鈴鳥 一
すました顔の白雅を睨んだが、本人は何処吹く風である。
「あのなあ――」
呆れたように白藍は片膝をたてた。
「余った祭事の分担?誰がそんな面倒なこと考えたんだ」
森の深淵である。
むせ返るような木々の匂いが、周囲を満たしていた。
大きな岩場に腰掛けた白藍の背後に、監察の白雅がすらりと立っている。
次の村へ向かう途中、ここで一人のんびり休憩していると、白雅が音もなく現れたのだ。
気配の消し方は、さすが監察というべきものである。
「決まってるでしょう。禅師」
白藍は受け取った手紙を握り潰し、すらすらと答える白雅をじとっと見据えた。
「雅。お前な、少しは相手の感情を読めよ」
僅かでも同情するような素振りを見せるのが、同期のよしみであるはずだ。
しかし、その同期はそれでも冷然と言い返した。
「感情を読む?何のために?」
思わずため息が出た。
この女は、白藍の師と同種なのかもしれない。
それで?――、と白藍は投げ遣りに言った。
「俺はいくつ担当を増やせばいいんだ」
反抗しても無駄だというのは分かっている。
彼我師の数が足りていない。
つまり、今年行われるかも危うい祭事があるということだ。
彼人の機嫌を損ねると、村の存在を危機に陥れる可能性がある。
後見所は、それを極度に恐れているのだ。
しかし、現役の彼我師らはなかなか祭事を増やしてこない。
業を煮やした後見所は、担当のいない祭事を一方的に彼我師たちへ分配するという強硬手段に出た。
いい迷惑である。
「とりあえずは四つよ」
「四つもか。一つひとつの祭事の質が落ちても文句言うなよ、って禅のばばあに言っとけ」
すると白雅の表情が、僅かに沈んだように白藍には見えた。
「暁が担当していた村よ。あなたがあの子から委任されていた村、祭事数の調整でしばらく別の彼我師に頼んでいたでしょう。今回の大整理で、暁の村をあなたに振り当てることになったらしいわ」
白暁は白藍、白雅、白菊らと同期だった女である。
約一年前、盗賊に襲われて死んだ。
言われた白藍は少しの間、言葉がなかった。
煙管を取り出して煙をふかし、呟く。
「暁か。最後に会ったのは集会だったな」
断ることは出来なかった。
死ぬ少し前、白藍は本人から直々に委託されているのである。
友との約束だ。
伝えることは伝えたのか、白雅はそのまま黙ってその場を立ち去った。
「・・・お前も親友に死なれちゃ辛いよな、影鬼の白雅」
同期の女同士、白雅と白暁は非常に仲が良かった。
僅かに目を伏せて白暁の死を悼み、顔を上げて鬱蒼と茂る森の高い木々を見上げる。
そして岩から立ち上がると、ゆっくり村へ足を向けた。