第2章:邪竜と黄金色の竜 第12話:制御不能 〜Out Of Control〜
前回までのThe Outsider
黄昏の神殿を目的地として、砂漠地帯に来たスレイ一行。そこでレイラという女性と会い、そして彼女の正体を知った。
月の光は真実を照らし出す光───その光は少女の姿を水面を通して映し出し、真実を伝えていた。
「イリス様、どうか落ち着いてください」
水面に映し出された自分の姿に呆然とするベアトリスをレイラが落ち着かせようとするが、レイラの考ている事とは裏腹に、ベアトリスは冷静だった。
「───レイラさん」
「さん付けしなくても・・・私よりも崇高なお方なのに」
「意味がわかりません・・・」
急に変わったレイラの言動や態度を理解できなかったベアトリスは困惑しており、そこまで敬意を表される理由も解らなかった。
「申し訳ありませんが、私もですよ・・・此処で"再び会えた"と思いきや、記憶喪失だなんて」
「私は・・・怪物なのでしょうか?」
「それ言ったら私もですよ、特異な事情 ですけど、吸血鬼ですし」
「そうだったんですか・・・」
水面に写った自分の姿に動揺しているベアトリスは、レイラが吸血鬼だと告白しても、自分の事で頭が一杯だったのか、あまり驚かずに反応した。
彼女達の間に少しの沈黙が流れるものの、レイラはベアトリスの事が気になって口を開いた。
「・・・そう言えばですが、"ベアトリス"という名前は、人から付けてもらったのですか?」
「・・・これは、自分の中で無意識のうちに・・・」
「自分で無意識の内に?」
「はい・・・私が"この世界へ降り立った"時に名前を訊かれて・・・その時に浮かんだ名前がこれで・・・」
この世界へ降り立ったと言う言葉を聞き、レイラは彼女が天星人だと気付いた。
「〔と言う事は、彼女はイリステア様では無い? ・・・いや、それにしては月の光が映し出している姿は本物だ・・・〕」
レイラがそんな事を考えながらも、2人の間にはしばらく沈黙が起き、ベアトリスは意を決して、レイラに頼んだ。
「───教えてください、私が何者なのかを」
ベアトリスの要求に対し、レイラは笑顔で頷き、彼女自身が知っている事を語り始めた。
それからしばらくして、夜明け前になり───スレイが目覚めた。
銃士隊での経験が染み付いているのか、それとも前世での影響なのか、彼の目覚め早かった。
彼は時計を持っていた訳ではない為、今が何時なのかは分からないものの、外の風景が認識できる程の暗さだった事で、夜明けに近いのは予想できた。
スレイは、ベアトリスの状況が気になり、彼女の眠っているベッドに目を向けた。
しかし、ベアトリスはもうベッドの上におらず、彼女がいない事に気付いた彼は、机に置いていたホルスターから拳銃を取り出し、外へと出て行った。
まだ太陽は完全に出ていない。そんな薄暗い外に吹く風は涼しく、穏やかな気持ちにさせた。
彼が辺りを見渡すと、この敷地にある木の下に、2人は一緒にいた。
彼女らはその木陰で過ごしており、ベアトリスはレイラの膝を枕にして眠り、レイラは眠っている彼女の頭を優しく撫でていた。
その光景を見たスレイは、言葉で表現できない変な気持ちになるものの、すぐ我に返って彼女達へと近付いた。
スレイが近付くと、レイラは彼の方向を見るや否や、彼女は自分の唇に人差し指を当てて、静かにするよう彼にジェスチャーした。
スレイはそのジェスチャーに従い、静かに立ち止まると、レイラの膝で眠っているベアトリスに視線を移した。
穏やかに寝息をたてて眠る彼女が可愛く、そして綺麗に感じたスレイだが、そんな卑しい感情を抑えて、彼は外面を誤魔化そうとした。
ベアトリスに嫌われたくなかったのか───彼女にいやらしい感情を持ってしまい、そんな自分に嫌悪するスレイは、彼女達に背を向け、レイラはそんな彼の心境を察して笑った。
それから夜が明けて朝になり───ハンスとイシュメラも村の宿から出て、スレイ達と合流した。
スレイ達から、黄昏の神殿へ向かう話を聴いたレイラは、自分も同行したいと頼んだ。
彼女は黄昏の神殿がある場所を知っているのと、砂漠に関しての知識もある為か、連れて行っても後悔しない人材であった事から、すぐにスレイ達からは歓迎された。
確かに、スレイの持つ手帳を見れば、すぐにでも神殿まで辿り着けるが、仲間は多いに越した事は無く、尚且つ、レイラの正体を知り、話をしている内に信じられそうな人物だと思った彼は、彼女からの頼みを聞き入れた。
