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彼我師 ~藍編~  作者: 貴浪
黒よりいでし藍
3/26

誘う影見

 うっとりとするような、春の夜であった。

 今が盛りの桜の木からは、絶える事なく薄桃色の花びらが舞い散る。

 はらはらと、それは消えゆく者だけが持つ、儚さ故の美である。

 水辺の近くに妖艶に立つ桜は、その身を側の湖へと映し出していた。

 水面が、ゆらりとゆらめく。

 生じた水紋は、あるものを中心にして穏やかに波打っていった。

 女である。

 腰程まである見事な黒髪は、もう既に湖に浸かっていた。女自身も、背の半分まで水の中である。

 その瞳は、何も映していない。ただぼやけた視線が、ふらふらと遠くを彷徨っている。

 女は。

 そのままふっと力を抜き、水中へと沈んでいった。

 胸元に小さな鏡を抱いて。



 久し振りの、屋根の付いた寝床である。

 加えて晩春の静かな月夜だ。

 余計な事は考えずにゆっくりと手足を伸ばして眠りたかった。

「おい、 白藍(はくらん)。聞いておるのか。久しく顔を見せんと思っておったら、祭事の時にしか現れおらんで」

 耳元で小言を繰り返すこの年寄りがいなければ、白藍の儚い願いは容易に叶うのであるが。

「そもそもおぬし、わしの好意溢れる提案を真面目に考えておらぬであろう。わしがおぬしのためを思っての上での事だと分かっておるのか?」

「しつけえな、じいさん」

 ついに我慢しきれなくなった白藍は、閉じていた瞳を開き、うんざりしたように起き上がった。

 寝床の中にいる人間にまで苦情を言い募るとは、年寄りは余程暇なのであろう。

 と言うより、客人への配慮が欠けている。

 村長の屋敷の二階にある客間である。祭事は先程済ませていた。

 本来なら、祭事の終わった村に長居する白藍ではない。だが、この村長である年寄りの泊まっていけという迷惑な位しつこい誘いを断り切る事が出来なかったのだ。この村を担当するようになってから毎年の事ではあるが。

 起き上がって布団の上にあぐらをかき、白藍は短髪の頭をごしごしと乱す。そして、呆れ果てたと言わんばかりの瞳を渋柿色の水干の老人に向けた。

「何度も言ったろう。俺は一つの土地に落ち着く事はしない。だから、あんたの好意溢れるとかいう提案を受ける事もしない。分かったか」

「分かっておらんのはおぬしの方よ。わしがおぬしに見合いをさせたいのは、おぬしをこの村に留めたいからではない。見合い自体が面白い見世物になるからだ」

「―――この耄碌爺」

 人の為とか言った舌の根が乾かぬ内から、自分が楽しむ為だと本音をさらけ出す。この老人にはずっと翻弄され通しだ。

 村の女との見合いを薦められはじめて、もう三年以上になる。

 毎年苦労して断る白藍も、いい加減面倒になってきた。しかし、だからと言って見合いする訳にもいかない。

 人と結び付くと、その村と繋がりを持つ事になる。彼我師として、白藍はそれだけは避けていた。繋がりを積極的につくろうとする彼我師もいる。人と結び付いた方が、情報は集まり易く、村人らも容易に心を打ち明けてくれるからだ。だが、白藍はそれをしない。

