プルキュアは
文化祭当日。
澄はメイド姿で走り回っていた。
クラスのカフェにメイド役で出てる最中、体育館での演劇部の直前チェックで照明が付かないというヘルプ要請が入り、次は近所から来客の駐輪のことで苦情が入ったと言われて自転車の移動に行った。
ロックのかかった自転車を汗をかきかき一人で運んでいると、ふわっと持ってた自転車が取り上げられた。
「クロお前、着替えて来いよ」
「進…」
最近ずっと避けてた男の姿に、心臓がジャンプする。
進藤は自分もウェイター姿のまま、自転車を持ち上げる。
あ、髪の毛上げてる…
「着替えって、…」
澄は自分の格好を初めて意識する。
黒のワンピースに白いレースのエプロン。文化祭なので勿論通常のメイドカフェより露出は少ないが、頭に付けてるレースのホワイトブリムといい、校内はともかく校外の住宅街ではかなり恥ずかしい奴だ。
「クロ、危機感無さすぎ。写真撮られてたぞ」
「え!」
進藤にスマホを向けられる。
画面には体育館で照明のチェックをしてるメイド姿の自分の姿…いつ撮られたんだ?
「こんなもん誰が?」
「チッ」
進藤が舌打ちした!
澄は気まずさも忘れて進藤を見つめる。
「野球部の一年。すぐ捕まえて消させたけど、野球部のラインには送ったって」
「…はあ、まだ、揶揄われてるのか」
長内のことを考えて、澄は気の毒そうに溜息をついた。
「…長内じゃない!」
進藤が苛立ったように言う。
その口調に、澄はまたきょとんと目を丸くする。
「何が?」
「お前、こんな写真勝手に撮られて回されて、嫌じゃないの?」
「そりゃ、良い気持ちはしないけど…進藤もしょっちゅうされてない?」
「俺はいいんだよ、男だから!」
訳がわからない。
澄が目を瞬かせると、
「あの一年坊主がこの写真何に使うと思ってんだ」
「何かに使うの?」
「…」
進藤がギュッと目を瞑って、はあああ、と溜息を吐く。
「クロ、こないだもだけどさ、女なんだから、ちょっと…頼むよ」
「こないだ?…何を頼むって?」
話が全然見えてこない。
「…一人で、夜体育館とかいないでよ。誰かに悪いことされたらどうすんだ」
と言ってから、これじゃ通じないと思ったのか、
「男に襲われたらさ」
「…まさか!」
言われてることが一気に分かって、澄は愕然とする。
「何がまさか?」
「何がって、まさか。ええと…ないんじゃない?ホラ、私だし」
「私だしって何?自分だけは危ない目に遭わないと思ってる?」
進藤の尖った言葉に、澄は絶句する。
…女扱いされてる?よりによって、進藤に!
気付くと一気に落ち着かなくなる。
「や、やめようやめよう。そんな話」
澄はパタパタ手で顔を仰ぎながら思いっきり話を逸らす。
「クロ、ちゃんと聞…」
「すみませーん!」
自転車を挟んでやいの言ってると、近所から女性が出て来て、
「そこに自転車停められると困っちゃうんだけど!」
と強めの口調で2人に言った。
「あ、今…」
「さっき学校にも苦情入れたんだけど!おたくいつも生徒が騒ぎながら登下校してて煩いし、迷惑してるんです!」
女性は明らかに苛立った様子で強い口調で捲し立てる。
澄が口を挟めずにパクパクしてると、
「わかりますー!」
と横から進藤が口を出してくる。
「言っても言ってもダメなやつっているんですよね〜。本当に俺らも同じ学校の生徒として恥ずかしい!あ、俺らは今自転車撤去しにきた心あるものです」
「あ、あらそうなの」
「ほんっと腹立ちますよ、俺らもホラ、文化祭は近隣の人にも来てもらえたらって真面目に頑張ってたのに、こういうマナーのない連中のせいで皆さんにご迷惑かけて!どうしてくれようこの自転車!捨てちゃいましょっか?」
「アハハッ」
進藤が喋り続けるうち、苛立ってたはずの女性が吹き出した。
「そこまでしなくてもいいけど!」
「そうですか?サドル抜いとくくらいはやっていいですか?」
「アハッ、アハハッ。だめ、絶対だめ」
あっという間に場の雰囲気を手の中で丸めてしまう進藤に、澄はいつものことながら感嘆と…焦燥を感じた。
進藤は人気者だ。
彼が、澄を引き出しの中から抜き出して、後ろにポイッと放っても、彼の一番上の引き出しにはまだまだたくさんのお気に入りがいるだろう。