レイラは、恐らくベアトリスが自分の慕う者だと判り、彼女を守る為に、スレイ達への同行を頼んだのだろうが・・・他の3人がその真意を知るのは、後の話だった。
神殿に向かう為に、徒歩で向かうのは時間が掛かり、魔物と遭遇する確率も高い。それに、直射日光や高温などで倒れる可能性もあった。
その危険性を考慮して、神殿まで向かう手段として決まったのが───空を飛んで行く事だった。
その移動手段として使われるのが、イシュメラの持つ箒と、レイラの家にあった使われていない絨毯だった。
イシュメラ以外の4人は、絨毯を出した事に疑問を抱いていたが、彼女はそれに魔法を唱えて、浮遊できるようにした。
「凄い・・・何の魔法ですか?」
「これは、"フロート"の魔法で、無機物の対象を浮遊させる事が出来るわ。私の箒にも常時かかってるし、何より制御ができる」
そう言われて、スレイは納得するものの、誰がどちらの物に乗るか話し合いが起きる。イシュメラは普段通りに箒へ乗るものの、他の4人はどうするか考えていた。
スレイはイシュメラの後ろだと恥ずかしそうにし、ハンスはそもそも彼女との同乗を拒絶している・・・そうなると、イシュメラに抵抗感が無いベアトリスが彼女と共に箒へ乗る事にした。
男2人はレイラと共に絨毯に乗る。絨毯は広く、大人5人は乗れる程だった。
絨毯の前方を掴んで操縦するようで、レイラが嬉々しながら操縦する事になった。
「レイラさん、動かせるんですか?」
「浮遊の魔法を唱えたイシュメラしか無理じゃ無いのか?」
「大丈夫。昔乗ってた経験あるから」
レイラがそう言うと、彼女は絨毯の前を捲って手綱のようにした。
すると、3人を乗せた絨毯は宙 にゆっくりと浮かび上がり、そのまま前方に飛んだ。
しかし、重みのせいなのか、それとも物によって性能の差でもあるのか───絨毯はイシュメラの箒と違って遅く、すぐに3人が乗った絨毯は、2人が乗った箒に追い越されかけていた。
「私達先に行ってるわね。あぁ、ベアトリスちゃん掴まっててね」
「えっ、待っ───」
「じゃあね〜」
イシュメラは絨毯に乗った3人に投げキスをし、笑顔で手を振った後、箒は加速してすぐに距離を離す。箒が加速中、ベアトリスはイシュメラに強くしがみついていた。
「・・・おいレイラ、あの魔女を追い越してくれ」
「はいはい」
ハンスの指示を聞いたレイラは、まるで察しでもついていたように呆れながらも、返事をした。
「スレイ、しっかり掴まってろ」
「まだ心の準備が───」
スレイの声は絨毯の加速にかき消された。
それから数刻置いて───黄昏の神殿に辿り着く。しかし、スレイとベアトリスは、先程の競争から、恐怖と吐き気に襲われていた。
「吐きそう・・・気持ち悪い・・・」
「もう乗りたくないです・・・」
そんな2人を見て、ハンスとイシュメラが話をした。
「あーあ、吐きそうになってる」
「元はと言えば、お前のせいだろ」
「大人2人が大人気ないですね・・・」
「うるさい!!」
責任転嫁し合う2人から鋭い眼光で黙るよう怒鳴られて、レイラは呆れるように肩を少し上げた。
「まぁ、ハンスさんに言われて加速した私も悪いですが・・・」
レイラは気まずそうにしながら、吐きそうにしている2人の元に近付いて宥めていた。
ハンスとイシュメラは、レイラに宥められている2人を見て、お互い顔は合わせなかったものの、彼等へ申し訳なさそうにはしていた。
スレイとベアトリスの吐き気が治まり、彼等が落ち着いた頃に、彼等は神殿を改めて見上げた。
「これが、黄昏の神殿・・・」
神殿は少し外観にヒビが入っているものの、それでも神秘さが失われる事無く現存していた。
「行きましょう、スレイさん」
ベアトリスに言われて、スレイは中に入って行った。
最後にレイラが入ろうとした瞬間、彼女は何らかの気配を感じて立ち止まった。
「どうしたの?」
彼女の前にいたイシュメラが不思議そうに話しかけた。
「・・・いえ、何でもないです」
レイラはそう言って遺跡の中に入ったものの、彼女はその気配に対し、怪しい感覚を抱いていた。
5人が遺跡の中に入るのを確認する謎の集団がいた。
「奴等が神殿に入って行きました」
監視していた1体の覆面が、知的な雰囲気の男に言う。すると、その男は不敵に笑みを見せた。