 要は、見解の違いだ。

「おぬし、眉目秀麗とは言わぬが見た目は悪い方ではないのだ。そろそろ観念して身を固めぬか」

 瓢々とした老人は、猶も白藍の客間から出て行こうとしない。

 枕元の煙管を取り、白藍は窓の手前にある棚、いわゆる付書院に片足をあげて腰掛けた。寝巻きである若草色の単の裾から、足がのぞく。

 行儀が悪いの―――、とたしなめる老人に、煙管に口をつけようとしていた白藍は天を仰いだ。

「あんたは俺の親戚か。流れ者の心配する暇があるんなら、村の若い男たちにそういう出会いの席を設けてやれよ。世話を焼く相手を間違ってるだろ」

「わしが親戚ならば、おぬしの首に紐をつけて言う事をきかせておるわ。この強情者が。年の甲と言うであろう。何故年寄りの助言を聞き入れぬのかなあ」

「そういうのを年寄りの冷や水っつうんだ」

 白藍の洒脱な言い返しに、老人は諦めたように横を向いて鼻を鳴らした。

 どうやら、今年も何とか切り抜けられたようである。

 内心で安堵し煙管を咥えた矢先、客間の戸口が慌ただしく開いた。

「そ、村長っ」

 息を切らした男が一人、断りも入れずに入室する。その顔面は蒼白であった。

「何事だ。騒々しい。ここは客間だぞ」

 白藍の意に関わらず見合いを薦めていた当の本人が、苦々しげに男をたしなめる。

 だが男はそのまま老人の傍らに膝をつくと、耳元で何事か告げた。

 途端に老人の顔が強張る。

「本当か」

 老人は急いで立ち上がり、

「白藍、ゆっくりしていけ。気が済むまで泊まっていくと良い」

 そう言って男を従え、客間から出て行こうとした。

「何だ。面倒事か?」

 煙を燻らし、白藍はのどかに問う。

「客人は静かに寝ておれ。首を突っ込んでもつまらぬだけだ」

 余所者としてというより、白藍を村の厄介事に巻き込んでしまう事に躊躇した老人は、そう言って急いで出て行った。

 戸の開いたままの客間に残された白藍は、静かに煙を吐き出す。

 月明かりが、下界の騒々しさにも動揺する事なく、窓から降り注いでいた。

 一息ついた白藍は、大儀そうに付書院から立ち上がって、ふらふらと一階へと下りていく。屋敷を出ると、村中がそわそわと浮き足立っているのが分かった。騒がしい訳ではなく、皆が重々しい雰囲気に包まれている。

 探索にあたっていたらしい男たちが、大声で伝達しながら誰かをある家に運び込んでいた。

「何かあったんですかね」

 近くにいた女に声を掛けると、意外にも容易に教えてくれた。

「身投げさ。娘が一人、湖に浮いてるのを釣りをしていた男が見つけてね」

 自殺とは、穏やかではない。

「まあ死んじゃいないみたいだね。男たちが今医師の家に運び込んだからさ」

 良かったよと呟き、女は子どもを連れて自らの家へと帰っていった。娘が生きている事を確認した他の村人たちも、各々口々に安堵の言葉を発しながら家へと引き返す。

 静かになった村中を見渡し、白藍は村長の屋敷の前でゆっくりと月を見上げた。

 折りしも満月であった。

 満ちた月は、人の心を惑わすという。

 自ら命を断つ人間が多発するのも、何故か満月の夜らしい。

 人は自分で思う程、自然の影響から自由ではない。

 ぼんやりと空を見上げたままでいると、暫くして医師の家から渋柿色の水干を纏った村長が出てきた。そして、屋敷の前に立っている白藍を見つけると、溜息をついて近寄ってきた。

