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ベランダの一息

作者: 雪達磨王

初投稿になります。

右も左もわからないので、お手柔らかにお願いします

いつだって、同じことが繰り返される。もう何も変わり映えがしない日常が右から左だ。今もそうだ、いつもの画面に文字が並んでいる見慣れすぎて、もはや意味が解らなくなりかける。そういう頭の中が真っ黒になってるときは、まるで深海にいるみたいに息苦しくなってしまう。そんなときはちょっとだけ、息継ぎをしに部屋から出て一服つける。

部屋の外といっても、所詮は部屋のベランダで大差なく感じる。ほんの一時の息継ぎそのつもりでベランダに行くとこの日は先客が漂っていた。

と言っても、隣の部屋のベランダからのたばこのにおいだ。…いや違うな、たばこにしては鼻につくにおいがしない、これは木が焼けるにおい?よく見ると少し煙も上がっている。もしかしたら火事なのかな?と思ってベランダの仕切りをノックする。


「あ、あの~、大丈夫ですか?」


「え!?ああ、大丈夫ですよ。燻製をしていただけなんで」


仕切りの向こうから、少し間の抜けた声がした。まぁいきなりかかるはずのない声がすれば驚きもするか。ひとまず、火事でなかったのはよかったけど、燻製をしていた?燻製ってベーコンとかチーズのあれのこと?家でやることだっけ?というか家で出来るものなのか?燻製のにおいが好奇心をくすぐってきて、自分の一服を忘れかけていた。自分を落ち着かせるためにタバコに火をつけ一呼吸してから、お隣さんに聞いてみることにした。


「あの…燻製って家でできるんですか?」


「ええ。準備さえしっかりすれば、室内でもできるんですよ。まぁ、うちは匂いがこもるって言われるんで、ベランダなんですけどね」


ちょっと寂しげに笑いつつお隣さんは言う。

なるほど、お隣さんは同居人がいるのか…これまで興味もなかったし、考えもしなかったことだった。マンションは、自分だけのものじゃないんだから、隣に人も住んでいるだろうし、向こうからすればこっちがお隣さんだ、という事に今更気づいた。これまでなんとなくで過ごしていたことに気づくとなんだか好奇心が疼きだした。「今は何を燻製してるんですか?」……なんて、気軽に聞けるんじゃないだろうか?

そう考えたが、所詮は他人だと煙を言葉の代わりにベランダに吐き捨てる。


「今は、ゆで卵とベーコンを燻製してるんですよ」


今度はこっちがきょとんとさせられた。うっかり言葉にしてしまったかと少し前の行動を繰り返してみるが、言っていないはず。相手が心を読んだのか?そんなことまで考えるあたり気が動転しすぎだと我ながら思う。


「どうです?もう5分ほどで出来上がるんで、ちょっとつまみます?」


思わず「いいんですか?」と返してしまった。そんなに親切にされる理由がないはずだ。家から出ることも少ない自分からすれば、ゴミ出しの時会えば会釈はかえしたとは思うけど…


「いいんですよ。うちのやつらはわたしの趣味に興味も向けちゃくれないし、『燻製なんて作らないで、買えばいいじゃん』なんて言われてるんですよ。一人でつまむのも味気なかったんで少し付き合ってもらえたら、助かっちゃいますよ」


ああ、なるほど分かった。お隣さんはさみしいんだ。たまたま話せる相手ができて、うれしくてしょうがないんだ。だからついつい饒舌になっているんだな。なんだかちょっと分かる気がする。さっきまで自分の世界だけで息がつまりそうだったけど、今は顔も見えないお隣さんと話していて、なんだか楽しくなっている。これもお互いさまって言うんだろうか?

そういえば、冷蔵庫の中にお歳暮だかお中元だかでもらった缶ビールがまだ数本あったはずだ。


「ちょっと待っててくださいね」


そう言ってと冷蔵庫から缶ビールを取り出して戻ってくる。


「あの~、よかったら一緒に飲みませんか?なかなか飲まないので付き合ってもらえると、助かるんですけど…」


そういって仕切り越しにビールを差し出すと、お隣さんはうきうきとした声で感謝を言って、ビールを受け取ってくれた。お隣さんからは、べっ甲色のゆで卵とベーコンを差し入れてくれた。今までうっすらと匂っていた燻製の匂いが目の前にやってくる。思わずのどが鳴ってしまった。

軽く缶を持ち上げて、どちらからともなく「乾杯」という。

ビールを気持ちよくグビグビと飲む音が聞こえてくる。

その音につられるように自分もビールをあおり、ベーコンをつまむ。噛みしめると燻製のにおいと油の旨味が口に広がる。そして、いつ振りかの誰かとの食事が妙にうまくて思わず声が上がってしまった。そんな声をお隣さんに聞かれて少し恥ずかしい。

あっという間にゆで卵もなくなり、ビールもあと一口になったところでお隣さんがいう


「今更ですが、変ですよね今の状況って。ほとんど顔も知らない相手とベランダで飲んでるなんて」


「そうかもしれませんね。でも、いいんじゃないですか?たまになら…」


…また話ましょうと言いかけて、ビールで流し込む。さすがにあつかましいと思った。自分の都合のいいように考えすぎているのはわかる。相手の都合とか好みとかを考えていない自分を少しだけ嘲笑すると、缶を回収して部屋へと帰っていく。これで終わり、これでいつも通りになる、なってしまう。


同じことが繰り返される。もう何も変わり映えがしなくなった日常が右から左だ。今もそうだ、いつもの画面に文字が並んでいる見慣れすぎて、もはや意味が解らなくなりかける。そういう頭の中が真っ黒になってるときは、まるで深海にいるみたいに息苦しくなってしまう。そんなときはちょっとだけ、息継ぎをしに部屋から出て一服する。でも、今日はいつもと違った。

不意に仕切りからノックの音がした。


「偶然ですねお隣さん、一緒に一服しませんか?」


少し不安げな声が自分のことを呼ぶ。そういって、今度はビールの瓶を仕切り越しに差し入れてきた。少し気恥しくなって瓶を受け取る。うれしくてたまらなくなった。

そんなたまたまが、これからも続くといいなと、栓をあけて二人でこう言う


「乾杯」


息苦しい自分の部屋という深海から、口だけを水面に出して一呼吸だけ息継ぎをさせてもらう。そんな時間が、たまらなくうれしい。

よろしければ、感想や意見なんかもらえると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公は気が弱く、どちらかといえば主体性の無い、ある意味「どこにでもいる人」に思えました。しかしだからこそどんな人にも重なる部分がある内容なのかもしれません。 現代に生きる社会人なら誰しも…
[良い点] ハードボイルド系?良く分からない [一言] 作者さんの心情が見える気がしました。 日頃の日常とは違う非日常を感じたい気持ち、ストレスを凄い溜め込んでそうで心配になりました。
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