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ジョンレノンは(進藤side)

「進藤、好きです。付き合って下さい」


震える声でそう言われた時確かに、心が浮き立つのも感じたのに――


「…俺、友達優先だよ。クロは知ってると思うけど。彼女だからって、別に特別扱いしないし。基本的に先約があったら彼女でも断るし。…それでもいいなら」

俺の口から出たのは、不機嫌そうなそんな言葉だった。


友達で居られなくなるのに、告白なんてしてきやがって。

仕方ない、こうなったら付き合うしかない――


俺の、自分の心にさえ向き合わない卑怯さが、選ばれ続けてきた傲慢さが、この時確かに黒川をズタズタにしたのだ。


「うん…じゃあ、いいや。」

「……。…え?」

顔を上げて目に入ったのは、黒川がその綺麗な瞳を俺に真っ直ぐ向けて、微笑む顔だった。

「その条件なら、付き合えなくて、いいや。」

「…くろ?」

「私、進藤の…特別になりたかったの。」

と言って、悲しそうに笑う。


誰だ?誰だ?お前にそんな顔させてるのは――


「じゃあ、まあ、これで。」

「え?」

「進藤、諦めたいから、もう声掛けないでね。私も話し掛けないから」

「え?…え?」


「じゃあね」


そう言われた時、俺はどんな顔をして、なんて言ったんだろう。



黒川が居なくなって、一人になって、どれぐらい経ったか…。

気付いたら真っ青になって震えてた。

俺…

何を言った?

どんな、失敗を…


黒川は他の女とは違うってわかってたはずなのに。


あんな、言い方して…


どうやって挽回すればいい?

何て言えば戻って来てくれる?



その日、どうやって家に帰ったのか、覚えてない。



黒川に訣別されてから、俺の人生は一変した。

毎朝、起きて、黒川ともう話せないのだということを思い出す。

だというのに、不意に黒川が許して、何事もなかったかのように話し掛けてくれるんじゃないかと思って、大学に行くと黒川をまず探して、黒川の視界に入るように動くのをやめられなかった。

どの景色にも色が無くなったかのようだった。誰のどんな誘いにも心が乗らなかった。

唯一、視界の端っこに、きらきらと鮮やかに光る存在がいる。

俺から離れた席で、背筋を伸ばして座る黒川は、信じられないくらい綺麗だ。もう俺を…見向きもしない。


いつもなら一緒に受けていた全カリの講義の直前、黒川の隣に、男が座った。

話し掛けてる…誰だ?どっかで見たことあるような…。

黒川が頬を染めている。

…なんだ?何を話してる?


