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彼我師 ~藍編~  作者: 貴浪
黒よりいでし藍
9/26

黒よりいでし藍 五

「及第か、良かったな」

 話を聞いた白玄は厨から振り返りそう言った。

 資格更新を終え、白藍は再び白玄の屋敷へと戻ってきていた。

 陽はすっかり傾き、そろそろと闇が世界を支配しようとしている。

 夕餉の支度を済ませた白玄は、乱雑に切った野菜やきのこを入れた籠を手に、囲炉裏の前へと腰を下ろした。

 白藍も囲炉裏へと近寄る。

 無意識に煙管を懐から出そうとし、止めた。

 また白玄に何か小言を言われるのが分かっているからである。

 そしてそんな風に気を遣う自分に、嫌気がさす。

 代わりに軽くため息をつき、昼間の出来事を語った。

「会話する人間が人間、皆あんたの名を出す。未だにあんたは英雄だな」

 その反動で自分の小ささがよく見える。

 自分は、何年経とうとも、この男を超えられないのだ。白玄の名が出る度、そう突き付けられる気がするのである。

 すると白玄は鼻で笑った。

「英雄?厄介者の間違いだろう。幕僚さえも俺に気を遣う。いい加減、うんざりだ」

 思いがけない返答に、白藍は師の顔を見つめる。

 弟子の視線に気付き、白玄は自嘲じみた表情をした顔を見せた。

「この名に迷惑してるのはお前だけじゃないぞ、高藍(こうらん)。誰もが俺を恐れ、崇める。容易に近づいてくるのは、彼我師じゃ(ぜん)とお前くらいだ。―――人として、幸せだと思うか?」

 思いもかけぬ言葉に、白藍は言葉を失った。

 己の師が、感情を持つ人間だということをすっかり忘れていたのだ。

 人から侮蔑されるのは辛いことだ。

 遠ざけられ、同等の扱いを受けられない。

 仲間ではない、と言われるも同じだ。

 しかし、崇拝されるが故に生じる対応も、あまり変わりないのではないだろうか。

 崇められる結果、最も信頼すべき仲間たちから遠ざけられ、一線を画される。

 それは見下すこととある意味で同義であろう。

 鍋に火をかけ、白玄は言った。

「まあ、俺の場合は自業自得だろうな。自分で招く結果だ。だが―――」

 一度言葉を切り、白玄は真っ直ぐに弟子を見た。

「お前にはすまないと思ってる。俺の名がお前を縛り、圧迫している。だからお前はこの屋敷を、そして俺を五年も避けた。子は親を選べないように、彼我師は弟子も師を選べないからな。・・・俺が弟子を取ること自体が間違いなのかもしれん」

 冷酷で傍若無人とさえ言われる白玄が、他者の自分に対する態度を気にしているとは思っていなかった。

白藍の胸に、苦いものが生じた。

 今まで白玄の何処を見ていたのだ。

他ならぬ己の師だというのに。

この男の苦悩を何一つ察せず、あまつさえ避け続けた。

だが、避けた理由は白玄の言う通りではない。

白玄は勘違いしている。

「玄さん、いるか!」

 白藍が口を開いたのと同時に、いきなり戸口から一人の男が入ってきた。

 近くに住む山師の道生(どうしょう)である。

 道生は白藍を見ると、驚きに目を見開いた。

「高藍!お前、いつ帰って―――」

 白藍も昔は世話になった知り合いだ。

 白玄は立ち上がり道生に近づく。

「どうした。何かあったのか」

「あ?ああ、珠黄はいるか?」

「珠黄?いや、まだ帰ってないが」

 道生は顔を青ざめさせた。

 白玄は眉をひそめる。

「何だ。あいつが問題でも起こしたのか」

「いや、まだよく分からんが、・・・どうも遭難したらしい」

「遭難?」

 冬山での遭難は、生存率を一気に下げる。

 特に子どもはそうだ。

 冬に一人遭難したとなれば、それが意味するのは死である。

 白藍は仁王立ちしたまま、開いた戸口から外を睨んでいた。

 雪が舞っている。

 外は、いつの間にか吹雪いていた。


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