表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼我師 ~藍編~  作者: 貴浪
黒よりいでし藍
16/26

鈴鳥 三

 書庫から屋敷へ帰った杉正は、白藍を客間に通した。

 開け放たれた障子越しに、見事な菖蒲が乱れ咲いているのが見える。

 湯呑みを持った杉正が戻ってきた。

「杉、また本が増えたんじゃねえか?」

 書庫に入りきらなくなった本が、屋敷のあちこちに散乱しているのである。

 照れ笑いをした杉正は湯呑みを置いて座った。

「大掃除しようと思ったんだけど、捨てる本がなくってね。書庫を拡張することにしたんだ」

「大したもんだな、学者ってやつは」

 桧皮色の水干を纏った華奢な杉正だが、この若さで村長を務めている。加えて植物学者としても高名らしい。

 長身でおっとりとした杉正だが、村の細々した世話と植物研究、その双方をそつなくこなしている。

 本来、他人の世話をすることに向いているのだろう。

 庭先に向いた白藍の視線に気付き、杉正は目を細めて笑んだ。

「菖蒲、綺麗だろう?今年は機嫌よく花を咲かせてくれたんだ」

 欲や見栄などとは一番かけ離れた男である。

 杉正は幼い頃に両親と死別し、しかも病弱なため、乳母一人によってこの広大な屋敷の中で育てられた。

 子どもの心を持ったまま、大きくなったのだ。

 風が吹き、杉正の首元まで伸びた少し長めの黒髪がさらさらと揺れる。

 白藍は菖蒲を見たまま、長い付き合いの友人に問うた。

「何か問題でも起こったのか?」

 困った、と杉正は書庫で言っていた。

 見た目とは裏腹に、大抵のことならば一人で処理出来る男である。

 僅かに姿勢を正し、杉正は口を開いた。

「二か月前に、村の子どもが一人、亡くなってね」

 白藍は視線を杉正に戻す。

「何故?」

「病だよ。俊斗っていう男の子だ。元々、病弱な子だったんだけど去年の秋くらいから体調を崩したんだ」

 十歳だったという。

 燃えるような紅葉が山を染める頃から、少年は床に伏せるようになった。

 幼い時から色白だった肌が、どんどん透けるように青白くなる。

 両親は出来る限り手を尽くしたが、俊斗の容体は悪くなる一方であった。

 枕から頭も上げられなくなった春先、杉正は俊斗を見舞った。

「あの子は小さい時から寝てばかりだったからね、歳の割にとても大人びてた。もう長くないって分かってたんだろうけど、瞳は驚くくらい澄み切ってたよ」

 杉正は俊斗が喜びそうな本と果物を渡した。

 いつもならすぐさま本の内容を確かめる俊斗も、その時は力なく笑って、首を左右に振ったという。

『もう文字も読めないんだよ。ごめんね、杉さん』

 幼い子どもが、自分の先を見越している。

 胸が痛くなった杉正は、ついこう言った。

『俊斗、本なんていつでも読めるようになるよ。もうすぐ白藍が来る時期だ。白藍に祭事で神にお願いしてもらおう。病が治るように、って』

『杉さんは優しいね。でもいいんだ。僕が死ぬのは運命なんだから』

 苦しみは、人を賢くするのだろう。

 たった十の子どもが、ここまで己の死を冷静に受け入れる。

 取り乱すこともなく。

 白藍は小さく息を吐くと、懐から煙管を取り出して片膝を立てた。

 そしてゆっくりと煙を燻らす。

「子どもは大人よりも生に執着しないからな。七つまでは神の子ってのも、案外こういう意味じゃ当たってる」

 幼子の方が、世の摂理を素直に受け入れられる。

 そういう点は、彼人たちと非常に似通っているのだ。

 静かに言った白藍に、杉正は頷いた。

「そうだね。あの子自身は死に逆らおうとはしていなかった。どちらかと言うと、両親の方が動揺してたよ。―――俊斗も、それを心配してたんだ」

 白藍は目線だけで話を促す。

「俊斗は一人っ子なんだ。両親にとっては唯一の宝。あの子を失うことは、これ以上ない哀しみだ。だからね、俊斗はこう願った」

 自分のことを忘れるように、と。

 死後、両親が自分の存在ごと忘れてしまえば、彼らは苦しむこともない。

 この子どもは、自己の生きた証よりも、両親の安らぎを望んだのだ。

「馬鹿だな」

 白藍は、ずばっと切って捨てた。

 驚く杉正に、白藍は面倒げに答える。

「よく考えろよ。自分の子どもだぞ?いくら夭折しても、その子どもの存在を忘れることが幸せだと思うか?」

 あのな―――、と白藍は射抜くような視線を杉正に向けた。

「どんなに辛い事実でも、逃避だけは何の解決にもならねえ。忘れるってのは、自分の生きてきた過去を否定することだ。死ぬほど辛い出来事だろうが、それを受け入れなけりゃ人は先に進まねえんだよ」

 楽なだけの人生などない。

 白藍は煙管の灰を煙草盤に落とした。

「まあ、記憶なんてのはそう易々と消えるもんじゃない。ましてやいくらガキが願ったところで、親が我が子を忘れる訳ないからな。所詮はガキの戯言だ。―――何だ杉、困ったってこの事か?お前らしくないな。いいか、死を悲しむのは良いが惑わされるなよ」

 そう言った白藍は、祭事について思案した。

 夕方から始めるとして、終わるのは恐らく月の入りの時刻。

 その後、祭事で使用した白の水干を洗う。早々に乾かし、香で焚き染めて浄化しなくてはならない。そうなると、出発は明日の正午だろう。

 すると、杉正が言い難そうに口を開く。

「あの、白藍・・・。それがね、―――」

「何だ。彼人には何も頼まんぞ。死んだ人間は、たとえ彼人でもどうしようもない」

 これからの計画を考えていた白藍は半ば上の空で杉正にそう返す。

 違う、というように杉正は首を振った。

「俊斗の両親が、・・・本当に俊斗のことを忘れたんだよ」


段々、悪い癖が出てきました。

話が長くなるんです(年寄りか)。

結果、ついに前話から分割投稿です。なんせ、5話は1話に比べて倍以上の文量・・・。今回は何とか短く収めようと思います。


そして本題ですが、登場人物の名前に困ってきました(笑)。

基本的に一話使い切りとなりますが、よければ投稿してください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