「じゃあ、絶対来て下さいね!」
「ハイハイ。頑張ってね」
澄が暗い目で考え込んでる間に、進藤は自分のクラスの宣伝をしっかりして女性と手を振っていた。
澄も慌ててペコリと頭を下げる。
「…ありがとう」
進藤に言う。
「いやいや、そもそも俺らが文句言われることじゃないしな」
進藤が自転車を持ち上げて、
「どこに持ってけばいい?」
と聞く。
「校内の駐輪場に置いてる。ありがとう、ごめんね」
「…俺もごめん」
と急に進藤が歩きながら言う。
「こないだのこと」
澄は一瞬体を硬くしたが、
「うん」
とだけ言った。
進藤は修羅場に巻き込んだことだけを謝ってる…はずだ。
「青木に何か言われたら必ず俺に言って」
「青木?…ああ」
璃子の苗字。苗字呼びになったのか。
なんとなく物悲しい気持ちになるが、そんな資格はないと思い直す。
「あ、あそこの端に置いておいて。ありがとう、手伝ってくれて」
校舎裏の駐輪場の端の方に置いてもらう。
「この他の3台は?クロが運んだの?」
「そう」
「その格好で?」
「…そうね」
拘るなあ。
「俺も生徒会入ろうかなあ」
また言ってる。
「なんで。進藤が入ったら会長にされると思うよ」
「それはやだなあ」
進藤が嘆息して、二人で校舎の方に戻りながら、
「あー汗だくだ…明日も着るのに、これ」
澄がメイド服を摘んで言うと、
「…明日何時から当番?」
「また午前中だけ。午後は生徒会のステージの司会やる」
「司会!クロが!」
「人手不足なんよ」
「見に行くわ」
「変な格好するから来ないで!!」
澄が強い口調で言うと、
「えっどんな?今より?」
「今よりってオイ」
小さく笑う。
「会長の希望で、プルキュアのコスプレをする」
「はあ?」
進藤が突然大声を出した。
「なんだそれ。プルキュアって、あの…ミニスカ女児が宇宙人と戦うやつだろ?」
「そうだっけ?女児だっけ?女子高校生じゃない?」
「どっちでもええわ!なんでそれを生徒会長がお前に…」
「好きなんだって」
進藤がグッ、と喉を鳴らして、ガホガホ咽せた。
「おいおい、大丈夫?」
「…す、好きって…」
「あ、これ内緒だったかな?」
澄は口を押さえて考えた。
別に恥じることはないと思うけど…
「どうだっけ。内緒だったかも。聞かなかったことにして」
「…。…そ、それで…クロは…なんて答えたの?」
「何が?何に?」
「…会長に。告白されたんだろ?」
「は?」
「は?」
二人で視線を交わす。
澄が誤解に気付いて、
「違う違う!」
「え?」
「会長が好きなのはプルキュア!」
「え?!…ああ、なんだ、そういう…!」
進藤がおでこに手を当ててはああっと息を吐いた。「なんだよ」
「明日は生徒会全員プルキュアだよ」
「…まじか。勘弁してよ…また写真撮られんぞ」
また、オンナがどうという話になりそうで、澄は慌てて話を変える。
「進藤は?今日の当番終わったの?」
昇降口で靴を履き替えながら聞く。
「あー…俺は…、さっきまでやってたんだけど、先輩に連れ出された。また午後入るよ。あ、メシ食っとかねーと」
「4組の奇怪焼きそば食べたら?すごい色だったけど」
「あー、そういや田嶋らに食べに来いって言われたなあ。あと6組のゾンビカフェも」
「あ、私も放送室行って自転車のアナウンスしたらご飯食べとかないとなあ」
澄はタイムスケジュールを思い返した。
すると進藤が、
「クロ、一緒食べる?」
と誘ってくれる。
澄は一瞬、滅茶苦茶浮かれた。
が、
「シンドゥ!いたー!」
「どこ行ってたんだよ〜、電話も出ないし」
「2-6行こう、渡部がエグいって!」
バスケ部中心に進藤の友達がやってきて、進藤に抱きつき揉みくちゃにして、あっという間に連れて行ってしまった。
…相変わらずの人気。
進藤が人の団子で見えなくなったので、澄はそのまま放送室に一人で向かい、放置自転車の主達に呼びかけた。
そのあとはまた、生徒会の雑用であちらこちらに呼び出され、進藤とエンカウントすることもなく終わった。
結局一日中着替える暇がなかったな。
メイド服を脱ぎながら、澄は昼間に進藤に言われたことを考える。
女なんだから、かあ。
でも、女だなんて意識しない方が、進藤の引き出しにずっと居座れる気がするんだよなあ。