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彼我師 ~藍編~  作者: 貴浪
黒よりいでし藍
6/26

黒よりいでし藍 二

 散々呆れ帰った男によって乱暴に送り出された白藍は、足早に山の頂上へ向かった。

 慣れない歩調が、呼吸を荒げる。

 ―――数日前に、日程を変えるなよ。

 胸中で文句を言うが、悪いのは変更を完全に忘れ去っていた白藍自身である。

 ―――それにしても。

 白藍は複雑な表情を浮かべた。

 先程、自分のとったある態度に嫌気がさしているのである。

 日にちの間違いを告げる時に、自然と声が小さくなったことだ。まるで親に叱られるのを不安がる子どものようである。昔散々怒られた記憶があるからであろうか。

 長年会っていなくとも、あの瞬間、自然と昔の関係に戻ったようで白藍は居心地が悪かったのである。

 何とも言葉にしようのない感情であった。あえて言うなら、子どもに戻ったようなもどかしさ、であろうか。

 そんなことをあれこれ考えていたが、頭を振って吹っ切った。考える程、自分が認めたくない感情を見つけてしまう気がしたからだ。

 目指す場所に辿り着いた時、白藍の息は完全にあがっていた。

 威風を漂わす古い屋敷を囲むようにして見事な木々が並び立つ。

 黄舫堂(こうほうどう)、と呼ばれる館だ。

 途方もなく大きい屋敷で、白藍もまだ全ての部屋を回ったことはない。屋敷というよりも、皇居と呼んだ方がしっくりとくる程である。

 その時、あちこちに人の気配を感じた。

 白藍同様、集会に参加する彼我師たちであろう。

「あーいちゃんっ」

 黄色い声と共に、背後から何かに突進された白藍は、思わずその場でこけそうになった。

「この、馬鹿野郎っ」

 何とか踏み止まり、抱きついてきたそれの首元を掴んで目の前に引きずり出す。

 子犬のように首元を持ち上げられたそれは、人懐っこい笑顔を浮かべて白藍に手を振ってきた。

「・・・ほお。狐が人に化けたか」

 目を細めて低い声で言う白藍に、それは不満げに頬を膨らませて反論した。

「久し振りに会った友だちに言う台詞がそれかよ。目が細いのは生まれつきだからしょうがないだろ」

「出会いがしらに背後から人を突き飛ばそうとする人間を、友だちとは呼ばない」

「突き飛ばしたんじゃない。抱きついたんだ」

 何故か偉そうに胸を張る男に、白藍は小さく溜息をついて手を離してやった。

「お前、相変わらず成長しねえな。(きく)

 同期の彼我師、白菊(はくぎく)白藍(はくらん)の言葉ににっと笑う。

「精神年齢じゃ、(あい)ちゃんよりマシだと思うけど?」

 並んで立つと、白菊の小柄さがよく分かる。まあまあ男としては平均的な身体つきの白藍よりも、ゆうに頭一つ分は小さい。

 彼我師は名前に白の字を冠す。そこで、彼我師同士では白の字を外して互いに呼びあう習慣がある。

 白菊は、白藍の数少ない同期だ。

 見た目通りに子どもっぽい言動が目立つ男だが、彼我師としての腕は上層部からも厚い信頼を得ている。ゆくゆくは幹部に、と目をつけられてもいるようだ。問題児扱いをされている白藍とは大違いである。

 二人は床に腰を降ろした。

 一面板張りの広間で、そこには既に多くの彼我師がいた。顔見知りと目が合い、互いに手を上げて挨拶を交わす。

 情報交換の場であり、資格更新のための査定を受ける待合室だ。

「そういやさ、俺こないだ(げん)(ひと)に会った。いやあ、びっくりした。森の中でいきなり遭遇だからさ、心臓止まるかと思った」

 まるで化け物扱いである。

 白菊は両膝を抱えるようにして座り、白藍を見上げる。

「藍ちゃん、何年帰ってないんだっけ?彼我師になって一回も戻ってないんだろ?」

 白藍は苦い顔をして答えた。

「さっき会った」

 途端、白菊が目を見開く。

「え?玄の人と?何で?藍ちゃん、何かしでかしたのか?」

「何でって―――。山で偶然会って家に連れて行かれたんだ。それにしてもお前、あの人を何だと思ってるんだ」

 最後の方には苦笑が出る。

 白菊は興味深そうに白藍の顔を下から覗きこんできた。

「何だ藍ちゃん、あんなに帰りたがらなかったのに。どういう心境の変化だよ」

「だからたまたま山で―――」

「違うだろ?以前の藍ちゃんなら、絶対家には行かなかった筈だ」

 鋭い指摘に、白藍は口を噤んだ。

 この男、ちゃらんぽらんなようでいて、意外と核心をつく。

 確かに、以前の白藍ならば山で偶然会ったとしても、家までは絶対についていかなかっただろう。

 先程の、何とも言いようがない感情が戻ってきた。

 何故、自分はついていったのだ。

 疑問ばかりが頭に浮かび、答えは全く見えない。

 黙りこくる白藍をちらりと見て、白菊は笑って白藍の背中を叩いた。

「良かったな。玄の人も態度には出さないけど、きっと嬉しいと思うよ。何と言っても藍ちゃんは唯一の弟子だからさ」

「―――どうだかな。それより菊、人のことをちゃん付けで呼ぶな。何度言わせるんだ」

「五百回」

 しれっと真顔で答える白菊に、白藍は青筋をたてた。

 気を遣ってくれていると思えば、人をおちょくるようなことをする。

 白菊の頭に腕を廻し、乱暴に締め上げた。

「あーっ、藍ちゃん痛い痛いっ!頭が割れるっ」

「いっそ、一回くらい割れた方がいいだろ。少しは利口になる」

「何すんだよ!俺たち、友だちだろ!」

「そうなのか?違うと思うけどな」

「藍ちゃん痛いっ!分かったごめんなさい!すみませんでした!だから離してっ!」

 そこでようやく、腕を解く。

 頭を抱え、白菊は床に寝転んだ。

 いつ会っても、こういう調子の男である。

白玄(はくげん)が子弟、白藍。水の間へ」

 入り口で案内役の男がそう呼んだ。

 査定が始まるようである。

 白玄という言葉に場の会話が止み、全員の視線が白藍に向いた。

 毎年のことながら、煩わしいものである。

 ふんと鼻を鳴らし、白藍は白菊を軽く蹴って建物を出た。


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