「・・・おぬしに明るい色の着物は似合わぬの」

 じろじろと人を見ていたと思ったら、開口一番にこの台詞だ。

「あんたが用意した寝巻きだろう」

 半眼になって呆れたように答え、白藍はふっと表情を引き締める。

「助かったのか?」

 短く問われ、老人は頷く。

「今は寝ておる。うちの医師は腕が立つからな。・・・中に入れ」

 詳しい話は部屋でしてやる―――、と老人はさっさと己の屋敷へと入っていった。

 頭をかきつつ、白藍はその後に続く。

 老人は厨を覗いて酒を客間に持って来るよう頼み、迷う事なく二階の客間へと上がった。

 場所は白藍に断りなく客間だと決まっているらしい。白藍も気にせずに階段をのぼる。

「実は、困っておるのだ」

 卓を挟み、向かい合って腰を落ち着けた途端、老人は眉尻を下げてそう言った。

「みたいだな」

 一方の白藍は、卓に片肘をついて煙を燻らす。

 自殺未遂者がでて困らない人間などいないであろう。

 酒とつまみを運んできた下男が出ていくのを待ち、老人はぽつぽつと語った。

「そもそもは一年前、この村にふらりと現れた薬売りが元凶だ」

 その男は、一夜の宿を求めたという。

 目元は涼しく、いわゆる優男と呼ばれる男であったらしい。

 泊めたのは村のはずれに住む兄妹の二人であった。

「親は?」

 白藍が口を挟むと、つまみに手を伸ばしていた老人は、邪魔なのか水干の袖口を捲くった。

「五年前に落石事故でな。それ以来、兄の弦次が四つ年下の妹を育てた。感心な男よ」

「上の人間が下の兄弟世話すんのは当然だ」

 どうでもいい、と言わんばかりの表情で白藍は杯に酒を注ぐ。

「問題はそこじゃないだろ」

「関係あるから話しておるのだ。少し黙って話を聞け」

 兄は妹を真っ先に考え、妹は素直に兄を慕う。

 近所でも評判の、仲の良さであった。

 そこに薬売りがやってきた。

 それも若い男である。

 兄の 弦次(げんじ)は泊めることを躊躇ったが、宿のない薬売りを哀れみ、結局は家に入れた。男が礼儀正しかったのも理由の一つである。

 妹も客人を招くことに、いたく喜んだ。両親が死んでから、ずっと二人で暮らしてきたのだ。誰か他人と食事をする機会など、全くなかったからである。

 兄の心配を余所に、薬売りは翌日の早朝、礼を述べると村を去っていった。

「薬売りだろ?薬を売りに来た訳じゃなかったのか」

「分からぬ。どこか別の目的地があって、その通り道だったのかもしれん。まあ、それは良いのだ。問題は妹じゃ」

 塞ぎ込むようになったのだという。

 常にぼうっとし、内に篭る。

 見かねた弦次が叱っても、全く聞いていない。

 仕舞いには外に出ず、一日中家の中で過ごすようになった。

「齢は?」

「七十六じゃ。来年の喜寿のわしの祝いにおぬし、見合いをせい」

「あんた、わざとやってるだろ。じじいの年齢なんか知ったって何の得にもならねえんだよ。ましてや俺が見合いしてやる筋合いもない。その妹の齢だ」

 呆れ果てる白藍に、老人は瓢々として答えた。

「確か今年で十六だったはずじゃ」

「じゃあ、別段珍しいことじゃない。その年頃の子どもは何かと不安定だ。放っておいても、いつかは元通りに戻るさ」

「子ども、ねえ」

 老人は意味ありげに呟く。

「白藍、おぬしは十六の時は何をしておった」

「何だ急に」

「まあおぬしは少し事情が違うかの。物心ついた時から旅の身にある彼我師じゃ」

 この老人に自分の身の上話をした憶えはない。

だが彼我師という特殊な職にある時点で、その出自は普通とは言い難い。老人はそのことを言っているのであろう。

「じゃがの、同年の彼我師までとは言わぬでも、十六と言えばもう半ば大人よ。少なくとも子どもとは言えぬ」

「何が言いたいんだ」

 空になった銚子を卓に置き、白藍は眉を顰める。

 すると、老人はこれ見よがしに溜息などついてみせた。

 そしてつまみのスルメを口の端に咥えたまま言う。

「だからおぬしは鈍感だと言われるのだ」

「スルメ咥えた間抜け面のじじいに何言われても怒る気しねえよ」

「女心も分からぬから、他人のわしが心配して見合いを薦めてやらねばならぬようになるのだ」

「本気でしつこいぞ、じいさん。来年から祭事止めてもいいんだぞ」

 話が全く先に進まない。

 軽く睨むと、老人はしぶしぶといった風に口を開いた。

「薬売りの男しか目に入らぬようになったのであろうよ」

 つまりは身投げした娘がその妹であり原因が薬売りにある、ということか。

 老人は続ける。

「あの娘にしたら、初めて目にした外から来た人間だ。村の外への憧れもあろう。だがそれ以上に―――」

 何故か言いよどむ老人を、白藍は不思議そうに見遣る。

「何だ。何か気になるのか」

「いや・・・、大したことではないのだが。あの薬売り、どこか雰囲気が人間離れしておったように感じたのだ」

「神の権化だとでも言いたいのか」

 だとしたら、村の人間ではない白藍に内情をぺらぺらと話すのも納得する。

 しかし、老人はそうは思っていないようだ。

「そうではない。そういうことなら、さっさと彼我師のおぬしに文を出してここに呼び付けておるわ。―――常に浮かべておる微笑、余裕のある態度、洗練された所作。すること全てがどこか浮世離れしておった。神というより、そう、仏の方がしっくりくるのう」

「随分廃れた言葉を持ち出してくるな」

 つい苦笑が浮かぶ。

 何百年か前に存在した仏教という宗教における至高の概念だ。

「神はどこか人間に近いであろう。自らの感情を表し、思いのままに行動する。故におぬしら彼我師が必要となるのだ。だが、あの男はそれとは対極にあった。全てを超越したような雰囲気、とでも言うのかの」

