黒よりいでし藍 六
初めに気付いたのは、村の七星であった。
珠黄の一番の仲良しである。
八人はかくれんぼをして遊んでいた。
七星と珠黄には、秘密の隠れ場所があった。
かくれんぼの時には、隠れ場所の見つからなかったどちらかが、ここに息を潜める。
仲間には今まで一度も見つかったことのない極上の場所だ。
この日、七星は別の場所へと身を隠した。
脚を痛めている珠黄へと場所を譲ったのである。
半刻過ぎた後、鬼に見つかった七星は、既に見つかっていた他の仲間のもとへと行った。そこで話に夢中になっていると、鬼が泣きそうな顔をして戻ってきた。
珠黄がいない、というのである。
皆で探そうということになり、子どもたちがあちこちを探す目を盗んで、七星はあの隠れ場所をそっと覗いた。
しかし珠黄は見つからなかった。
結局日が暮れるまで探し続けたが、珠黄はどこにも姿を見せなかった。
「心当たりは?」
家の外で話を聞き終わった白玄が、腕を組んだまま短く七星に問うた。腰を落として視線の高さを合わせることもなく、ただ冷静に見下ろしている。
この男は、子ども相手でも媚びるということを一切しない。
急に話しかけられた七星は、怯えたような顔をして傍の道生を見上げた。
道生に促され、七星はおずおずと口を開く。
「・・・そう言えば、ちょっとだけ落ち込んでたかも」
「理由は?」
「聞いてないよ」
困惑する七星を横目に、白藍は頭をかいて白玄を見た。
「俺が集会に行ってる間、珠黄とは会わなかったのか」
白玄は僅かに目を細めた。
「まだガキだからな。一度遊びに出ると大抵は日が暮れるまでそのままだ。お前もそうだったろう、高藍」
「昔の話を蒸し返すなよ」
白藍が睨むと、七星が何故か反応した。
「高藍って、・・・もしかして藍兄ぃ?」
七星は目を見張って白藍を見る。
眉をひそめた白藍は、じっと七星を見下ろした。
「あ?誰だお前」
覚えがない。
白藍の薄情な反応に七星は叫んだ。
「俺だって。七星だよ。何だよ藍兄ぃ、忘れたのか」
「七星?―――あ、お前あの七星か?」
白藍がここを出たのは五年前であり、当時七星は六つだった。
修業の合間によく遊んでやったものである。
急に嬉しくなり、腰を落として七星の目線に合わせた。
「でかくなったなあ。全然分からなかったぞ」
頭をごしごしと撫でると、七星は照れたように笑う。
知らせに来た道生が苛立つように大きい声をあげた。
「そんなことしてる場合かっ!早く捜索しないと、珠黄が―――」
白玄は右手をすっとあげ、その怒鳴り声を遮る。
「・・・なんだよ、玄さん」
「心配ない。しばらくすれば勝手に帰ってくる。高藍、鍋が吹きこぼれる。先に食べるぞ」
「そうだな。煮過ぎると肉が固くなるし」
道生と七星は、二人の会話に耳を疑った。
家の中に入ろうと、白玄は既に戸口へ向かって歩いている。
「七星、お前も一緒に食べるか」
白藍が、瓢々と七星に問うた。
「え・・・」
戸惑って傍らの道生を見上げると、道生が叫ぶ。
「玄さん!あんた、何考えてんだ!弟子が冬の山で遭難してるんだぞ!」
白玄は、右手を戸口にかけたまま首だけで振り返った。
「丁度いい機会だ。あいつも彼我師になる男だ。これくらいの雪山、自力でどうにかできなけりゃ話にならんからな」
「死ぬかもしれないんだぞっ!」
「それならそれでいい。それまでの子どもだった、ってことだ」
なんだとっ―――、といきり立つ道生を完全に無視し、白玄はさっさと家へと入っていった。
白藍は、殴り込もうとする道生の肩を押さえて制した。
「道生さん、落ち着けよ」
「お前もお前だ高藍!珠黄はお前の弟弟子だぞ!見殺しにする気かっ」
額に青筋が浮いている。
山師は総じて気が荒い。
白藍も、子どもの頃はよくこの男に叩かれたものだ。
だから落ち着けって―――と呟き、白藍は道生の目を見た。
「あんた、何年うちの変人と付き合ってるんだよ。少しは裏の意味を取れって」
「裏の意味だと?」
道生は荒い息を整えつつ聞き返す。
白藍は静かに答えた。
「あの師匠は面白い程に手加減ってものをしない。相手がガキだろうがなんだろうがな。珠黄が冬の山で遭難してるのは、あいつの彼我師としての技量が足りないからだ。加えて、昼間も同じことを注意されてる。冬の山を甘くみるな、ってな。その結果がこれだ。理由が何であれ、あいつが凍え死のうが、雪に埋もれ死のうが、あの人は絶対手を出さない」
それが、白玄という名を与えられた男だ。
「あの野郎、それでも師匠か!」
再び怒鳴り家に入ろうとする道生を、白藍は呆れたようにとどめる。
「最後まで聞けって。―――だから。手を出さないことが、珠黄を案じてないことと同義じゃないのが師匠の難儀な点だ、ってことだよ。本人もそれを十分自覚してる」
白玄は白藍に託したのだ。
珠黄を探せ、と。
「彼我師は常に死と隣り合わせだ。冬の山じゃその確率は数倍に膨れ上がる。だが姿が見えないからって常に師匠が探しに行けば、それは本人にとって何のためにもならない。珠黄が好意に寄りかかるようになっても困る。だから白玄は探しに行けない。普段ならあんたあたりにそれとなく頼むだろうが、今回は都合よく俺がいる」
「―――そう言や、お前がガキの頃にも似たようなことがあったな」
道生の言葉に、白藍は苦笑を返す。
「あん時はあんたが探しに来てくれた」
当時は白藍も白玄を恨んだ。
何故、自分で探しに来てくれないのか、と。
だが彼我師となった今、その意味が理解できる。
もしあの時、白玄本人が来ていたならば。
「俺は白玄を師とはみなせなくなっていただろう。恐らく、親のように慕ったかもしれない。・・・それじゃあ、修業にならないんだ」
親は子を無条件に守る。
しかし師弟関係で一番大切なのは、技の継承だ。
そこに、感情が入り込むことは邪魔でしかない。
「七星」
声をかけると、神妙な顔をしていた七星がはっと顔をあげた。
「お前らが遊んでた場所を教えてくれるか。とりあえず、そこから捜索だ」
力強く頷いた七星に、白藍は笑って頭をなでた。