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いちごは

受験生になった。


3年生になっても澄は進藤と同じクラスで、相変わらず人気者の進藤を遠くから眺めていた。

進藤に「一緒の塾行こう」と言われて浮かれてつい一緒の塾に入ってしまい、進藤の「一番上の引き出し」の人達が殆どその塾に入塾したことを知り、頭を抱えて心の中で安くない塾代を払ってくれている親に土下座した。


進藤に告白しようという気持ちは霧散していた。

というより、1年前の告白未遂で心が折れてしまった。

ただ、ズルズルと、出口のない恋心だけを引き摺っていた。



「シンドゥ、大学どうすんの?」

「仙南大学の経済学部が第一志望。滑り止めで2個くらい私立受けるけど」

「全部市内?」

「まあ、その予定。家から通いやすいとこな」

進藤と友達が話してるのを耳に挟んだ。

澄はそれを聞いて思った。


そうだ、東京、行こうー


「アホなの?」

と真央には切られた。

「恋愛で進路を決めるんじゃないよ」

「ハイ…」

返す言葉もない。

「親は?なんて?」

「都内に死んだおじいちゃんの家が放置してあるから、そこに住むならいいって」

「そっか…」

真央が寂しそうに口を尖らせて、

「まあ、いいかもね。澄、アホみたいに一途だもん。この辺で距離的にも離れて進藤諦めないと…」

「と?」

「セフレコース一直線」

「ヤメテッ真央ちゃんそんな言葉どこで覚えたの!」

澄が青くなる。

「たださ、進藤には何て言うの?」

「別に、聞かれたら正直に言うけど…」

「…追ってきたらどうする?」

真顔でそんなことを言う。

「あは、あほ真央」

澄は笑い飛ばす。

「そんなわけあるかい。さあ、勉強しよ、勉強」



ところが、その約半年後。

第一志望の二子橋大学の合格発表のボードの前で、見慣れた長身の男子を見つけて、澄は自分の受験票を握りしめて絶句していた。

「クロ」

進藤が、コートのポケットに両手を入れたまま笑顔で駆け寄ってくる。

「俺ら、受かったぞ!二人とも」

俺ら?

