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彼我師 ~藍編~  作者: 貴浪
黒よりいでし藍
20/26

鈴鳥 終

「まったく、あのガキは」

 ため息まじりに言い、白藍は頭をかいた。

「しょうがないよ、子どもなんだから」

 庭で菖蒲の手入れをしている杉正がそうたしなめる。

 祭事が終わり、夜である。

 風呂に入り若草色の寝巻に着替えた白藍は両足を無造作に投げ出し、縁側で涼んでいた。

 予定されていた宴は、村長である杉正の指示で明日に延期としてもらった。

 今日は疲れたと白藍が言ったためである。

 祭事の後から今までの短い間で、今回の事件を処理し終えたのだ。

 身体というより、心の方が疲労しきっている。

 次の祭事はまだ七日も先だ。

 一泊くらい、余分に滞在しても支障はないだろう。

 馬鹿いうな―――と白藍は杉正の言葉に反論する。

「ガキなのは見た目だけだ。実際は俺たちよりも数百倍長く生きてる。その彼人が人間の子どもに丸めこまれ、揚句この事態だ。呆れて言葉も出ん」

 ついでに報告書にも書けない。

 彼我師である白藍の責が問われる可能性がある。

 人間と上手くいくように彼人を御して導くのも、彼我師の役目だからだ。

 罵倒されるのは慣れているが、また後見所に呼び出されるのは勘弁して欲しかった。

 胸に抱きついて泣きじゃくる彼人を呆れ半分になだめた後、白藍はまっすぐあの夫婦のもとへと向かった。

 彼人の話によると、両親が俊斗に関する記憶を失ったのは、俊斗に依頼された彼人のせいである。

 では取るべき対処法は一つだ。

 真実を話すしかない。

 俊斗が記憶の抑圧を望んだということ、彼人がそれに応えたということ、結果としてその通りになったということ。

 充分事情を話した上で、彼人に再び記憶を戻させる。

 いきなりではなく、日々の暮らしの中で少しずつ息子との思い出がよみがえるように。

 これで納得させるしか方法はないだろう。

 一介の彼我師であって心の専門家ではない白藍には、これが精一杯であった。

 だが。

 彼人の関与だけではつじつまが合わない点があった。

 夫婦のところで目撃した、鈴の音を鳴らす鳥である。

「ああ、鈴鳥だね」

 話を聞いた杉正は、菖蒲に肥料をやりつつ答えた。

 この男は、昼だろうが夜だろうが、頭には村か植物のことしかない。

 作業に夢中で桧皮色の水干が地面に付き、土で汚れている。

 だが本人は一向に気にしている様子はなかった。

「鈴鳥?なんだ、名前がついていたのか?」

 白藍の問いに、杉正は菖蒲の方を向いたまま頷く。

「あの夫婦が子どものことを忘れて、その直後に現れたんだ。関係があるとは思ってたけど」

 そう。

 関係はあった。

 だが、意外にもそれは彼人の仕業ではなかったのだ。

「母親の方がな、あの鳥に鈴をつけたらしい」

 驚いた杉正は縁側に腰掛け、白藍の顔を覗き込む。

「どうして?」

 白藍は煙管を手にし、煙を燻らす。

「杉、お前鈴で何か思い出さないか?」

 試すように言われた杉正は考える。

 そして、あ―――と顔を上げた。

「俊斗がいつも身に付けていたお守りだ」

「ご名答」

 祭事を終えた白藍は、夫婦と出会った田へと向かったのだ。

 夫婦に事情を説明し終えた後、白藍は二人の意外な反応に驚いた。

 二人は夫婦で顔を見合わせると、辛そうに何かを堪えるような表情を浮かべ、頷いたのだ。

 まるで、そう言われることを予想していたかのように。

「覚えてたんだよ、あの両親は。息子のことを」

 驚愕のあまり声も出ない杉正を見遣り、白藍は両手を後ろについて天井を見上げた。

「覚えてたと言っても無意識にだ。本人たちは自分に息子がいた記憶はない。だが、ふとした瞬間に何か齟齬を感じていたそうだ。例えば、食事を三人分つくったりな」