 何となく、言いたいことは分かる。

 神とは言うなれば子どものような性格をしている。白藍が手を焼くこともしばしばだ。

「それで?あんたは結局俺に何をさせたいんだ」

「簡単じゃ。年長者として娘を諭してくれぬか。峰都が目を覚ましてくれねば、弦次がいつまでも妹から開放されぬ」

「俺に頼む理由が分からない。そういう世話人が村には何人もいるだろう」

「年頃の娘じゃ。色々と思い悩むのは分かる。外の男に想い焦がれるのもな。しかし、それで身投げまでするとなると、どうも奇妙に感じるのだ。村の人間ではお手上げじゃ」

女の塞ぎ込みや身投げの原因は外の人間。

そしてそれを解決するのも外の人間である白藍、ということか。

とんでもない発想である。

白藍は頬杖をついて老人を見据えた。

「俺が何とか出来るとでも思ってんのか?無駄だぞ。専門外だ」

 恋だの愛だの、一番無縁な生活を送っているのだ。神と人を舫うことは出来ても、娘の恋心をどうにかするなどまず白藍には不可能だ。

 しかし老人は意外にも真顔であった。

「女心を勉強するよい機会ではないか。―――それにな」

 一度言葉を区切り、老人は僅かに小さくなった声で付け加えた。

峰都(ほうと)が身投げした時な、小さな手鏡を抱えておったのだ。それも玄武の彫りが施されてある」

 面倒だと言わんばかりの態度だった白藍だが、一瞬にして緊張が走る。

 頬杖をついていた顔を持ちあげて老人を見る。

「玄武の彫りが入った鏡だと?」

 玄武はこの村神の象徴である。

 そして、神体もまた、小さな手鏡なのだ。

「案ずるな白藍」

 白藍の心配を察し、老人は右の掌を向けた。

「今日の祭事の後から、御堂には常に見張りを置いておった。神体が盗まれた可能性はない」

「―――何なんだ、この気持ち悪さは」

 白藍はすっと目を細める。

 峰都が持っていたのは、村の神体を模したもの。

 身投げの理由に、神が関与しているとでも言うのか。

 薬売りは何をしたのだ。

 とりあえず。

「会って話を聞いてみるか」

 にやり、と老人が微かに笑ったのを、白藍は視界の端に捉えた。

 全てが老人の思惑の内に進められているのだ、とその時白藍は悟ったのである。



 老人の案内で、白藍は先程の医師の屋敷へと連れて行かれた。

「医者が駄目だと言えば、大人しく引き下がれよ白藍。わしはあいつを敵に廻すつもりは毛頭ない」

 屋敷を目の前にした途端、老人は何故か中の様子を窺うようにひそひそと言った。

「俺だって誰かの反感買ってまで話を聞きたい訳じゃない。ごり押しするつもりはねえよ」

 ならば良い―――、と頷いた老人だが、その顔は強張っていた。老人は戸を叩いて名乗ると、屋敷へと入っていく。

 老人の反応を疑問に思いつつ、白藍は老人に続き戸を潜った。

 広い土間であった。

 あちこちに背もたれのついた椅子が無造作に置いてある。

「峰都の様子はどうかの?何か喋ったか?」

 老人が早速声を掛ける。

 その問い方は、まるで子どもが親にお願いをする時のようであった。

 瓢々とした性格で白藍さえも翻弄する老人である。このような様子を、白藍は今まで見た事がなかった。

「自殺未遂起こした人間が、そう易々と理由を話す訳ねえだろ」

 眠たげな声でばっさりと老人の問いを切り捨てた人物を眼にし、白藍は思わず目をしばたかせた。

 まだ年若い女である。

 戸口近くの柱に椅子を立て掛け、そこに足を組んで腰掛けていた。

 どうやら、仮眠していたようである。燃えるような緋色の水干の上から、白衣を纏っている。結んでいない長い黒髪が印象的な女だ。

 その女は白藍を見て、僅かに眉間に皺を寄せた。

「何故彼我師がここにいる。―――何のつもりだ」

 女の声が低くなったのに対し、老人は狼狽して両手を顔の前で振った。

「違うのだ 玉廉(ぎょくれん)。こやつはの・・・」

 女は老人の言葉に全く耳を貸さず、険しい顔をして老人の目の前に立ちはだかる。

「鏡のせいで彼我師を連れてきたんだろうがな、無駄だぞ。峰都は今、何か話せるような状態じゃない。さっさと帰れ」

「少しでいいんだが」

 言葉をなくす老人を見かね、白藍が後ろから口を挟んだ。

 女がちらりとこちらを見る。

「妹が嫌がればすぐに帰る。鏡と神に関係があるかどうか、知りたいだけだ。神が何らかの形で関わっているとすれば、それは俺の責任だからな。だが、余計な事に口を突っ込むつもりはない」