「よし、ならば行くぞ───我が王は"主の再誕"を願っている、その使命を果たす時だ・・・!」
その男がそう言って、彼等は神殿へと進軍を始めた。
一方神殿内部では───スレイ達が恐る恐る進んでいた。
ベアトリスとイシュメラが、グリマーで辺りを照らす他に、スレイも神殿内にあった松明に火をつけて照らしていた。
「ねぇレイラ、貴女はこの神殿に入った事はあるの?」
「ええ、結構前の話になるけど。この神殿は、黄金色の竜である"イリステア"様が隠した物があって、外部からの侵入者が来ない様に、内部は迷宮となっているのよ」
「て事は、罠とかもあるって訳か・・・」
「そうなるね・・・あっ、そこ気をつけた方が」
「えっ───」
スレイが一歩踏み出した瞬間、下から鋸が現れて彼を斬ろうとしたが、ハンスが彼の外套を引っ張って無理矢理回避させた。
「危ねぇな・・・」
「ありがとうございます・・・」
「ありゃりゃ・・・今でも作動するなんて、この迷宮を作った人には脱帽するね」
「貴女作った人は知らないの?」
「ええ。"迷宮作成師"って通り名なのは憶えてるけど・・・別に私が建築に関わっていた訳では無いので」
「なら、ここは私の出番ね・・・」
あまりにも危険な環境に対し、イシュメラは"ディテクト"の魔法を唱えてトラップを見抜いた。
しかし、他の4人はトラップの場所を全く判らない為、彼女が先導して進む事になった。
彼等が迷宮内を進んで行く内に、2方向に枝分かれした道があり、立ち往生を喰らう羽目になった。
「右か?」
「迷った時は左よね」
どちらに行くかで迷う中、スレイは手帳を見るものの、何も記されなかった。
「〔調子が悪いのかな?〕」
何も記されない事にそう感じていると、ベアトリスが何かを呟いた。
「───?」
スレイはその言葉を聞き取れなかったものの、彼女は右の道に向かった。
異様な様子のベアトリスに付いて行く4人は、不穏な彼女について小声で話し合っていた。
「なぁ・・・あいつ、どうしたんだ?」
「さぁ・・・スレイ君何か知らないの?」
イシュメラがスレイにそう訊くが、彼も知らない内にベアトリスがそうなっていた為、彼は首を横に振った。
スレイ達が話し合っている最中、目的の部屋に向かって進むベアトリスの瞳は、再び紅くなっていた。
そして目的の部屋前に着き、その中へと入る。すると、そこは祭壇のような広い部屋で、祭壇奥の中央には何やら黒い人影が座っていた。
「───あれ?」
ベアトリスが正気に戻り、スレイ達が不思議に思う中、奥に座る人影に気付くと、彼等はそれぞれ戦闘態勢に入った。
しかし、それが動く事は無く、彼等が近付くとそれが置物だと言うのが分かった。
黒い鎧に、顔全体を覆う兜───両籠手の手甲には鰭を連想させるような、3枚の刃が付いていた。
「その、イリステアの隠した物がこれなのか?」
「黄金色の竜が着るにしても、禍々し過ぎるわね」
話し合いの通り、この鎧は黄金色とは程遠く、見る者に恐怖感や威圧感を与える様な物だった。
鎧の足元をよく見ると、そこには文字が記された石板があり、スレイが恐る恐るそれを読み上げた。
「"洗血の鎧甲"に触れるべからず。圧倒的な力に飲み込まれ、自らを破滅へと導かん───?」
スレイの読み上げを聞いて、他の4人は疑問を抱く。しかし、触らなければ大丈夫だと解釈はできた。
「こっちから願い下げよ、こんな禍々しい鎧・・・」
鎧の後ろには祠のような物があり、その中には、真紅に輝く宝石の首飾りがあった。
その綺麗な首飾りにレイラを除く一同はさまざまな反応を見せるものの、スレイとベアトリスは、何故か既視感を抱いていた。
「───それは、イリステア様が遺したアミュレットで、宝石の中には大量の魔力が貯蔵されているのよ」
「ううっ、確かに膨大ね・・・」
「イシュメラさん、判るんですか?」
「ええ。"魔法の眼"を唱えば、物や生物の魔力が判るんだけど・・・これは確かに本物よ・・・」
「どうするんだ?」
「確かにどうするべきか───」
「───お勤めご苦労、下等生物諸君」
スレイが言い終える前に、何処からか声が聞こえ、彼等が入り口の方を見ると、そこから数体の魔物と、先程の声の主が現れた。
「誰だ!!」
「私は"魔王軍"将の1人、"ゲルニクス"───そのアミュレットと"そこの娘"を貰いに来た」
「"そこの娘"・・・?」
