お前の罪は
その後――
観覧車から降りると、進藤は無言で澄を連れて遊園地を出て、帰りの電車に乗り、そのまま自分の家に澄を連れて帰った。
恐ろしいことに、澄はそれから丸二日間、進藤にほぼ軟禁のような形で、一歩も外に出して貰えなかった。
着ていた服を「洗濯してる」と言って返してもらえず、全裸で過ごすよう強要された。服を貸して欲しいと頼みこみ、やっと進藤の高校時代のジャージを貸してくれた――上だけ。
その服もすぐに進藤に脱がされて、次はバスケの時に使うビブスを一枚渡されたが、渋々身につけると今度はすぐに破かれた。
「授業行きたい」
「家に帰りたい」
と訴え続けて、やっと月曜日、服を返してもらったが、今度は進藤が「送る」と言って家まで付いてきて、当然のようにそこでまた脱がされた。
「服が着たい」
段々要求が低くなってくる。
心が繋がったからか、身体が繋がったからか、進藤は澄にやたら過保護になった。
始めたばかりのバイトに行くのも迎えに来るし、男の子と喋ってると間に入りに来る。澄の学科の飲み会にまで、口八丁で参加するようになった。
澄の住んでるボロ家を見てからは、家に一人でいるのも心配して、進藤の家に澄が泊まらない日はずっと澄の家に帰ってくる。
澄がサークルに行くのさえ渋り、澄が無視していたら進藤も同じサークルに入ってしまった。
…これ、普通?
前の彼女にもこんなんだった?
聞きたいけど、「普通」って言われたら傷つくかも…
「普通じゃない、と思うよ。」
久々にサークル棟で会った大舘に、そう言われた。
大舘は、9月の合宿の後、精神を鎮める修行をしてたそうで、構内で見掛けても声を掛けないようにと吉田や苗子に言われて接触を控えていたわけだが、12月にサークルで久々に会った時は確かになんとなく悟りを開いたように見えた。
「普通じゃない、ですか…」
「…言わなかったけど、澄ちゃんが西垣パーラーに来た後さ。…1週間くらい後か?」
大舘が思い出す様に首を傾げた。
「あ・い・つ・来たんだよ」
「あいつって、進藤?」
「そいつ」
そいつって…。
「一人で並んで、連れがまだ来ないから入れません、って言って、30分くらい待っててさ、やっぱ1人で入りますって一人で入って、いちごパフェ頼むからもう終わったよつったら違うパフェ頼んで、一人で食べて」
「…」
澄は何とも形容し難い顔になる。
「澄ちゃんのこと憶えてたから、俺、めちゃくちゃ腹立って。会計の時に言ったんだよ。前に同じようにしてた子いましたけど、一時間待ってたし、パフェ食べながら泣いちゃって可哀想でしたよ、って」
「え…えええ!」
言っちゃったの?
「ざまあ、だったな。あん時のあいつの顔。イケメンにああいう顔させるのが俺の夢だったんだ」
…大舘さん、ホントに修業してた?一周回って人間味が全出してるような…。
「どんな顔でした?」
「不細工な顔。ひでぶって感じ」
なんだっけ?ひでぶ。
「まあ、あの顔見てなかったら、認めなかったけどな…」
「何をです?」
言ったのは澄ではなく、開け放してあった扉から入って来た進藤だった。
「…何だろうと、大舘さんに認めてもらう必要ないですけどね」
澄の横にドッカと座る。
「澄、大舘さんはムッツリだから二人きりになるなって言っただろ」
「オイ!先輩やぞ」
「チッ」
「舌打ちしたあ」
ぴえん。
大舘さん、本当に修行してた?
メンタル豆腐ですけど…。
「澄、年末、いつ帰省する?」
澄の家に週の半分居座る進藤が、家の前で傷んだ網戸を直しながら聞いてくる。
澄は壊れた棚を釘を打って直していた。
「んー」
「一緒に帰ろ。りっくんが、中学の同窓会やるって言ってる」
「あ、真央が言ってたやつかなあ」
「俺らが参加できる日に合わせるって」
俺らというか、進藤だろうな。
「あと…」
進藤がちょっと言い淀んだ。
「ん?」
「年末でも年始でもいいけど…うち来ない?」
澄が進藤の方を思わず見ると、進藤が珍しくちょっと照れてる。
「義姉あねが澄に会いたいって」
「え!」
中二病の…
「中二病の。」
心を読んだかのように進藤が補足する。
「私のこと知ってるの?」
「ちょいちょい、話してたから。相談…ではないけど。ま、ちょいちょい」
「偽善者だとか、お前の罪は息をしてることだとか言われない?」
「ぶはっ」
進藤が顔をくしゃっとして笑った。
「言われなかったらガッカリする?」
「…我慢する」
「じゃあ、来てくれんだな」
進藤がホッとした顔をした。
その後しばらく無言で作業を進めていると、進藤が突然、
「普通さ!」
と大声を出したのでびっくりする。
「わ、何?普通?」
「…ウチにも来てねって、ならん?」
「何が?あ、さっきの話か…え、うち、来たい?何もないけど」
「ご両親がいるだろ」
「まあ、両親はいるね」
両親以外何もない家ですけど。
「行きたい」
「…そう言われると…」
澄は顔を赤らめて困ったように首を傾げた。
「ダメ?」
「いや…か、か、かれしを…連れてったら、お父さん憤死しちゃうかも」
「でもどうせ、結婚する時は挨拶に行くんだし」
「まあ、そ…結婚?!」
澄も大声を上げて進藤を見た。
「いずれ、するだろ。」
「す…するかしら」
「したいな」
ポツリと進藤が言った。
澄は、思ったより自分は進藤に好かれているのかしら、なんて考えがふと浮かび、そうだといいな、と釘をトンと打った。
これで澄編はおしまい。
次から進藤編です。




