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彼我師 ~藍編~  作者: 貴浪
黒よりいでし藍
23/26

深淵の蒼き天狗 三

 先程何かと遭遇した場所に戻った白藍は、思わず足を止めた。

 そこには大きな岩の傍らに立ち、にこやかに笑ってこちらを見る影がいたからである。

 天狗だ。

 巨大な岩に腰掛け足をぶらぶらさせている天狗は、白藍に手招きした。

 仕方なく近寄った白藍は、その顔を目にし、ああ―――と納得する。

 色素の薄い金の髪、蒼の瞳、彫の深い顔。

「あんた、異人か」

 それを聞き、天狗は笑顔のまま

「Hi, I’ve been waiting for you」

 と言った。

 村人らが、天狗の言葉と言っていたのはこれだろう。

 男の服はボロボロだった。

 全身が汚れており、昔で言う浮浪者のような格好である。

 歳は三十過ぎほど。

 しかし、その顔には子どものような笑みが乗っていた。

 白藍はため息をつき、大きな岩の傍へ寄った。

 そして男の横に並ぶように、岩へ寄りかかる。

「悪いが、俺は異国語は習っていない。・・・日本語、話せないのか?」

 言葉が出来ない限り、意思疎通は無理だ。

 少なくとも、こんな奇異な状況では。

 教えようとしたあの師匠に、素直に従っていればよかった。

 今更、そう後悔する。

 すると、男は横の白藍を見て、笑顔のまま答えた。

「話せるよ、若い彼我師さん」

 思わぬ返答に、白藍は絶句して傍らの異人へ顔を向けた。

 流暢な言葉な上、彼我師という存在を知っている。

 男は腕を組んで笑みを見せる。

「この国に来て軽く二十年は経ってるからね。つまり十歳くらいからこの国の言葉とは接している。話せない方がおかしいよ」

「俺を彼我師だと分かったのは?」

 男は南を指さした。

「あなたはさっき、あちらからやって来たから。村の人間は南へ出かける事はないからね。それに、あなたは知らない顔だ」

「随分と、賢いようだな」

 白藍の言葉に、男は声をあげて笑った。

「それはどうも。一応、学校では英才教育ってやつを受けていたから。私がこの国に流れ着いたのも、視野を広げるっていう目的で、留学生として商船に乗せてもらっていたからなんだ」

 母国から離れざるを得なくなった理由にも関わらず、男は朗々と応える。

 随分と、明るい性質のようである。

 白藍は言った。

「俺は白藍。お察しの通り、彼我師だ」

「私はtony 。でも繕刧(ぜんこう)って呼んでくれてら嬉しいな」

「繕刧?」

「うん。この国様式で自分でつけてみたんだ。どうかな?」

「自分で?」

「そう、字を教えてくれた人がいてさ。おばあさんだったんだけど、その人が持ってた漢字から、選んだんだよ」

「画数が多いんじゃないか?」

「その方がかっこいいかと思って」

 にこにこして答える男に、白藍は思わず絶句した。

 明るい上に、まるで子どもである。

 さっさと話を進めた方が良さそうだ。

「じゃあ繕刧、なんでこんな所に住んでる?」

「不可抗力だよ。好きで森に住み着いてる訳じゃない」

「不可抗力、な」

 語彙は豊富なようだ。

 繕刧は困ったように眉を下げる。

「船が難破してこの国に着いた時は、それは困った。だってここに流れ着いたのは私だけだったし、もちろん知り合いは一人もいない。言葉だって分からない」

「だろうな」

 白藍は頷く。

「それにね、私は見た目がこんなんだろう?日本の人たちは、私を人間だと思ってくれないんだ」

「日本?」

 思わぬ単語に、白藍は問い返した。

 すると繕刧は白藍の反応に驚く。

「あれ?ここは日本じゃないの?言葉とか生活習慣とかで、勝手にそう思ってたんだけど・・・」

 遥か昔、世界は繋がっていたという。

 しかしある程度発展が進んだ結果、なんらかの理由で世界は千年程度、退化した。文献や口伝によると、昔は夜でも光が煌々と溢れていたらしい。便利な半面、不便でもあったろう、と白藍などは思う。