 薬屋については聞かない、と暗に告げる。

「・・・私も同席するぞ。それが条件だ」

 最後の一言が、医師の心を動かしたようだ。

 女は、目の前で立ちすくむ老人を一瞥した。

「あんたはここで待ってろ。奥まで入ってきたら、怒るからな」

 そして背を向け、すっとした足取りで奥へと進む。

 白藍は老人を通り越しざま軽く右手をあげて挨拶し、女の後を追った。

 廊下の左右には、数個ずつ部屋がある。どれも病室だ。今は全て空室のようである。

「あのじいさんを従えるなんざ、あんた相当怖いんだな」

 感心したように白藍が言った。

 玉廉と呼ばれていた女は振り返りもせずに答える。

「私は脅したつもりは一度もない。逆にあの老人の村長としての威厳のなさは少し問題だ」

 職人気質の性格なのだろう。愛想というものは欠片もないが、先程の態度から患者に対する慈愛は白藍にも充分伝わってくる。

 玉廉は一番奥の部屋の前で立ち止まった。

「峰都、私だ。入るぞ」

 そう言うと、玉廉はがらっと障子を開いた。

 中にいたのは、儚げな印象を抱かせる、若い女であった。畳の上に敷かれている布団に、何とか半身を起こしている。

 玉廉はすっと布団の傍らに正座した。

黒髪が畳につきそうな程長いのが分かる。

神秘的な雰囲気を醸し出す医師だった。

白藍も玉廉の斜め後ろに片膝を立てて座る。

「どうだ。落ち着いたか?」

 玉廉のその言葉が、ほんの僅かだが今までとは違う温かみを帯びているのに白藍は気付いた。

 だが入ってきた二人には目もくれず、峰都は膝の上に置いている小さな鏡を一心に見つめているだけであった。

「峰都?」

 もう一度、玉廉が声を掛けるが、やはり峰都の様子は変わらなかった。

 玉廉は小さく息をつく。

 ずっとこの調子なのだろう。

 その様子をじっと見ていた白藍が、口を開いた。

「何故死にたいと思った?」

 前を向いたままの玉廉の背中が、ぴくりと動いた。直球を投げ掛ける白藍を制そうとする気持ちを、抑えたのだろう。

「湖に入ったんだ。自殺する以外に理由はない。死にたかったんだろう?あんたに死を選ばせたものは何なんだ」

 無表情だった峰都の瞳が、次第に暗みを帯びてくる。

 感情が戻ってきたのである。

 何かを語らせるには、まずこちら側に帰ってきてもらわねばならないのだ。

「まああんたが死のうが俺はどうでもいいんだがな。問題はあんたの持ってるその鏡だ。知ってるだろう?この村の神の神体と酷似している」

「ご神体じゃありません」

 か細い声が、やっと返ってきた。

「どうやってそれを手に入れた?」

 間髪入れずに問い返す。

 峰都は縋るような目を玉廉に向ける。

「―――先生」

「私に逃げるな」

 意外にも玉廉は素っ気無く突き放した。

 峰都は沈んで俯く。

 両手を痛々しい程強く握り締めている。

 突如、玉廉が立ち上がった。

 峰都は驚いて医師を見上げる。

「峰都。弦次が心配している。早くけりをつけろ」

 再び俯く患者を意に介さず、玉廉は冷淡とも言える態度で部屋を去っていった。

 困った白藍は、半眼となって頭をかく。

「あの医師は、いつもあんな感じなのか?」

 つい峰都に聞く。

自殺未遂を起こしたばかりの患者に対し、あまりと言えばあまりな対応だ。

 峰都は完全に落ち込んでしまっていた。

 両肩を落とし、悲しげに膝を見詰めている。

 ―――ん?