「…二人とも?」

澄は頭が追いつかないながらも自分の受験票を見て、合格者の番号を目で追う。

「俺は77011。ほら、経済学部のとこにある。クロは58120だろ、ある。」

そういえば番号教えてって昨日LINEで言われて、訝しく思いながらも教えたんだっけ…

「ほんとだ!受かった…!良かったあ!」

「良かったなあ」

「…って、良くないわっ」

澄はやっと我に帰ると、

「なんで、進藤がここに!?」

食ってかかるが、進藤は腰を折って笑い転げている。

「はははっ、クロ、めっちゃおもろい…」

「進藤、進藤、笑ってる場合じゃないって!仙南大はどうしたの?」

「あは、やめた」

「なんで!」

「クロがここ受けるって聞いて。調べてみたらいいなって思ってさ。」

「家から通えないじゃん!」

「そりゃそうだよ。一人暮らしする。実家には義姉ちゃんずっといるし、俺が出た方がいいだろって親も説得出来たし」

「嘘でしょ…?」

合格の嬉しさも吹っ飛ぶ衝撃に、澄は呆然とする。

「大学でもよろしくな、クロ」

進藤は無邪気にニコニコと笑った。



進藤は大学でも人気者だった。

澄がやっと作った友達と食堂で昼食を食べていると、進藤が遠くのテーブルで人に囲まれているのが見えた。

…相変わらずだなあ。

学部も違うし、高校の時ほど進藤と絡むこともないだろう。

ちょっと予定が狂ったけど、このまま自然に離れて、諦められるかもーー

「クロ、全カリ決めた?」

澄がアンニュイな雰囲気でうどんを啜っていたのに、いつの間にか進藤が隣に座っていた。

「ぶはっ」

「おいおい、大丈夫か」

トントンと背中を叩かれる。

「クロ、な、全カリ決めた?見して?…あ、こんにちは、黒川のズッ友の進藤です」

と図々しくも澄の友達に自己紹介する。

澄が何も考えずにカリキュラムの申込表を見せると、進藤はさっと目を走らせ、自分の申込表に写し出す。

「クロのと一緒にしよっと」

「なんでよッ」

「専門の時間があるから全部一緒は無理か。第二外国語(にがい)はどうする?」

「…中国語(チャイ語)にしようかと」

「いいね、おれもスペイン語と迷ってたけどチャイにしよ」

どんどん決めて、また風の様に「じゃーな」と去っていく。

澄が頭を抱えていると、

「す、澄ちゃん…今の人…彼氏?」

「イケメンだねー」

などと言われる。

「彼氏じゃない」

ズッ友だってさ…なんだよ。


ずっと好きなのに、なんだよ。



澄が爆発したのは、5月の終わりのことだった。


その日、学部で仲良くなった高橋苗子(なえこ)と、有名なフルーツパーラーに期間限定の苺パフェを食べに行こうと約束してたのだが、苗子に別の用事が出来てしまい行けなくなった。

『ごめんね、ほんとごめん』

『苺フェア、今日までだし、誰かと行ってきて!』

誰かと、と言われても…

ドタキャンをLINEで告げられた正門前で、そんなに友達の多くない澄はスマホを見ながら悩んだ。

「いちごー」

「んはっ、なに?いちご?」

思わず独り言を漏らしたら、背後に偶然進藤が通りかかって笑われる。


「…へえ、クロ、苺好きなんだ」

「苺が好きじゃない女子います?」

「知らんわ。…ふうん、じゃあ、一緒に行こっか、俺。もう授業ないし」

「えっ」

澄は進藤を見上げる。

「よ…予定ないの?珍しい」

「そ。珍しくね。どこ?店」

「渋谷」

「よし行こう」

期せずして進藤と初めて二人で出掛けることになって、澄は舞い上がった。

嬉しい!嬉しい!

進藤と苺!

「渋谷って、人多いよなあ」

「前の人の背中見て歩くと迷子になるよね」

「…前の人の背中に付いて行ってはいけません」

田舎者の二人は、スマホで地図を見ながら歩く。

すると、

「おーい、進藤か?」

と声を掛けられる。

渋谷でまで!?

澄は内心、進藤の顔の広さに慄く。

「あれ!矢野先輩!」

ぴょこんっ、と尻尾が生えたかのように喜色を浮かべて、進藤が金髪の男性のいる一団に駆け寄っていった。

あ、『ヤノ先輩』か…。

進藤と同じバスケサークルで、進藤が偉く気に入った先輩の名前を澄も何度か聞いたことがあった。

澄はぼうっとしながら、進藤を待った。

こういうことは、進藤といるとよくあることだった。

暫く待ったが、進藤は道端で盛り上がって帰ってこない。

…先に行ってよっかな。

澄は進藤に『先に店行くね』とメッセージを送ると、スマホをグルグル回して地図を読み解きながら歩き出した。


ファッションビルの上層階にある店舗に着くと、店の前には行列が出来ていた。

…先に来といて良かった。

一番後ろに並ぶと、スマホでダウンロードした本を読みながら順番と進藤を待った。

…結論から言うと、進藤は来なかった。

順番になっても来ないので、同伴者が未着だと店員さんに伝えると、「お揃いになってからの入店をお願いしてます」とのこと。

そこで行列の脇で待たせてもらったのだが、次の人が呼ばれる度に「お連れ様まだいらっしゃいませんか?」と聞かれるのが非常に気まずい。

1時間程そうして待ったが、澄はとうとう、「来ないみたいなので一人で入店します」と言って席に着いた。


…あの、「ヤノ先輩」は、進藤の引き出しの一番上なんだろうな。

もしかしたら、澄のいる場所よりも、もっと取り出しやすい、手前に仕舞ってあるのかな。


こういうの…もう、嫌だな。


苺パフェを一口食べた瞬間、ポロンと涙が出てきた。

それを慌ててナプキンで抑えて、また頬張る。

幸いそれで涙は止まって、澄は一心不乱に味の分からないパフェを食べた。

が、店員さんには見られていたようで…


「元気出してください」

会計で、澄と同い年くらいのバイトらしき男の子に、励まされてしまった。

あー、恥ずかし。


その次の日、澄は進藤を、呼び出した。

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