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彼我師 ~藍編~  作者: 貴浪
黒よりいでし藍
10/26

黒よりいでし藍 六

 初めに気付いたのは、村の七星であった。

 珠黄の一番の仲良しである。

 八人はかくれんぼをして遊んでいた。

 七星と珠黄には、秘密の隠れ場所があった。

 かくれんぼの時には、隠れ場所の見つからなかったどちらかが、ここに息を潜める。

 仲間には今まで一度も見つかったことのない極上の場所だ。

 この日、七星は別の場所へと身を隠した。

 脚を痛めている珠黄へと場所を譲ったのである。

 半刻過ぎた後、鬼に見つかった七星は、既に見つかっていた他の仲間のもとへと行った。そこで話に夢中になっていると、鬼が泣きそうな顔をして戻ってきた。

 珠黄がいない、というのである。

 皆で探そうということになり、子どもたちがあちこちを探す目を盗んで、七星はあの隠れ場所をそっと覗いた。

 しかし珠黄は見つからなかった。

 結局日が暮れるまで探し続けたが、珠黄はどこにも姿を見せなかった。

「心当たりは?」

 家の外で話を聞き終わった白玄が、腕を組んだまま短く七星に問うた。腰を落として視線の高さを合わせることもなく、ただ冷静に見下ろしている。

 この男は、子ども相手でも媚びるということを一切しない。

 急に話しかけられた七星は、怯えたような顔をして傍の道生を見上げた。

 道生に促され、七星はおずおずと口を開く。

「・・・そう言えば、ちょっとだけ落ち込んでたかも」

「理由は?」

「聞いてないよ」

 困惑する七星を横目に、白藍は頭をかいて白玄を見た。

「俺が集会に行ってる間、珠黄とは会わなかったのか」

 白玄は僅かに目を細めた。

「まだガキだからな。一度遊びに出ると大抵は日が暮れるまでそのままだ。お前もそうだったろう、高藍」

「昔の話を蒸し返すなよ」

 白藍が睨むと、七星が何故か反応した。

「高藍って、・・・もしかして藍兄ぃ?」

 七星は目を見張って白藍を見る。

 眉をひそめた白藍は、じっと七星を見下ろした。

「あ?誰だお前」

 覚えがない。

 白藍の薄情な反応に七星は叫んだ。

「俺だって。七星だよ。何だよ藍兄ぃ、忘れたのか」

「七星?―――あ、お前あの七星か?」

 白藍がここを出たのは五年前であり、当時七星は六つだった。

 修業の合間によく遊んでやったものである。

 急に嬉しくなり、腰を落として七星の目線に合わせた。

「でかくなったなあ。全然分からなかったぞ」

 頭をごしごしと撫でると、七星は照れたように笑う。

知らせに来た道生が苛立つように大きい声をあげた。

「そんなことしてる場合かっ!早く捜索しないと、珠黄が―――」

 白玄は右手をすっとあげ、その怒鳴り声を遮る。

「・・・なんだよ、玄さん」

「心配ない。しばらくすれば勝手に帰ってくる。高藍、鍋が吹きこぼれる。先に食べるぞ」

「そうだな。煮過ぎると肉が固くなるし」

 道生と七星は、二人の会話に耳を疑った。

 家の中に入ろうと、白玄は既に戸口へ向かって歩いている。

「七星、お前も一緒に食べるか」

 白藍が、瓢々と七星に問うた。

「え・・・」

 戸惑って傍らの道生を見上げると、道生が叫ぶ。

「玄さん!あんた、何考えてんだ!弟子が冬の山で遭難してるんだぞ!」

 白玄は、右手を戸口にかけたまま首だけで振り返った。

「丁度いい機会だ。あいつも彼我師になる男だ。これくらいの雪山、自力でどうにかできなけりゃ話にならんからな」

「死ぬかもしれないんだぞっ!」

「それならそれでいい。それまでの子どもだった、ってことだ」

 なんだとっ―――、といきり立つ道生を完全に無視し、白玄はさっさと家へと入っていった。

 白藍は、殴り込もうとする道生の肩を押さえて制した。

「道生さん、落ち着けよ」

「お前もお前だ高藍!珠黄はお前の弟弟子だぞ!見殺しにする気かっ」

 額に青筋が浮いている。

 山師は総じて気が荒い。

 白藍も、子どもの頃はよくこの男に叩かれたものだ。

 だから落ち着けって―――と呟き、白藍は道生の目を見た。

「あんた、何年うちの変人と付き合ってるんだよ。少しは裏の意味を取れって」

「裏の意味だと?」

 道生は荒い息を整えつつ聞き返す。

 白藍は静かに答えた。

「あの師匠は面白い程に手加減ってものをしない。相手がガキだろうがなんだろうがな。珠黄が冬の山で遭難してるのは、あいつの彼我師としての技量が足りないからだ。加えて、昼間も同じことを注意されてる。冬の山を甘くみるな、ってな。その結果がこれだ。理由が何であれ、あいつが凍え死のうが、雪に埋もれ死のうが、あの人は絶対手を出さない」

 それが、白玄という名を与えられた男だ。

「あの野郎、それでも師匠か!」

 再び怒鳴り家に入ろうとする道生を、白藍は呆れたようにとどめる。

「最後まで聞けって。―――だから。手を出さないことが、珠黄を案じてないことと同義じゃないのが師匠の難儀な点だ、ってことだよ。本人もそれを十分自覚してる」

 白玄は白藍に託したのだ。

 珠黄を探せ、と。

「彼我師は常に死と隣り合わせだ。冬の山じゃその確率は数倍に膨れ上がる。だが姿が見えないからって常に師匠が探しに行けば、それは本人にとって何のためにもならない。珠黄が好意に寄りかかるようになっても困る。だから白玄は探しに行けない。普段ならあんたあたりにそれとなく頼むだろうが、今回は都合よく俺がいる」

「―――そう言や、お前がガキの頃にも似たようなことがあったな」

 道生の言葉に、白藍は苦笑を返す。

「あん時はあんたが探しに来てくれた」

 当時は白藍も白玄を恨んだ。

 何故、自分で探しに来てくれないのか、と。

 だが彼我師となった今、その意味が理解できる。

 もしあの時、白玄本人が来ていたならば。

「俺は白玄を師とはみなせなくなっていただろう。恐らく、親のように慕ったかもしれない。・・・それじゃあ、修業にならないんだ」

 親は子を無条件に守る。

 しかし師弟関係で一番大切なのは、技の継承だ。

 そこに、感情が入り込むことは邪魔でしかない。

「七星」

 声をかけると、神妙な顔をしていた七星がはっと顔をあげた。

「お前らが遊んでた場所を教えてくれるか。とりあえず、そこから捜索だ」

 力強く頷いた七星に、白藍は笑って頭をなでた。


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