出会ったのは
R18版をムーンさんに投稿する予定です。
その日、黒川澄は、告白をしようとしていた。
頬杖を付いて、読んでた本からスマホに目を移す。
…通知は来ていない。
のに、待ち人来たらず。
何時、と決めてる訳ではないが、全講義は既に終わったはずだ。
「…学生さんはそろそろ帰りなさーい」
見回りに来た警備員さんに講義室を追い出されて、澄は家路についた。
『ごめん、メッセ送ったつもりになってた』
家に帰る頃にスマホの画面に表示されるメッセージ。
『待ち合わせ行こうとしてたらサークルの奴らに捕まってさ』
『バッセン連れてかれてヒット数勝負よ』
『まいった。疲れたわw』
『そんで話ってなんだった?』
…またこのパターン。
澄は溜息を付いた。
多分、絶対、気付いてるんだろうな。
告白、しようとする度に、すっぽかされるもんなあ。
澄は躊躇わず、進藤にメッセージを送る。
『すきです』
『付き合って』
と送って、付き合って、は押し付けがましいかなと思い直し、
『ください』
と送った。
すぐに既読が付いた。
今頃、進藤は焦ってるだろう。
既読を付けてしまったことに焦ってるだろう。
「引き出しの一番上」にいる友達から、ずっと逃げ続けてきた告白をされてしまって、澄のことを、恨んでるかもしれない。
***
進藤一騎と黒川澄は腐れ縁だった。
同じ中学、同じ塾、次の高校も一緒、クラスも一緒、また塾も一緒、大学も一緒…
「マジで偶然だよなあ」
ただし、塾と高校は、偶然ではない。
澄が進藤を好きで好きで、追いかけて真似して入ったのだ。
立派なストーカー…ただ、言い訳させて欲しい。
友達としか思われてないのは痛いほど知ってたから、いい加減諦めようと思って、大学は進藤に聞いた志望校を避けて、東京の大学を受けて進学したのだ。
ところが蓋を開けてみれば、何故か進藤は「自宅から通えるとこに行く」という自分の条件を全無視して、地元を出て、澄と同じ大学に入学を決めていた。
しかも、
「おー黒川。全カリ決めた?何受ける?見せて」
学科の必修の専門カリキュラム以外に、単位になる「全学共通カリキュラム」の受講希望をメモってた紙を取られる。
「俺も一緒にしよ」
と言って、進藤のいる経済学科の専門カリキュラムの入っていない時間を全て真似された。
大学をなんだと思ってるんだ?
これじゃいつまで経っても諦められないやないかい!
出会ったのは中3の春。同じクラスになって知り合った。
出会ったというと確かにその時だが、澄は進藤を前から知っていた。
進藤はものすごい人気者。
いつ見ても人に囲まれていた。
だから、澄の立候補した球技大会の実行委員に、男子の成り手がいなくてジャンケンで後から進藤が決定した時は、皆から羨ましがられた。
「いいなあ、澄ちゃん」
…って言われても。澄はやりたくてやったのだ。
「変わってるよね、黒川さん」
と進藤にも言われた。
「球技大会の実行委員やりたいって、なる?ふつう」
実行委員会で隣になったほぼ初対面の進藤にそんなことを言われて、
「親がさ、今だけだぞって言うから」
と澄は返した。
「今だけ?」
「球技大会の実行委員なんてやれるの、学生時代だけだぞって」
ぶはっと進藤が吹き出した。
「合唱コンクールの時も言われたんだけどさ」
澄は動じず、話し続けた。
「合唱コンクールは、ピアノか指揮者じゃない?それはちょっと技術が足りないから」
「…っそ、そうなんだっ…」
笑いながら進藤が返事をする。
なぜ?何がおかしいの?
「今だけだぞって言葉に弱いんだよね」
「っく、はははっ、そっ、そーなんだっ…」
なんでお腹を抱えて笑ってるの?