 ふと白藍は、峰都の態度の変化に気がついた。

 先程までは完全に精気というものが欠落していた。だが、今は哀という感情が見て取れる。

 言わば、生きる屍だったのが自己の感情を表現するまでに変化しているのである。

 無反応と感情の有無は、塞ぎ込みが回復したかどうかの、重要な判断基準だ。

 ものは試しだ、と白藍は口を開く。

「―――もう一度聞く。その鏡、誰に貰った?」

 峰都は初めて白藍の存在に気が付いたように驚いた。

 そして困惑しながらも素直に答えた。

「・・・うちに泊まった薬屋さん、だったと思います。―――あれ?お兄ちゃんだったかな」

 すみませんよく憶えていません、と峰都は首を傾げる。

 反応はあった。

しかし思わぬ返答に、白藍は目を細める。

急に記憶が曖昧になっているのはどういうことなのか。

 もう一つ、聞いてみた。

「薬屋の名前は聞いたか?」

「はい。あ、でも一日しかいなかったから、忘れてしまいました。そんなに話した訳でもないし」

 そして峰都は笑顔さえ見せたのだ。

 完全なる回復だ。

 解せない。

「―――これ、貰ってもいいか?」

 白藍は峰都の膝の上にある鏡を指差す。

「ああ。はい、どうぞ」

 身投げする際に持っていた鏡を、峰都は呆気なく白藍に差し出した。

 それを受け取ると、白藍は解せない気持ちのまま部屋を出た。

 廊下を過ぎ、老人の待つ土間へと戻る。

 そこには、目を閉じ椅子に座る玉廉と、暇そうにしている老人がいた。

「どうじゃった白藍」

 いち早く白藍に気が付いた老人が立ち上がる。

 白藍は息をつき、空いている椅子の背もたれの方を前にし両足を広げて座った。

 行儀の悪い男じゃ―――、と老人がぼやく。

「どうもこうも。全く意味が分からん」

 そう言い、白藍は背もたれに乗せた腕に頭を突っ伏す。

 頭がおかしくなりそうだ。

「だいぶ翻弄されたようだな、彼我師」

 目を閉じたままの玉廉が静かに言った。

「あんた、どういうつもりだ」

 僅かに顔を上げ、白藍は玉廉を見る。

「何を知っている?」

 目を開けた玉廉は、床を見詰めた。

「知っている訳ではない」

「じゃあ、何なんだ」

 ふう、と医師は息を吐き出す。

 そして詠った。

「大空の 月の光し 清ければ 影見し水ぞ まず凍りける」

 白藍は眉を顰めた。

「古今集、だったか」

「流石に博識だな。そう。古今集、詠み人知らず」

「それがどうしたんだ」

 なおも問い詰める白藍に、玉廉は顔を逸らし、目を細めて頭を掻く。

「面倒なのじゃな」

 横で老人が冷静に分析した。

 白藍は脱力する。

「面倒って、あんたなあ・・・」

 意外な一面を持つ女である。

「一つ、弦次は見舞いに来ていない。峰都が極度に嫌がったからだ。二つ、今の和歌。結果、薬屋が何を吹き込んだか」

 これではあんまりだ、と思ったのか、玉廉は鍵となる言葉を並べてみせた。

 白藍は顎に手をやり、眉間に皺を寄せて考える。

 兄の見舞いを拒否した峰都。

 兄の何を厭うたというのだ。

「決まっておろう白藍。年頃の娘が嫌がる事と言えば一つじゃ」

 白藍の心を見透かしたように、老人は再び椅子に腰掛けた。

「何だよ」

 老人は得意げに披露した。

「兄の結婚。これしかなかろう」

「・・・へえ」

 つい、適当な相槌が口をついた。

 そんな白藍の反応に老人は不満げである。

「何じゃ。へえ、とは」

「興味がないのだろう、彼我師。お前はそういう人の感情の機微が苦手なようだからな」

 出会って数刻も経っていない玉廉にまで言われ放題である。

 しかし、外れてはいない。

「兄貴に女が出来たから見舞いを断った、ってことか?」

「棒読みもいいとこじゃな。それにわざわざ纏めるべき内容でもない」

 あくまで白藍を虚仮にしたいようである。

 白藍は老人を無視し、二つ目について思考した。

 

月が冷ややかに冴え光っているので、月を映していた水面が凍ったことだ。

 