 そして、家に子ども用の茶わんがあることに困惑する。

 だがそれ以上はぼうっとして思考が働かなかったそうだ。

「あの鳥が二人の周りに現れ始めたのは、そんなときだ」

 鈴をつけなければ。

 そう、母親が言い出したらしい。

 俊斗が持ち歩いていたお守りの鈴は、俊斗の死んだ後、箪笥の引出しの中にしまい込まれていた。

 それを取り出した母親は、夫婦の田で羽を休めていた鳥に近寄ると、そっと鈴をつけたのだ。

 鳥は、嫌がることなく、じっと母親を見ていたという。

 父親の方も、そんな妻の奇妙な行動を止めることはなく、むしろ妻と同じ気持ちであったという。

 その後、農作業中にあの鳥が二人の周囲に現れると、夫婦はきまって手を止め、その鈴の音に耳を澄ました。

「どうして鈴なんかを―――」

 杉正はそう呟いた。

 俊斗のことは、記憶にないはずである。

 なにしろ、彼人が直々に手を下したのだ。

「さあな」

 そっけなく答えた白藍だが、何となく分かる気がする。

「忘れたくなかったんだろうよ、両親はな」

 息子がどれだけ願おうが、

 彼人が介入しようが。

「親の愛ってやつだろ。どんなに悲しくとも、子どもとの思い出は親にとっちゃ宝なんだ」

 これから、あの夫婦は少しずつ、俊斗のことを思い出していくだろう。

 だが、それが辛いことだとは思わない。

 そして白藍は笑った。

「俺たちには理解しようがない心情だったな、杉」

 二人とも、親とは無縁と言っていい生い立ちである。

 白藍は煙を吸い、澄んだ月夜の空気へと吐き出した。

 結局、今回は彼我師として何の役にもたたなかった。

 強いて言えば、泣いた彼人を宥めたくらいであろう。

 最初は驚いていた杉正も、やがて困ったように笑う。

「そうだね。村長も神も彼我師も、親の愛には勝てなかったってことか」

 杉正はふいに口をつぐみ、寂しげに足元を見る。

 まるで、迷子になった子どものようだ。

 何か心にしこりがある時の杉正の癖である。

「―――なんだよ」

 ため息を吐きつつ問う。

 長い付き合いだ。

 そんな僅かな態度でも、相手の気持ちが何となく分かるのである。

 杉正はいや―――とほのかに笑む。

 桧皮色の水干が揺れた。

「こういう時、歳の若さが災いするよ。私にもっと人生経験があれば、わざわざ君に相談する前に私一人で何とか対処出来たろうし、あの夫婦に辛い思いを長くさせることもなかった」

 この男にしては珍しく後ろ向きな言葉だった。

「時々思うんだ。私より村長に適任な人はたくさんいるだろうし、村にもそっちの方がいいんじゃないかって」

「かもな」

 白藍は否定しなかった。

 こんなとき無理に空々しい励ましをしても上滑りになるだけだと、よく分かっているからである。

 傍らで、長身の杉正は肩を落として小さくなる。

 優しい男だ。

 俊斗が死んだことが、意外にこたえていたのだろう。

 何と言ってやろうか考えていた白藍の視界の隅に、ふと、庭先にふわりと光るものが見えた。

 蛍だ。

 三つの柔らかい光が、杉正の庭に軌跡を残しつつ舞っている。

「見ろ、杉」

 静かに声をかけると、庭に目を向けた杉正は僅かに目を見開いた。

 一つ、また一つ、と光が増え、あっという間に庭は蛍の光に包まれた。

 菖蒲にも幾つかの光が集まり、紫紺の花びらが煌々と闇に浮かびあがる。

「俊斗はね」

 ふいに杉正が口を開いた。

「蛍が好きだったんだよ」

 俊斗の意志を蛍が感じたのか、

 はたまた俊斗が蛍にのり移っているのか。

 おそらくは、偶然だろう。

 だが。

 頬杖をついて幻想的な庭を眺めていた白藍は、目を動かさずに言った。

「これだけ愛されてんだ。感謝しろよ、村長さん」

 二人は黙ったまま、それからしばらく桃源郷のような光景に見入っていた。


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