初めて接触した人気者は、笑い上戸だった。
多分進藤が実行委員だったからだろう、中学で最後の球技大会は、澄のクラスですごい盛り上がりを見せていた。
澄はソフトボールを選択して、進藤はバスケ。
澄はその日、ソフトボールの猛練習を終えてから、体育館の四分の1を借りて練習してるはずの自クラスのバレーボールを見回りに行った。
先日、後片付けが雑だったクラスが罰として、体育館利用順をジャンプされたからだ。
途中、珍しく一人で歩く進藤に出会った。
Tシャツに下のジャージを膝まで捲って、サンダルを突っかけてる。水を浴びたのか、黒い癖っ毛がちょっとペチャッとしてた。
「バスケは?」
と澄が聞くと、
「もう終わったよ。今日は第二体育館だった。第一体育館の後片付けチェックしよっかと思って。黒川も?」
「そう。ついでに、真央を、迎えにね」
渡り廊下をピョンピョン跳ねながら答える。同じクラスの戸部真央は、家も近所の幼馴染だ。今日も一緒に帰る約束をしてる。
「戸部さんと黒川、仲良いよね」
「うちの親が言うには、ズットモって言うんだってさ」
と言うと、進藤がぶははと笑う。
「出た、親が言うには。黒川の親の話、俺大好き」
澄は笑い上戸のクラスメートを見上げた。
笑うと彼は、目がクチャクチャッと細くなる。
そして相変わらず、笑いどころが謎。
二人で体育館に入ると、もう片付けは始まってた。
進藤を見て、男子がキャッキャ絡みにくる。
「おいっ、やめろやめろ、片付かんだろっ」
外したバレーのネットでグルグルされながら、進藤が笑って、すぐに人の中心になった。
澄は放置されたバレーの支柱を持ち上げながら、真央を探す。
真央はボールを集めながら、男子三人と喋っていた。
真央は男勝りで、しょっちゅう男子に面白半分に絡まれてる。
それを横目に、澄が重い支柱を一人で倉庫に引き摺っていこうとしてると、後ろから進藤がやって来て端っこを持ってくれた。
「おっも。…お前ら、遊んでないで片付けやれぃ」
と澄を手伝いながら、全体に声を掛ける。
「やだ進藤くん、紳士ぃ」
とまた揶揄われてる。
「ありがとす、進藤」
澄が言うと、進藤は倉庫で支柱を所定の場所に置きながら、
「黒川はソフトなんだから、片付けの監督だけでいいんだぞ」
と進藤が言うもんだから、
「進藤もじゃん」
と思わず澄は笑ってしまう。
「あのねえ俺は…」
と進藤が何か言い掛けた所で、ホールから騒ぐ声が聞こえた。
「やめろっ!てんめーコロスぞ!」
真央が男子に羽交い締めにされて、他の2人の男子からバレーボールをぶつけられている。
「オトコオンナをぶったおせっ!」
なんてことを言って笑いながら、片付けたばかりのボールをゲージから出して真央にガンガンぶつけている。
真央も笑いながら、「てっめ、覚えてろ!」なんてことを言ってる。その真央の顔面にボールが当たった瞬間、呆気に取られて見てた澄の頭にガツンッと血が昇った。
足元に転がっていたボールを掴むと、ボールをぶつけている男子の頭に全力でぶん投げた。
「っだ!」
突然横からボールをぶつけられて、男子がふらつく。その隣の男子にも澄がボールをぶん投げる。
「いって!」
「何すんだよっ、くろかっ」
わ、と言う前にもう一発。顔面に当たった。
「てめえ!何すんだよ!」
男子が怒鳴る。本気でブチギレた声で。体育館はいつの間にかシーンとしてる。
澄はとっくにブチ切れてる。
「何すんだよはこっちのー」
言いかけた所で、後ろから、
「まっ…待て待てまて!けんか、だめ、絶対!」