これが先程玉廉が口にした和歌の意味である。

「影見は鏡の古称。つまり水面が鏡の役割を果たしている」

 呟く白藍に、机で茶を注ぎ分けていた玉廉が言った。

「そういえばこう言った人間もいるな。―――鏡は悟りの具ならず。迷いの具なり」

「・・・映す者と映される者が、互いに影響し合う、ってことか」

鏡はただ、対象を映すだけではない。

映した月が、水面を凍らせる。

鏡に映ったものを見て、人は迷う。

双方とも、本来の姿を忘れている。

「鏡は昔から異界への入り口だ、とも言われてきた。非日常へ誘うもの、それが鏡だ」

 ほら、と玉廉は机の湯呑みを置く。

それを機に、部屋のあちこちに腰掛けていた白藍と老人は玉廉のいる机へ集まった。

「確かに、若い頃は多くの者が鏡に迷うの」

 音を立てて茶を吸い、老人は一息つく。同様に湯呑みを傾けた途端、白藍は咳き込んだ。

「は、何だこれはっ」

 寝巻きの袖で口周りの水滴を拭う。

 苦い。

 老人が冷ややかな視線を白藍へ寄越した。

「薬草を煎じた茶じゃ。これしきで動揺するとはまだまだ修行が足りぬの、白藍」

 玉廉も澄ました顔で飲んでいる。

「毒とでも思ったか。飲食物までも疑わざるをえないのは彼我師の悲しい習性だな」

 二人揃って、白藍を貶める計画でもあるのだろうか。

 しかし反抗する気力もおこらず、大きな溜息だけが出た。

「峰都が鏡に映った自分の姿に酔っていた、とでも言うのか」

 それはあまりに荒唐無稽な説だ。

 いかに年頃の娘といっても、そんな馬鹿な話があるだろうか。

 しかし玉廉は全く動じず湯呑みを置いた。

 そしてちらりと白藍を見る。

「鏡はちゃんと持って来たか?」

 ああ、と白藍は寝巻きの懐から手鏡を取り出した。

 先程玉廉が部屋を立ち去る際、

 ―――鏡を持って来い。

と、白藍の耳元で囁いたのだ。

「よく見てみろ」

 促され、老人と共に覗きこむ。

「お?割れておるではないか」

「何時の間に」

 鏡の中心から、小さな亀裂が入っていた。

 少なくとも、白藍が病室に入った時には何の傷もなかった筈である。

「峰都がお前に注意を向けている間に、割っておいたんだ」

 白藍は思わず動きを止め、玉廉を見詰める。

 全く気が付かなかったからだ。

 彼我師はそれなりに武術の心得がある。旅に出ている事の多い日常は危険と隣りあわせだ。師からある程度の教えは受けるのだ。

 その白藍に悟られることなく、鏡を割ったというのか。

「何者だ、あんた」

「驚くことではないぞ白藍。この医師はな―――」

「黙れクソ爺。静脈に注射されたいのか」

 調子よく何かを語ろうとした老人に対し、目を閉じた玉廉が冷え冷えとした声で警告を発した。

 老人の顔からは血の気が引き、表情が強張った。

 何を言おうとしたのかは分からないが、この威圧感といい、唯者ではないということはよく理解出来る。

 気まずい雰囲気の中、白藍は自分だけが寝巻きだというどうでもいいことに気が付いた。恐ろしさに凍りつく老人は檜皮色の水干、目を閉じている玉廉は朱色の水干に、白衣だ。

 しかし、こうして見ると。

―――ただの弱い者いじめだな。

老人が哀れではあるが、しかし白藍に助ける義理はない。

「―――で?鏡を割った理由は?」

 二人を見比べつつ、白藍は頭をかいて話を進めた。

「鏡は見る者に波紋を与える。つまりは影響だ。神の神体の多くが鏡なのも、頷ける話だ。お前が峰都に揺さぶりをかけた為に、あの娘には感情が僅かに戻った。その隙を狙い、禍因の鏡を破損させれば―――。ただ、それだけの事だ」」

 そこで一度言葉を切り、玉廉はすっと遠くを見据えた。

「弦次についていらぬ事を吹き込まれ、茫然自失となったところで鏡を渡される。それも神体そっくりなもの。悩みを抱え家に引きこもり、日がな一日鏡を覗きこんでいたなら―――」

