一人暮らしの彼氏んちに来るって、どう思った?」

「か、か、かれし…」

「またそっからかよ」

顔を赤らめる澄に、ガクッと進藤が首を落とす。

「…俺ら、付き合ってもあんま友達と変わんないというか…」

進藤がゆっくりと、言葉を選ぶように言う。

「付き合ってなくてもこれじゃ変わらんというか…」

澄ははしゃいでた気持ちがすうっと冷める。


…あ、これ、振られるんじゃない?


「クロは…初めてだし。待とうとは思ってたんだけど、ちょっと…初手からミスってる気がして」

将棋の話…では、ない…。

「ということで…」

と進藤が言うので、澄は益々青褪めた。

「キスしていい?」

「…は!?」

澄は横に座る進藤の顔をまじまじと見つめた。

進藤は澄のほうを向いて、ベッドに頬杖を付いて澄を見つめている。

「な、なぜ…」

「クロに俺を意識させたいから」

「してますけど!?」

「してない。クロは俺を仲の良い男友達だと思ってる」

それはこっちのセリフですけど…!?

澄はトゥクントゥクンを通り越してぐわんぐわんと鳴る心臓の音で、頭がクラクラする。

「一人暮らしの彼氏の家にホイホイついて来て…キスで勘弁してやるんだから感謝して欲しいくらい」

「ちょ、ちょ、ちょっと言ってる意味がわからな…待って、ちょっと…」

進藤が両手を澄のもたれてるベッドに付いて、腕で囲い込んでくる。

「待って…お願い、待って…」

澄が震える手で進藤の迫る胸に突っ張って抵抗する。

脳がバグって、有名な俳優が「ちょ、待てよ!」と言う関係のない映像が流れてくる。

「待って、お願い」

澄が真っ赤になって顔を逸らすのに、進藤が顔を寄せて来る。

「待てない」

ちょ、待てよ!

「……こっ…ここじゃヤダ!」

澄の頬に手を添えて、今にも唇を重ねようとしていた進藤が動きを止める。

「…なんで?」

不満気に言う。

…まず、離れて!!

「だって…だって、ふぁ…ふぁ…ストキスだもん…」

ファーストキスってどんなパワーワード?ちゃんと言えない。

うっ、と進藤が呻く。

「もうちょっとあの…あの…違うあの…」

もうちょっとロマンチックな所でしたい。と言いたいけどこれを言うとかなり痛い女のような…

でも漫画とかドラマだと、満天の星空の下とか忍び込んだ洒落た教会とか放課後の教室とか…放課後の教室はロマンチックじゃないか…

進藤は「うーん」と考え込む様に澄の顔を見ていたが、

「ファーストキスか」

と何となく得意げな顔で言う。パワーワードすっと言った。やっぱり陽キャオブ陽キャは違う。

「一理ある」

と、ベッドに手を付いたまま、やっと顔を離した。

澄ははああ、と身体中を使って息を吐いた。

「そ…それから…」

震える声で言う。


今言わないと。後悔する。


「ん?」

「…嘘でもいいから…」

嘘だ。

嘘じゃ、嫌だ。

「じゃなくて…」

「どうした?」

進藤が優しく首を傾げる。

「…両想いになってからがいい」

澄の両目から、ポロッと涙が出てきた。

進藤がそれを見て、バッと後ろに飛び退いた。背中がローテーブルに当たって、ガチャンとコーヒーが少し溢れる。

「あ、大丈夫?進藤、背中…」

進藤は目を見開いたまま硬直して、澄から目を離さない。

と思ったら進藤の右肩がゆらりと上がって――


バゴッ!!


と大きな音を立てて、進藤が横に吹っ飛んだ。

「え!!…ええ!?」

今、自分で自分をぶん殴ったように見えたけど…?!

「し、進藤!?どうした!?大丈夫?!」

「…大丈夫…」

「ミギッ、右手になんか寄生してない?!今、すごく不審な動きをっ」

「してないよ…大丈夫。ただ、自分がすごく…」

進藤は起き上がって、片手で顔を覆ってしまった。

「自分が?」

「…なんでもない。今度…話す。」

びっくりし過ぎて涙が止まった。

「顔、腫れてない?あ、唇から血出てる」

「大丈夫」

「右手に違和感ない?右手…」

澄が疑惑の眼差しで進藤の右手を見ると、やっと進藤は笑顔を見せて、

「大丈夫だって。寄生されてないから!」

「寄生されてる奴は皆そう言うと…」

「誰だよ、寄生されてるやつ」

さっきまでの雰囲気が霧散して、澄は内心ホッとする。

進藤は唇の血をティッシュで拭うと、ちょっと考えて、

「澄、今週土曜日空いてる?会える?」

「え?私は暇だけど…進藤、学部の人と遊ぶんじゃなかった?」

「そっちはキャンセルする」

「ええ!?」

澄が今日一驚いた顔で進藤を見て、進藤の右手を見る。

「…寄生されてないから。やめて、右手見るの」

「土曜日、なんかある?」

澄が訝しげに聞くと、進藤は苦笑して、

「なんもない。…デートしよ」

と、言った。


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