3回目の告白は
『好きです』
『付き合って』
『ください』
告白の呼び出しをすっぽかされてすぐ送ったLINEの最後に、
『明日、5コマ目の全カリの後返事下さい』
と、一緒に受けているカリキュラムを指定して澄は進藤の逃げ場を無くす。
澄はキレていた。
もう絶対、逃がさない。振られるならハッキリ振られたい。一番上の引き出しから放り出されてもいい。もう、いい。
進藤から返信は無かったが、指定した授業が終わった後、教室から生徒たちが出て行き、澄だけになると、友達らと出て行った進藤が一人で戻ってきて、澄の隣の席に座った
目の下に隈。
マックスに不機嫌そう。
「進藤」
「…こないだ、ごめん、クロ。俺、盛り上がってすっかり忘れて」
「それはもう、いい。」
澄が遮る。
「進藤、好きです。付き合って下さい」
さすがに、声が震える。
進藤は不機嫌そうな顔のままガシガシと黒い癖っ毛を掻き回す。
「…俺、友達優先だよ。クロは知ってると思うけど」
長い長い、沈黙の後、進藤がそう言った。
「彼女だからって、別に特別扱いしないし。基本的に先約があったら彼女でも断るし。…それでもいいなら」
不承不承といった体だ。
ある意味、想定内の返事だった。
でも、澄は、いつも期待してた。
本当はどこかで期待してた。
澄は震える手をぎゅっと膝の上で握る。
「うん…じゃあ、いいや。」
「……。…え?」
進藤が虚をつかれたように顔を上げる。
澄は笑ってみせる。
「その条件なら、付き合えなくて、いいや。」
「…くろ?」
「私、進藤の…特別になりたかったの。あはは」
さすがに恥ずかしい。照れ笑いする。
「じゃあ、まあ、これで。」
「え?」
立ち上がって、鞄を肩に掛けた。
「進藤、諦めたいから、もう声掛けないでね。私も話し掛けないから」
「え?…え?」
「じゃあね」
澄は山手線に乗って、降りたことのない駅に降りて、闇雲に歩くと、知らない児童公園で暫くボーッとした。
そうして、星のない東京の空と、凶暴な東京の蚊の洗礼を受けると、重い腰を上げて帰路についた。
その日から、澄と進藤は一切話さなくなった。
進藤は澄と同じカリキュラムを受けてても友達が多いので元々そっちで一緒に受けることも多く、お互いの友達にも不審に思われることは無かった。
変わらない笑顔で人に囲まれる進藤を見るたび澄は心を絞られる様に苦しんだが、それでも告白を後悔はしなかった。
6月も後半になると、試験期間に向けて何となく学内に人が増える。
「ねー進藤、夏休みの合宿行かないって、マジ?」
「えー!進藤来ないの、寂しい」
「だって俺実家帰るもん」
「合宿は9月だぞ?実家いつからいつまでよ」
「まだ決めてねーけど、お盆から9月半ばくらいまでは帰ろうかと」
「えー!帰りすぎ!」
後ろの方の席で進藤の一団が騒ぐ声が聞こえる。
澄はそれを聞いて、お盆前には東京に帰って来ようと決意した。
と、澄の隣に誰か座った。
「?」
澄は思わずその男子学生を見上げる。
席はまだいっぱい空いてるのに…
男子学生はツンツンした短髪の茶髪で、切れ長の三白眼の目を真っ直ぐ澄に向けていた。
「あの…?」
「あの、俺、法学部2年の大舘って言います。大舘吾郎」
「はあ」
「あの、さ。5月に、渋谷の西垣パーラーに来てなかった?」
「え!」
澄は大舘と名乗る男子学生の顔を見直す。
「なんで?」
「…俺、あそこでバイトしてんの」
「マジですかッ」
澄は顔が熱くなる。
「会計も俺だったんだけど、覚えてない?」
「マジですかッ」
澄は堪らず顔を両手で覆った。
「恥ずかしい…」
「いやいや、ごめん。気まずい思いをさせたいんじゃなかったんだけど」
大舘も顔を赤くして、
「ただ…あの時、泣いてたから、気になってて。同じ大学だってわかったら、どうしても」
「す…すみません。あの時は…ご迷惑をお掛けして…」
「いやいや!全然」
顔を上げられない澄に、大舘が鷹揚に言って、
「もう…大丈夫?…彼氏と仲直りした?」
と探る様に聞く。
「彼氏じゃないです…あの、もう大丈夫す」
出来れば、出来れば、忘れて欲しい。
「か、彼氏じゃないの?じゃあ…」
大舘が何か言い掛けたタイミングで、教授が入ってくる。
澄も大舘も口を噤んで、前に向き直った。
授業が終わると、大舘に連絡先交換を提案される。
「これも縁ってことで」
「はあ…。ただ、あの、最初のことは忘れてもらえると嬉しいんですけど…」
澄がまた顔を赤らめて言うと、大舘は破顔して、「忘れた!忘れた!」と請け合ってくれた。