 精神に変調をきたす、のかもしれない。

 他人で、家族もおらず、しかも彼我師の白藍にはよく分からないが。

「分からぬのう。そんなことで身投げまでするものなのか」

 不可解なのは老人も同様のようである。

 玉廉は素っ気無く呟いた。

「所詮は他人の心だ。頭で理解はしても、真に分かり合うなど不可能だろう」

 だが、と医師は背もたれに寄り掛かる。

「峰都の場合は起こり得ることだった。そこを否定しても始まらない」

「確かに。わしも秋は毎朝コオロギを探しに山へ入るが、これが他人に分かるとは思わぬの」

「・・・まあ、そりゃ分からねえな」

 この爺、そんなことしてたのか。

 玉廉も不審げな表情を老人に向けている。

「じゃが問題は、誰が、何の為に、こんな馬鹿げたことを仕出かしたかということよ」

 周囲の反応を意に介さず瓢々とした老人の言葉に、若い二人も頷く。

「薬屋の男、か」

 目的は何だ。

 玉廉が腕を組み口を開く。

「あれ程純度の高い鏡など、そう易々と手には入らない」

「初めから、誰かに与えるつもりで持ち歩いていた可能性が高いな」

 言いたいことを引き継いだ白藍に、玉廉は頷いてみせる。

 だが、その男についての情報が少な過ぎる。

 これ以上、ここで話し合っても進展はないだろう。

 白藍は立ち上がった。

「俺は旅先で色々と聞き回ってみる。何か情報があったら、伝えに来るよ」

「そうだな。このままでは埒が明かない。お前の人脈に頼るしかないだろう。頼むぞ」

 頷いた白藍は、のんびりと茶を啜っている老人を一瞥した。

「帰るぞ、じいさん」

 しかし老人は、惚けたような顔をする。

「おぬし帰り道くらい分かるだろう。一人で帰れ。わしはもう少し玉廉と語り合うことがある」

「あ?」

 思わず半眼になって老人を見据える。

 この齢で、まだ色ボケしているのか。しかも、あれ程手厳しくやられた相手に。

 ゆっくりと茶を飲み干した玉廉は―――。

「帰れ」

 矢張り一言で切り捨てられた。

 仕方ない、と白藍は老人の水干の首根っこを掴み戸口まで引き摺ることにした。

「おい、止めぬか白藍っ。邪魔をするなっ」

 ばたばたと騒ぐが、全く無視する。

「邪魔したな、先生」

 去り際家を出てそう言うと、医師は白衣を脱いだ。真紅の水干が、月明かりに照らされ長い黒髪が映える。

そして戸口に寄り掛かり、ゆっくりとした動作で懐から煙管を取り出し咥えた。

「玉廉。名で呼べ、彼我師」

 落ち着き払った声が、妙に耳に心地よいことに白藍は気付いた。

 思わず微かな笑みが口元に浮かぶ。

「白藍だ。次はもう少し飲み易い茶を出してくれると嬉しい」

 玉廉も顔を伏せにやりと笑う。

「ぬかせ。薬草の勉強でもして来るんだな」

 白藍らを見送ることなく、玉廉は片手をあげて挨拶をし、あっさりと家へ入っていった。

「・・・あー。玉廉」

 傍らから悲しげな声が聞こえた。

 構わず白藍は屋敷まで引き摺る。

そして溜息と共に諭す。

「あんたな、齢考えろよ。孫もいるだろうが」

 玉廉の老人に対する態度が何となく冷たかった理由が、白藍には分かった。

「人を想う気持ちに齢なんぞ関係あるか。いい齢して女っ気の全くないおぬしに言われとうないわ」

 言い返す気も失せ、白藍は天を仰いだ。

 ―――しかし。

 僅かに表情を引き締める。

 不穏な相手がいるようである。

 仲間に対し情報の統制をかけ、後見所には集会を待たずにある程度の報告をする必要があるだろう。

 わざわざ神体を模した鏡を使用している。村の人間が彼我師を頼ろうとするのは目に見えていることだ。

 つまり、彼我師を巻き込もうと意図した上での行動。

「―――まずは情報だ」

 無駄に考えても始まらない。

 老人の屋敷の前まで来た。

 しぶしぶと老人が自力で立ち上がったのを確認し、白藍は手を離す。

「じいさん、今から発つよ。用事が出来た」

 水干の裾についた土を払い、老人は片眉を上げてみせる。

「随分とせっかちじゃな。出立は明日でも良かろう。薬屋の居場所に目星がある訳でもあるまいし」

「ないから余計にさ。後手に回るのだけは敵わなねえ」

 ふん、と鼻を鳴らし、老人は戸口から顔を突っ込み、白藍の荷物を持って来るよう告げる。

「無駄な忠告だろうが、夜の山は恐ろしいぞ。充分注意せぬと足元を掬われる」

「ああ。分かってる」

「それは餞別じゃ。寝る時くらい、服は着替えよ」

 若草色の寝巻きを指差し、老人は言った。

「寝巻きだってこと忘れてないんだったら、中で着替えさせろよ。この格好で山越えさせるつもりか」

 白藍は文句を言うが、老人はつまらなそうに呟く。

「どうせ村を出たら山のどこかですぐに寝るつもりなのじゃろう。なら着替えなど不要だ」

 意外な台詞に、白藍は目をしばたいた。

 戸口の前に腰を下ろし、老人は続ける。

「おぬしは一所に留まれぬ性質じゃ。彼我師という職柄上だけではない。おぬしは他人と関わることを恐れておる。故に里や村には極力留まらぬ。親しくなろうと近付いてくる人間を遠ざける。何かしら理由はつけておるがな。多少自分でも意識はしておるじゃろう」

「・・・驚いたな」

 気取らせるつもりなど全くなかったのに、ここまで気付かれているとは思ってもいなかった。

「見合いを断り続けるのも、同じ理由からか?」

 老人は目を細め白藍を見据えた。

 どうやら、誤魔化しは効かないようである。

 頭をかき、答える。

「・・・退廃的、なんだろうな俺は」

 物事に対する考え方が、だ。

どうも、自分の明るい未来なんてものを描く能力も気力も人より低いのである。人並みの幸せを望んだこともないし、況してや今の自分を悲観したこともない。

馬鹿にしたような顔をつくり、老人は余所を向いた。

「若いくせに面倒な性格の男よの。よう彼我師なんぞ危険な職なのに今まで生きておられたもんじゃ」

 それは白藍自身が不思議に思っていることだ。

 溜息をつき、老人は顔を上げ白藍を見上げる。

「次はもっと早いうちに来い白藍。うちの村の祭事は春先じゃからおぬしはそれ以外の季節に来ぬであろう。夏に来たら鮎、秋は山菜、冬には獅子鍋を喰わせてやる」

「あんたは俺の母親か」

 つい苦笑した。

 何となく苦手な話になってきた。

 しかし老人は話を止めない。

「そう思えば良かろうが。―――人を頼れ白藍。おぬしは人間じゃ。神の超俗的態度に惑わされるな」

 神の超俗的態度に惑うな。

 彼我師となる際、師匠に何度も釘を刺されたことだ。

 幾人もの彼我師が、それで命を落とす。

 これが、今白藍の抱える彼我師としての壁だ。

 白藍は大きく息をついた。

「夏の終わりにでも来るよ。情報持ってな」

 途端に老人はにっこりと笑む。

 白藍を見つめる瞳は、まるで孫へ向けるかのように柔らかかった。

 荷物を受け取り、白藍は老人と屋敷に背を向けた。

 そして片手をあげ、旅路へとたつ。

「まあ、それまでにあんたが死んでなかったら、の話だけどな」

「そういう所が可愛くないのだおぬしは」

 さらりと毒を吐くと、老人は忌々しげに舌打ちする。

 白藍は去りつつも声をあげて笑う。

もう小さくなった白藍の背中に、老人は叫んだ。

「玉廉もおるっ。犬死だけはするなよこの惚け者っ!」

 それに振り返る事もなく、白藍は徐々に姿を消した。

 もうすぐ―――、夏がやってくる。



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