表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼我師 ~藍編~  作者: 貴浪
黒よりいでし藍
24/26

深淵の蒼き天狗 終

 頼まれると断れない。

 これは白藍の長所であり、自身を面倒に巻き込む短所でもある。

 黄昏を待ち、藍色の水干から白い浄衣に着替えた。

「異人、か」

 既に事情を聞かされた彼人は、眉を上げて右手を口元に寄せた。

 なんと、御神体の鏡を載せた台へ腰掛けている。

 あまり行儀の良くない彼人だが、割合、話の分かる方である。

「昔はそれこそ珍しくもなかったがな。文明が衰退し、海を渡る者がいなくなると、あっという間に鎖国状態に逆戻りだ。異人を見る事もなくなった」

 鎖国などという言葉を知っている人間ですら、今では少ない。

「この村に入れてやりたい。協力してくれ」

 白藍の言葉に、彼人はちらりと白藍を一瞥する。

「別段構わぬがな、しかしそれは私の意志でも村人の希望でもない筈だ。彼我師が祭事以外で勝手な真似をして良いのか?白藍、お前立場が悪いのだろう」

 最後の一言で痛い所を突かれ、白藍は片頬を引き攣らせた。

「何で知ってるんだ」

「私に知らぬ事があるとでも?そういえば、この間の集会で、父親代わりの彼我師と和解したようだな」

 瓢々と答える彼人に、白藍は嘆息で返した。

 彼人と同等に対応できる筈がないのだ。

 話を元に戻した方が賢明なようである。

 白藍は少し長い黒髪を掻いた。

「報告書には適当に言い繕っておく。それにあの男、貿易の知識があるそうだ。それも異国の制度を基本にした、な。異国の技術は、この村に利益をもたらす筈だ」

 こちらの言葉も十分くらい使えるのだから、指南役など容易にこなすであろう。

 村人らに母語で話し掛けていたのは、とっさの事でつい口から出ていたのだそうだ。賢いかと思いきや、案外抜けている男である。

 ふむ、と彼人は考え込む。

「それで?その異人を溶け込ませる方法は?」

 顔をあげて彼人を見ると、白藍は何か企むかのように笑った。





 その夜、無事に祭事が終わった村では、大きな宴が開かれた。

 広場では大きな薪が焚かれ、大量の食べ物が用意される。火を取り囲むように、多くの村人たちが夜遅くまで談笑した。

 久しぶりの御馳走に、白藍も食べ過ぎないよう注意しつつも、賑やかな時間を楽しんだ。

 翌日、まだ鳥も鳴かない早朝にも関わらず、何やら騒がしい雰囲気が村中に漂っていた。

 寝巻で寝ぼけつつも、村長の屋敷へ泊まっていた白藍は騒ぎの方へ寄った。

「どうしたんだ」

 そこには十五人の村人がいた。

 十人が興奮し、残り五人は奇妙な表情をしている。

 白藍に気付いた村長が、口を開いた。

「白藍殿。それが・・・」

「夢だよ!」

 村長の言葉が終わらぬうちに、一人の若い男が興奮したように叫んだ。

「夢?」

「そう!ゆうべ、夢枕に神が現れて、神託をなされたんだ!」

 その横で、村長が困惑したように続けた。

「それも、ここにおる十人に同じ神託が下ったようでして」

 ほう―――と白藍は興味深そうな顔をして、近くの岩に腰掛けた。

「それで、神はなんと?」

 神託を受けたという十人は互いに顔を見合わせ、そのうち一人がゆっくりと呟いた。

「近く、この村は大きな福に恵まれる。そのためには布石が必要となる。異形の者を村に住まわせよ。幸こそあれ、禍いは起こらぬ。―――そう言われた」

「異形の者?何の話だ?」

 聞いた白藍は、そう言って首を傾げてみせた。

 何とかなりそうだ。

  




 数十日後、ある村へ行く途中。

 針のように細やかな小雨が、さらさらと地上へと注いでいた。

 道の屋台で粥を啜っていた白藍は、隣の座った二人の男の会話を耳にした。

「聞いたか。東の方の村に、天狗が棲みついたらしいぞ」

「天狗だって?馬鹿言うなよ。何の話だ」

「いや、本当らしい。反物を売りに行った光次が見たんだ」

「光次?あいつはいつも話を膨らませるだろう。またどうせホラだな」

 信用しない連れに、男は不満げに眉をひそめた。

 しかし、これ以上言っても無駄だと思ったのか、諦めたように粥を啜り出した。

 食べ終えた白藍は立ち上がり、吊るされている籠に料金を入れる。そして、暖簾を上げると、肩越しに振り返る。

「嘘ではない。その天狗、貿易の指南をしているらしいぞ」

 いきなり声をかけた白藍の言葉に、二人の男はぽかんと口を開けたまま白藍を見上げる。

 白藍はにやりと笑みを向けると、心地好い小雨の道を瓢々と歩んでいった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