という焦った声が聞こえて、澄が振りかぶってたボールを奪われる。
進藤は片手でボールを持ったまま、男子らに、
「お前らな、お前らが悪いよ、女の子に3人で暴力を振るうんじゃないよ」
と教師のように諭す。
「女の子って、誰がっ」
「ふざけてやってただけなのに、黒川がっ」
などと言う。
「ふざけてもなんでも、ダメなものはダメ!遠藤も、いつまで戸部さんに抱きついてるんだ」
と、真央を拘束してる遠藤に言う。
真央と遠藤はポカンと見てたが、進藤の言葉を聞いて遠藤が慌てて離れた。
「ちっが、だきっ、付いてたわけじゃ」
「抱きついてたでしょ!イヤらしい!この痴漢!死ね!死ね死ね!」
澄がまたボールを掴んで大きく振りかぶるのを、またしても進藤に奪われる。
「待て待て、黒川っ、落ち着け」
「痴漢は死ねっ!」
「おっ、おお」
「笑ってるからってっ、ボールぶつけられて楽しいわけないっ」
澄が怒鳴った。
その瞬間、真央がポロッと涙を溢して顔を覆ってうずくまった。
「真央っ。真央を泣かした奴は殺す!」
「待て待てっ。おい、お前ら早くっ、戸部さんに謝れ!」
今度は進藤が澄を羽交い締めにする。
「土下座しろ!」
澄が足をだんだん踏み鳴らす。
「ど…土下座だっ、土下座するしかっ、黒川様の怒りは鎮まらんっ」
どげざーっと進藤が言い、言いながら男子らにアイコンタクトを送り顎を振る。
澄の剣幕にビビり、何より真央の涙に動揺していた男子三人はこれに飛びついた。
「すみませんでした!」
「ふざけすぎました!」
「お許し下さい!そして、黒川さまの怒りを解いて下さいっ」
三人でザザーッと真央の前に土下座する。
真央は駆けつけた他の女子に肩を抱かれながら、Tシャツの襟を引っ張って目を拭いていたが、三人の土下座を見てまたポロポロ泣いた。泣きながら、笑って、ウンウンとうなづいた。
「また真央を泣かせたっ」
澄が足を踏み鳴らす。
「違う違うっ、大丈夫だから!嘘でしょほんと、黒川」
「フーッ」
「ぶはっ」
威嚇するように息を吐き出した澄に、耐えきれないように進藤が吹き出した。
「ははははっ、黒川…!ね、こじゃねえんだからっ…!」
澄の拘束を解いて、自分の膝を叩く。
「まおっ」
澄は笑い上戸のクラスメートに構わず、真央の元に駆け寄った。
「真央、こいつらの頭、踏む?」
憎々しい男子の後頭部を睨む。
「ふ、まない…」
見ると真央もフルフルと震えながら笑っている。
「もう、澄ったら…」
「え…ええ…?」
何?
「…澄、あたし大丈夫。こいつら後で一発ずつしばくから、許してあげて」
「真央!」
優し過ぎるやろ。
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます!!」
男子3人が神に拝伏するように手を伸ばしてまた頭を下げた。
結局のところ、進藤に助けられたなと思ったのは、家に帰って寝ようと部屋の電気を消してからだった。
男子三人は本気でふざけてるつもりだったし、真央も本心は嫌でもそういう空気を読んでぶつけられてて、あの場でブチギレて張り詰めた空気にしてしまったのは澄だ。
それを、進藤があっという間に丸めて揉んで、双方おちゃらけて収束できるようにしてくれた。
…すごいな、あいつ。
翌日、進藤に礼を言った。
「昨日は…あいやとす」
「何だって?」
口を尖らせながら礼を言う澄に、進藤が笑う。
「あーとぃす」
「段々聞き取りづらくなってくパターン」
進藤がうははっとまた大口開けて笑った。
相変わらず笑いどころが謎だが、この笑顔は嫌いじゃないな、と澄は思った。