黒よりいでし藍 七
見つけた瞬間、白藍は天を仰いで大きく息をついた。
心の底から安堵した後には、どっと疲れが押し寄せてきたが、ひとまず岩場の陰に縮こまっている珠黄のもとへと歩み寄った。
まだ十一の子どもの肩や頭には、うっすらと雪が積んでいる。
大分長い時間、ここに座りこんでいたのだろう。
ため息をつき、白藍は声をかけた。
「珠黄。帰るぞ」
珠黄は、はっと顔をあげる。
そしてそれが白藍だと分かると、複雑な表情をして再び下を向いた。
立ち上がろうともしない。
両手の指が、ぎゅっと水干を握り締めているのを、白藍は見た。
この少年が何を感じているのか、白藍には痛いほどよく分かった。
そこにいるのは、昔の自分でもある。
静かに近寄り、すぐ傍で腰を落として顔を近付けた。
「来たのが俺で期待外れだったか?」
身じろぐ珠黄に、白藍は静かに続ける。
「俺の時はな、道生が探しに来た。薄情な師匠だと思ったさ。他人に弟子を探させるなんて」
あの時、白藍は痛いほど思い知らされた。
白玄は親ではないのだ、と。
「だがな、彼我師として独り立ちしてから俺は、あの人の言った事や教えた事がいかに正しかったかを知った。教え込まれた時は散々恨んだがな」
あの人の厳しさは仲間の間でも有名なんだよ―――、と笑って言うと、珠黄は上目遣いに白藍を見上げた。
「彼我師は旅に人生の大半を捧げる。旅の間は、誰も守っちゃくれない。どうにかするのは自分だけだ。他人を頼りゃ、その先には死が待ってる」
珠黄は黙って白藍の声に耳を傾けている。
賢い子どもなのだ。
ただ、彼我師の理を理解するには、僅かに幼いだけである。
白藍は優しい声で告げた。
「手を出さない事が、お前を生かす事に繋がるんだよ。それはお前に無関心だからじゃない。お前を大事に思うからだ」
彼我師の師匠は、弟子を必要以上に守らない。
それは、愛するが故だ。
「お前と白玄は確かに親子じゃない。俺と白玄もな。だがな、師弟関係ってのは親子よりも強い絆を作る事がある。師弟は親子と違って常に正面切って向き合わなきゃならねえからな。そして向き合えた時に得られる結びつきは、どんな関係よりも堅固なものとなる。それが師弟だ」
白藍は、向き合う事を逃げ続けた。
逃げた白藍と白玄との間には、五年もの空白が横たわっている。
この少年には、同じ間違いを犯して欲しくない。
「白玄だけじゃない。お前には俺もいるだろう。七星も、道生も。いいか珠黄、自分を独りだと思うな。彼我師は多くの人間に支えられてるんだ。忘れるなよ」
それから白藍は勢い良く立ち上がると、寒さですっかり縮こまってしまっている珠黄を無理やり背に負った。
「えっ!?」
背中で驚く珠黄を無視し、白藍は言った。
「え、じゃねえよ。ありがとう兄ちゃん、ってくらい言え」
歩き出して軽口をたたくと、珠黄はひどく動揺した。
「に、兄ちゃん?」
「俺は一応お前の兄弟子だぞ。こうやって迷子の弟を探しにも来てやってるんだ。呼び方くらい兄として立てろよ」
「迷子じゃねえよ。雪で遭難したんだ」
「それは自慢してんのか?遭難の方が馬鹿だろ。お前、彼我師の修業だけじゃなく、少しは勉強しろ。七星に教えてもらえ」
「・・・厭味な兄貴」
珠黄が背中で小さく呟いた時、遠くから走り寄ってくる道生と七星の姿が見えた。
顔を見て安堵したのか、道生はたどり着くなり珠黄の頬を思いっきり張った。
小気味よい音が白銀の世界に響く。
「――ごめん」
おろおろする七星を見つめた後、珠黄は小さく言った。
鼻から荒く息を吐き出した道生は、今度は軽く珠黄の頭をはたくと、白藍を先導するように前に立ち白玄の家へと歩き出した。
その後に続く白藍の袖を、背負われたままの珠黄がぎゅっと握りしめたが、白藍は何も言わず、ただふっと笑った。