そんな可愛い顔を見せたら、男が皆お前を好きになってしまうのに。


それ以降、黒川が他の男に話しかけられているのを見ると、胸が焼け付くように痛くなった。

頭がおかしくなりそうなほど気になって仕方なかった。


希望はあった。

夏休み、黒川はきっと実家に帰る。

…何故か俺は、地元のあの景色に戻れば、黒川を取り戻せると思い込んでいた。

この期に及んで、元の関係に戻れると、思い込んでいた。



「…え、クロ、もう東京戻ったの?」

お盆に帰って誘われて行った同窓会で、戸部と付き合ってる遠藤が「黒川さんももう少し居れば良かったのになあ」と言って、俺は知った。

足元に穴が空いたかのように、よろめいた。

…避けられてる。


当然だ。俺は…


「偽善者のクズだからだな!」

義姉が俺に言う。

こんな中二病の悪口さえ、俺には相応しいように感じてしまう。

「その上アホでバカだな」

いや、急に語彙力落ちたな。

「まあクズでアホでもおれの弟だ。おれが一つ、助言してやろう」

「…できるわけねーだろ、引きこもりのくせに」

「労働してるし!!」

義姉は本当に誇らしげに言う。そのセリフ、帰省してから10回は聞いたわ。

「…確かに。バイトもしてない俺よりは、偉いか」

「そうだし」

「なんだよ、助言」

藁にも縋る、ってこういう状況。きっと。期待はしてない。

「魔法の言葉を教えてやろう」

「はい?」

義姉は頭をボリボリ書くと、座っていた俺の部屋の勉強椅子の背中にもたれながら、

「あのな。…別れなきゃ、いいんだぞ」

「…ん?」

「好きな女と付き合って、結婚して、別れない夫婦なんて世の中いくらでもいるんだ。()()()()()()()がマイノリティだ」

「…」

俺の実の母と父は、俺が小4の時に離婚した。義姉の方は確かもっと前。

俺は、仲の良かった父母が、話さなくなり、別れる、その過程を全部見てきた。

「俺がトラウマを持ってるとでも?」

少女漫画の好きな義姉らしい推測だ。

「いいから、想像してみろ。お前はアイツに告白して、彼女にする。アイツはお前みたいなクズミソをずっと好きでいるくらいだから、きっとアイツからは離れていかないだろ。後はお前が、浮気しなきゃいいだけ」

「ま…待て待て。待ってよ。告白するって、なんだよ」

「月明かりの下で好きですって言うことだよ!」

「いや告白は知ってる…」

月明かりの下は初耳だけど。

「それじゃ俺がまるで…」

黒川に恋をしてるみたいな…

義姉はいっそ哀れむような目で、俺を見た。

「マジでクソみたいにアホだな。上品に言うとウンコみたいなうつけだ」

「それ、上品か?」

「いいから、想像しろ(イマジン)!」

と俺を蹴る。どこのジョンレノンだ。

「痛えよ、なに?なんだって?」

「アイツと付き合ったらアイツはずっとお前のもんだ。お前が浮気しなければ」

おれの…

「他の男にも俺の女だって言える。お前の女になるんだ。お前がアイツに飽きなければ、一生」

一生…

死ぬまで、黒川が俺のもの。

「飽きるわけない…」

掠れた声が出た。

「じゃあ別れずに済む」

「絶対別れない」

「よし」

義姉は丸い体をよっこらと椅子から持ち上げて、はーやれやれ世話が焼ける、と首を捻った。

「俺、明日東京帰るわ」

「明日かよ」

「黒川に告白する」

「気の毒に。おれを許してくれ、黒川よ」

義姉が謎の言葉を残し、俺の部屋から出ていった。

俺は部屋から首だけ出して、

「ありがとう、義姉ちゃん」

と言うと、義姉は、「うまく行ったら、うちに連れてこいよ。」と、手をヒラヒラ振った。



希望がまた生まれた。

でも、東京に戻っても、黒川には会えなかった。

LINEも全部ブロックされてて、電話も拒否されてる。…なかなかこたえた。

会えないかなあと大学をブラブラしてたら、サークルのやつらに見つかって、合宿に強制参加になってしまった。



その、合宿で、黒川を見つけた。



ロビーで仲居姿の黒川を見た時、俺は一瞬幻じゃないかと思った。

黒川のことばっかり考えてたから…

仲居姿って、着物って、ヤバくないか。可愛すぎるだろ。

髪の毛も後ろでお団子にして…

似合う。可愛い。ヤバイ。語彙が崩壊する。


一緒にあの時の男も働いてるのを見つけて、またいつもの焼けつくような痛みに襲われる。

…これは、嫉妬だ。やっとわかった。マジで苦しい、嫉妬って。馬鹿にしてたけど。


見たことある、黒川の学部の友達もいる。二人きりじゃない。だからまだ黒川はあいつに取られてない。多分。きっと。お願いします、マジで、神様。


宴会場で、廊下で、何度も黒川とすれ違う。話し掛けたかったけど、仕事中には困るだろう。何時に仕事終わるんだろう…風呂なら張ってれば入りに来るか?

夜通し騒ぐ勢いの大部屋から抜け出して、大浴場の出口の近くで張ってたら、黒川が風呂から出てきた。

どう話しかけよう、と迷いながら跡をつけていたら、黒川は一人で庭園に出て行った。


夜の庭園とか。危ないだろ…


庭園の僅かな光源と、旅館から溢れる光と、月の光。

ベンチに座って夜空を見上げる黒川は、なんだか悲しそうな顔をしていた。


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