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彼我師 ~藍編~  作者: 貴浪
黒よりいでし藍
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色彩重ね 二

 この村へ前回来たのは、半年前である。

 夏の盛り。

 あのときは蝉の音で賑わっていたが、今は路端の残雪が冬の終わりを感じさせる。

「人が丹誠込めて染めた服を半年で五枚も駄目にするとは、お前もだいぶ慎ましい旅をしているようだな。よほど日頃の行いが良いのだろう。五枚染めるのにどれだけの藍が必要なのか、勿論知っているんだろうな?」

 そう白藍に皮肉を言ったのは、妙齢の美しい女であった。

 座敷で向かい合って座っているその女は、開け放たれた障子から外を眺めており、白藍の方をちらりとも見ない。単衣の上に、大きめの羽織をふわりと纏っていた。単衣も羽織も、息をのむほど美しい見事な藍色である。以前聞いたときに、数年前の傑作だと女は言っていた。

 藍と同様に見事なのは、女の貫禄である。気だるげに片膝を立てているが、凛とした美しさは全く損なわれていない。並の人間では、この女に逆らうことは出来まい。この若さで村長を務めているだけはあった。

「好きで破いてる訳じゃねえよ、路為。俺だって気をつけて―――」

「ほう、破いているのか。藍に染めた布は丈夫になる筈だが。服も浮かばれぬな」

 冷たい物言いに黙る白藍には少しも構わず、路為は外を眺めたままだ。

 機嫌が悪いというより、何かを考えているようだ。

 しばしの沈黙の後、路為はぼそりと言った。

「今は冬だ。藍染めには時期が早過ぎる」

 その言葉に驚いたのは白藍である。

「染めるのに時期が関係あるのか?」

 路為はそこでやっと白藍を見たが、向けられたのは冷たい視線である。

「お前、どうやって藍染めしていると思ってるんだ」

「どうやってって、・・・ああ、そうか」

 問われて思い出した。

 この女の染めの作業を、間近で幾度も見学している。

 藍の葉を収穫した後、それを天日で乾燥させる。乾燥した藍の葉を細かくすると、水に浸して寝かせる。発酵が進むと、水面に藍の花と呼ばれる気泡が集まってくる。それが出来ると、木綿糸を染め上げていくのだ。

「だが以前は倉庫から乾燥させた葉を出してたろ?それで染めてくれた覚えがあるんだが」

「以前はな。最近は収穫したばかりの葉しか使わないようにしている。葉から出てくる色合いが違うのだ」

 この女は根っからの職人であった。常に藍の変化を見極め、最上の色に染め上げることを目的としている。

「藍の葉がないなら仕方ないな・・・」

 ないものをねだっても埒が明かない。頭をかく白藍に、路為は落ち着いた動作で煙草盆をすすめる。

「破れが小さいなら、村の人間に繕って貰ったらどうだ?口を聞いてやるが」

「それが出来るなら自分でやってる」

 破れ具合が派手で、繕う段階の話ではなかったのだ。

 煙管に火を入れながら白藍がそう答えると、路為はお前どんな旅の仕方をしている―――と、呆れたようにため息をついた。

 そして自分の煙管にも火を入れ、ゆっくりと煙を吐いた。

 煙を吐き終えた後,路為は静かな声で言った。

「―――どうしても必要だと言うなら、考えがないこともない」

「本当か」

 白藍は目を丸くした。

 白暁の担当分が増えた今、休みを頻繁にとれる訳ではなくなった。可能であれば、作れるときに作っておきたい。

 しかし路為は醒めた目で白藍に煙管を向けた。

「早まるな。条件がある」

「条件?何だ」

 この女が白藍にこういうことを言うのは、珍しかった。いや、相手が白藍だからではない。路為は、人から頼られることはあっても、基本的に自分から他人に頼ることをしない女だ。

 僅かにためらった後に路為の口から出た言葉は、まさに予想外のものであった。

「神と話をさせて欲しい」

「・・・は?」

 思わず返した言葉は、それだけであった。

 路為は苦い表情を浮かべていた。

「自分が何を言っているのかは分かっている。だが、これしかない」

 路為は聡い女だ。

 だが、どれだけ実現不可能なことを言っているのか分かっていない。

 白藍は眉をひそめて言った。

「まず、彼我師でない人間が神と言葉を交わすことは出来ない。たまに酔狂な神が特定の人間と交流する場合もあるが、だがこれは神自身の意志であって、人間の方からどうにかすることは不可能だ。次に、この村には専属の彼我師がいるはずだ。それを差し置いて俺が神と話をすることは道義に悖るし、神の怒りを買う原因にもなり得る」

 その結果、白藍のみならず、村全体が滅ぼされる可能性も大いにあるのだ。

「いいか、一般に考えられているほど、神は人の情緒など理解せんぞ。確かに、人が望んだ姿が神だ。人が何かを願うから、神という存在が生じ、今現在も存続している。だが、それは個人個人の望みが反映されている訳ではない。あくまで人間の持つ潜在的望みが神として形になっているのであって、その時点のみの、しかもごく少数の望みなんぞ、あいつらはこれっぽっちも顧みん。悪けりゃ返り討ちだ」

 黙って彼我師の言葉を聞いていた路為は、気だるげに目を細め、立てた右膝に腕を載せた。

「知っている」

「だったら」

「他の方法がないのだ。―――聞け、白藍」

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