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彼我師 ~藍編~  作者: 貴浪
黒よりいでし藍
18/26

鈴鳥 五

 白藍は、藍色の水干から白の浄衣に袖を通した。

 一の扉と二の扉の間にある、狭い小部屋である。

 目の前の二の扉を進むと、そこは神の座す聖域。

 鏡の間だ。

 陽が傾きはじめ、御堂の中も明度が落ちつつある。

 黄昏。

 それが、祭事を始める時刻である。

 真っ白い装束に身を包んだ白藍は、呼吸を整えると二の扉を開けた。

 部屋の奥の中央に、群青色の布のかけられた鏡が祭られてある。

 彼人の本体だ。

 少し離れたところに座り、目の前を見据える。

 そして、静かに告げた。

「彼我師、白藍だ。今年の祭事を始めたい」

 しかし反応がない。

「おい」

 少し待ったが、やはり無反応だった。

「―――」

 考え、白藍は立ち上がった。

 そして、迷うことなく目の前の鏡へ近寄り、手を伸ばす。

 群青色の布に指が揺れたその時。

「ちょっ、何してるの!」

 子どものような声が響いたかと思うと、いきなり右の袖を掴まれた。

「それに触らないで。僕の本体だって知ってるでしょ?」

 いつの間にか、白藍の右隣に小さな子どもが立っていた。

 否、彼人である。

 必死に白藍の右腕を引いていた。

「白藍!怒るよ!!」

「怒るのは俺だ、チビすけ」

 顔を真っ赤にして叫ぶ彼人に、白藍は呆れたように返した。

 この彼人とはもう六年の付き合いになる。

 どちらかと言えば居丈高な態度をとる彼人が多い中、この彼人は非常に珍しい存在だ。

 彼人が人の形をして現れるのは、彼我師と会話し易くするためである。

 本来は彼人に実態はない。

 そしてその形は、それぞれの彼人の特徴を現わしているだけであり、目の前の彼人が本当に子どもという訳ではないのだ。

 実際、この彼人は、既に数百年この村に存在している。

 とりあえず鏡を戻し、もとの場所に座りなおす。

「何で隠れた?」

 鏡を白藍から守るようにして両手を広げている彼人に問うと、彼人は口の両端をきゅっと結んだ。

 まるで本物の子どもだ。

 その様子に、白藍はため息をつく。

「黙ってても分からん。祭事をしたくなかったのか?」

 祭事を執り行う彼我師に居留守を使った彼人など、前代未聞である。

 じっと見つめると、彼人はおそるおそる口を開いた。

「・・・怒られると思って」

「俺にか?何したんだ」

 再び黙った。

 白藍は何も言わない。

 考えを纏める時間を与えてやるのは、子どもを相手にする鉄則である。

「・・・ごめんなさい」

 小さく震える声だった。

「僕、俊斗と友だちだったの」

 白藍は気づかれぬよう息を吐き出した。

 予想外の展開である。

 まさか、彼人が村の子どもと接触していたとは。

 鏡の前で、彼人は小さくしゃがみこんだ。

「俊斗はよく布団にいた。暇そうだったから、つい声かけたんだ。そうしたら、俊斗には僕の姿が見えたんだ。そして面白い話をしてくれて―――。代わりに僕も色んな話したんだ」

 馬が合った、ということだろう。

 彼我師以外の人間に彼人の姿が見えることは、そうそうない。

 俊斗に見えたのは、俊斗の魂が、僅かにだが彼人の世界に近くなっていたからだろう。それはつまり、生命力が弱まっていた、という意味でもある。しかし、人と関わらぬ彼人には、俊斗がどういう状況だったか、ということが分かっていない。

 声をかけたのは、病気がちで友人の少ない俊斗を憐れんだのではない。

相手をしてくれそうだったからだ。

「俊斗も、お前に同情の感情がないことを察した。だから、親しくなったんだろう」

 だが、問題はそこではない。

 杉正の言っていたことを思い出す。

 十に満たない子どもが、自分の存在したという記憶を消したいと願った。

 嘆き悲しむであろう両親のために。

「俊斗から、頼まれたんだな?」

 しばしの逡巡の末、彼人はこくりと頷いた。

 両手を胸の前で握り締めている。

「親が悲しむからって。―――断ったんだよ?白藍に頼んでって言ったんだ。白藍だったら上手くあしらってくれるだろうと思って」

 しかし俊斗は頷かなかった。


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