 そして技術が廃れた結果、世界は分裂した。長距離の海を渡る事が出来なくなったからである。国という概念は消失し、随伴して日本という呼び方も忘れ去られた。

「―――ああ、そうだな。確かに、日本だ」

 聞き慣れない単語に一瞬戸惑った白藍だったが、すぐに肯定した。

 繕刧は頷いて続けた。

「でね、放浪して数カ月。やっと私を受け入れてくれる人たちを見つけたんだ」

 嬉しそうな繕刧を、白藍は煙管の煙をふかしつつ見遣った。

「村か?」

「旅商人の集団だよ。村から村へ移動し、物珍しい商品を売る。そしてその村で別の珍しい商品を買い取る。いわば、貿易商みたいなものだね」

 そして繕刧は懐かしむように眼を細めた。

「ろくに飲まず食わずで道に行き倒れてた私を、そこの少年が助けてくれたんだ。言葉は彼らから習った。私を助けた少年は私と同い年でね、兄弟みたいに育ったよ」

 白藍は口を挟まずに聞く。

 幸せだったのだろう。

 しかし、今この男はこうして一人、こんな場所に棲みついている。

 その幸せはどこかで破綻したのだ。

「いい人たちだった。子どもだった私にとっては、家族同様の存在になった。―――繕刧って名前もね、蓮生と一緒に決めたんだよ」

 蓮生とは、繕刧を助けた少年の事だろう。

 風が一陣、ごうっと二人を通り抜けた。

 森の木々がざわめく。

「―――flash flood」

「あ?」

 いきなり母国語を使われ白藍が顔を上げると、繕刧は水面の如く表情をしていた。

「言葉が分からないんだ。私が十五の時、集団は川の傍に野宿しようとしてた。前日に烈しい大雨が降ってたから、水嵩は増していたんだ。水を堰き止めていた岩が水圧に耐えきれなくなってね、物凄い勢いで水が溢れた」

 食事の用意をしていた集団は、なす術もなく水に呑まれ、呆気なく流された。

 何も知らずに戻った繕刧が眼にしたのは、荒れ果てた川辺だけであった。

「鉄砲水だな」

 白藍が言うと、繕刧はえ?と白藍を見る。

「その現象の名だ。雨で水量が増えた川で生じやすい。烈しい勢いの水が、何もかもを呑み込む。あんたが助かったのは、奇跡と言ってもいい」

 鉄砲水か―――と繕刧は呟いた。

「私はね、その時その場にいなかったんだ」

 白藍は静かに繕刧の方を見た。

 繕刧は僅かに笑う。

「仕事で少し離れた村へ行ってたんだよ。―――初めて一人で任された仕事だった」

 繕刧はしゃがみ、子どものように両手で頬杖をつく。

「私だけが、あの場を離れてた。何なんだろうなあ・・・」

 その声に、怒りはなかった。

 自分だけが生き残った罪悪感もない。

 あるのは、静かな悲哀だけだ。

 白藍は煙を吐き出した。

「理由なんかないさ。運命でも、必然でもない。ただの偶然だ。そこに意味を見出そうとしても、何も変わらん」

 すると、繕刧がまじまじと白藍の顔を見つめた。

 白藍はたじろぐ。

「・・・何だよ」

「いや。優しいね、君」

 白藍は嘆息して空を仰いだ。

 ―――付き合ってらんねえ。

 しかし、仕事である。

 仕方なく問うた。

「で?」

 詳しく促してやる気もしない。

 繕刧は素直に答えた。

「うん。だから、私はまた一人になった。問題はその後だ。どこの村も私も受け入れてくれない」

 金髪碧眼という見た事もない異人である。

 警戒する村が繕刧を拒否するのは、当然といえば当然であろう。

「どうしようもなくなって、結局、森に住むようになったんだ。でも長い間いると村人たちや彼我師が追い出しに来るから、折を見て次の森に移る」

「だからあんた、彼我師を知ってたのか」

 白藍は納得した。

 旅商人の一員だった繕刧が彼我師と関わる事はない。天災の後はどこの村にも入れてもらえず、森を転々としている。それでも繕刧が彼我師を知っているのは、彼を追い出す役目を多くの彼我師が担ったからであろう。

「でも今回は少し早かったな」

 白藍を見上げ、繕刧はそう言った。

「何がだ」

 問い返す白藍に、繕刧は答える。

「何って。君、私を追い出すよう村の人たちに頼まれてここに来たんだろう?」

 ああ―――と白藍は手を振った。

「違う。村で天狗がいるって聞いたから、祭事の前に調査に来ただけだ」

 村に危害を加える恐れがある人物であれば、祭事で彼人から何か言われる前に事を納めておいて方が無難である。そう思ったのだ。

 しかし、この男はそういった類の人間ではない。見た目に驚いた村人らが敬遠はするだろうが、何か大事に発展する気配はなさそうである。

 これ以上、白藍が介入する必要はない。

 じゃあな―――と手を上げて去ろうと背を向けると、いきなり水干を掴まれた。

 引かれた勢いで振り返ると、繕刧はにっこりと笑った。

「じゃあな、じゃないでしょ?」

「あ?」

「困ってるんだから、助けて」


私用で、約2か月ぶりの更新となってしまいました。

・・・すみません。

これからは1か月ルールを遵守するつもりですので、ご愛読よろしくお願いします。

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