鈴鳥 二
足を踏み入れた途端、白藍が感じ取ったのはただただ穏やかな村の雰囲気であった。
初夏の風物詩のごとく、涼しげな薄い色の水干を纏った人々が田植えに精を出していた。
母親が子どもの手を引いて通り過ぎる。子どもがにこにこと手を振ったので、白藍は軽く片手をあげて返す。
長閑な村であった。
吹き抜ける薫風も、さわやかで心地よい。
りん、
と何処かで鈴の音が響いた。
辺りを見渡すが、音の出所らしきものはない。
「・・・」
微かに眉を顰めた。
―――何か変事か。
彼我師としての勘が、白藍にそう思わせた。
もしかすると、今年の祭事はてこずるかもしれない。
案じていると、田植えをしていた女が腰をあげて白藍に目を留めた。
「なんだい、あんた。今年もぎりぎりに来たね」
毎年訪れる度に、母親のように世話を焼いてくれる女だった。
白藍の顔にも素直な笑みが浮かぶ。
「息災そうだな。皺が増えたんじゃないのか?」
「そりゃそうさ。あたしはあんたの親だって言われてもおかしくない世代なんだから」
大笑いして白藍の言葉を受けた女は、たくしあげていた若草色の袖を下ろしながら水田から上がってきた。
「ちょっと髪が長いんじゃないかい?後で切ってあげよう」
髪に手を伸ばされ、白藍は苦笑しやんわりと手を押し返した。
「いいって。それより杉正はどこにいるか知ってるか?」
「村長さんかい?自宅の書庫で何か調べ物してたようだよ。まああの人は、書庫で本を読んでるか、庭や山で植物の世話してるかだからね」
「違いねえな」
笑って礼を言い、白藍は言われた場所へと向かった。
書庫の戸を開けると、かびの臭いが鼻につく。
奥には眼鏡をかけた若い男が、燭台を手に本を読んでいた。
白藍に見向きもしない。
仕方なく戸口にもたれて声をかける。
「おい、杉正。生きてるのか?」
「・・・へ?」
間の抜けた声を発し、男は顔をあげた。
ひょろりとした長身の男である。
白藍だと分かると、ふわりと笑った。
「ああ、白藍。一年ぶりだね」
眉を上げて返事をすると、白藍は書庫の中へ入った。
「こんなところで何してんだ。祭事は今日だろ。夜の宴の準備はいいのか?」
この村は祭事の夜、村中で馬鹿騒ぎをするのが習わしとなっているのだ。
うん―――とはっきりしない返事をし、杉正は本を何冊か抱えて笑った。
「実はね、少し困ってるんだ」
やはり、と心の中で白藍はため息をついた。