終焉
従業員の詰め所には人の影も無く、中は酷く埃に満ちていた。留守を預かっていた大きなクモが、入口で呆然としたケリーを見下ろしている。
屋敷の裏へ回り込むと、真新しい墓が二つあった。
そして至る所の窓ガラスが破られているのが見え、ケリーは急ぎ正面玄関へと向かった。
扉は半分傾いており、力任せに開けられた形跡が覗えた。まるで盗賊に荒らされた様に、中はまるで何も無かった。
ケリーは屋敷の主が既にどうにかなってしまったのだと覚悟したが、ヴェーデルを救い出すために覚悟を決め、落ちていた階段の装飾のかけらを握りしめて歩き出した。
一階は全てが荒らされており、何も残されてはいなかった。水も食糧も、死体すらも無かった。
二階へ向かう階段が途中まで破壊されているのが見え、何かあるのかと瓦礫を積み上げて二階へとよじ登ると、すぐに彼との対面が叶った。開けた寝室に弱り切った肌の黒く変色しきったヴェーデルの父親が横になっていた。
「来るな。金目の物なら全て奪われた。そして私は感染している……もう長くない」
ケリーはすぐに扉を閉じた。
「ケリーです」
「すまない。君には最後まで世話をかけるようだ」
彼は途絶えそうな鼓動を、なんとか一息入れて整えた。
「息子の事は忘れなさい。誰も助からぬ。最後に声が聞けて良かった……」
「──!!」
銃声がした。
怖くてしばらく身動きが出来なかった。
口と鼻をドレスの裾で押さえ、ケリーは震える手でドアを開けた。床に流れる血が見えたところでケリーは吐いた。
「……酷い」
扉が鈍い音を上げながら少し開いた。息絶えぶら下がった手に、拳銃が見えた。
ケリーは大きく息を吸おうと思って止めた。感染が恐ろしく思えた。だが、今更ながらと思えるほどに思考が冷めてきたのかと、やることは明白だった。
「……これなら」
ドレスの裾で掴んだ銃を強く引き抜き、背中で彼に別れを告げた。
瓦礫の階段を飛び降り、そのまま隔離小屋へと駆け抜けた。
ティータイムに似付かわしく無い撃鉄を起こし、ケリーは鉄扉に付いた錠前の弱い部分を狙った。
大きな発砲音にたまらず地面に手をついてしまった。弾丸は錠前を捉えてはいたが、一発では壊れなかった。
二発目で錠前が外れると、ケリーはゆっくりと、力を込めて鉄扉を押した。わずかな隙間から自分の体を押し込み、そして一番奥へと走った。
「ヴェーデル!」
「……ケリー?」
部屋と呼ぶにはあまりに見窄らしい格子の中、横たわり力無く手を上げたヴェーデルが居た。
「今助ける」
錆び付いた錠は一発の銃弾でその役目を終え、地面へと落ちた。
「君、そんな活動的だったのかい?」
「ヴェーデル……!!」
痩せ干せ自力で起き上がれぬヴェーデルに手を貸した。床擦れで上手く動けぬヴェーデルを気遣いながら、隔離小屋の外へと出た。
草原の柔らかい草の上にヴェーデルを横たわらせると、近くに隠していた箱から食料と水を運び出した。
ヴェーデルはゆっくりと水を飲むと、久方振りの大空に目を背けた。125日振りの事だった。
「眩しい、な」
「体はどうですか!?」
「背中を見てくれ」
ケリーはすっかりとやつれきったその背中に涙した。日の光を浴びれずに血色も弱く白くなっていた。
「感染してるか?」
「……いえ」
「そうかい……それは良かった」
ヴェーデルは深いため息を漏らした。
「お元気で何よりです」
「世話役が死んだのか最後の方は真面に食べてなかったけど……君にうつさなくて良かった……」
ヴェーデルはケリーの方へ顔を向けた。
「後ろを見せてくれ」
不思議そうに、ケリーは背中を見せた。
「悪くない」
「えっ?」
「髪飾り。売っても良かったのに……」
ケリーはヴェーデルの手を握った。
細く骨張ったその指はカサつき、老人の様に危うく見えた。
「なぜ俺を?」
ケリーは微笑んだ。
「貴方の事を思ったら、居ても立ってもいられませんでした。こんな事は初めてです……」
「君が勇敢で驚いてるよ」
ケリーはヴェーデルの回復を待って、凄惨たる現状を伝えた。幽閉前、ナタリーの状態を察していたヴェーデルは、その死を報される事無く受け入れた。
ヴェーデルは生家の復興が望めぬと判断し、何処かへ身を潜める事を決めた。親に捨てられたケリーは、ヴェーデルに付き従った。
「のんびりと茶葉でも作ろうか……」
「ええ」
二人は新たに人気の無い所へ居を構え、紅茶業を営むことにした。
病が収束するまでの二年、その被害は凄まじく街の人口は二割まで減ったという。
なんとも拙い文章では御座いましたが、最後まで読んで頂きましてありがとう御座いました。
(*´д`*)