ゲルニクスが真っ直ぐ先に捉えているのはベアトリスで、彼女はその視線に気付いているのか、怯えた表情で杖を強く握っていた。
それを見たスレイはゲルニクス達にライフルを構え、他の3人は、相手が敵だと認識するや否や、戦闘態勢に入った。
「貴様ら愚か者共にも、チャンスをやろう。我々の条件をのめば、命ぐらいは助けてやろう」
そう言われたものの、彼らがそれに従う事は無かった。
「よく言うぜ」
「全くよ、どうせ散々こき使う癖に」
ハンスとイシュメラの意見が一致し、ゲルニクスは頭を抱えて言った。
「やれやれ・・・ここまで、馬鹿で野蛮な者達だとは思いませんでしたよ───やれ」
彼が手を挙げ、その手を前に出すと、周りにいた魔物達は一斉に5人へと襲い掛かってきた。
───戦闘が始まり、ハンスとレイラは前衛として戦い、スレイとイシュメラは祭壇上から援護、ベアトリスも同じく祭壇上で、補助魔法を使って他の仲間を支援していた。
オークやスケルトンなどの魔物は、ハンスやレイラの攻撃により倒されていくものの、それにしても、スレイ達には勝機が見えなかった。
それもその筈、相手は次々と現れ、重装備のオークまで現れた。
疲労が溜まるスレイ達───半人であるレイラですら、敵を捌き切れず疲弊していた。
ベアトリスとイシュメラの魔力も底を尽きかけており、各メンバーに唱えたプロテクも徐々に効果を失っていった。
運の悪い事に、ベアトリスのプロテクが割れてしまい、魔法を使う1体の魔物がそれに気付いて、彼女に"ウィンド"を唱えた。
指揮系統がしっかりしていないのか、それとも手柄が欲しかったのか、彼女はその魔法の標的になったのだが───そこにスレイが割って入り、彼はウィンドの餌食となってしまった。
ウィンドは風の魔法───風により、対象を斬り裂く為、ベアトリスを押してまで庇ったスレイの身体は、刃物で切り裂かれたような傷が一瞬で創られた。
───沈黙の一瞬、彼の傷からは血が噴き出し、そのまま祭壇から落ちていく。手を伸ばすものの、その手は届かなかった。
そんな驚愕の光景に対し、ベアトリスは動揺のあまり呆然としてしまい、他の3人はスレイが祭壇上から下へと転がり落ちていくのを目撃した。
「嘘、でしょ・・・?」
エイドで治癒したいが、手遅れを知らせるように倒れているスレイの身体から流れる血が広がり、彼も動かなかった。
それぞれが反応を見せる中、動揺していたベアトリスは咄嗟にスレイの元へ駆け寄った。
「ベアトリスちゃん、待って───」
イシュメラの静止も聞こえず、ベアトリスはすぐに彼の元へ駆け寄るものの、それは大きな間違いだった。
彼女は近くにいたオークに取り押さえられ、他の3人は、魔物に囲まれて身動きが取れずにいた。
ハンスがポケットに入っていたコインを投擲しようとするものの、ゲルニクスは彼の行動を見通しているように話しかけてきた。
「おっと、この娘がどうなってもいいのですか?」
ゲルニクスがそう言うと、ベアトリスをオークから解放させ、その後、彼女の首を掴んで宙に上げた。
首を絞められている彼女は苦しみ悶え、それを見た3人は、怒りの感情を露わにした。
「てめぇ・・・!」
ハンスが先に向かおうとしたが、周りにいる魔物に矛先を向けられ動けない。イシュメラやレイラも同じ状況で、戦いの疲労も溜まっているせいで、まともに相手が出来る状況では無かった。
ベアトリスが泣いても、助けを乞う事や『止めて』と懇願する事は出来ない。ゲルニクスは下衆に嗤いながら言った。
「おやおや? 黄金色の竜の実力はそんなものですか? か弱い少女にまで堕ちぶれて、"父上"に申し訳ないと思わないんですか?」
まるで、ベアトリスを誰かと勘違いしているようなゲルニクスの言葉に、ハンスやイシュメラは不審に感じた。
「〔父上? それに、ベアトリスちゃんを誰かと勘違いしているの・・・?〕」
「〔あの嬢ちゃんが黄金色の竜だと? アイツは何を知ってる? それとも誰かと勘違いしているだけなのか?〕」
そんな事を考えていると、ゲルニクスはそんな2人の考えを見通しているように笑った。
「あなた達の考えは良く分かりますね、やはり頭の悪い者はすぐに分かる」
「何・・・?」
「あなた達は何も知らないようですね、この娘は我々の主である邪竜"ファルヴァウス"様の唯一の血族にして、ご息女───イリステア様ですよ」
その言葉にハンスとイシュメラは驚きを示しながらも平静を装って訊いた。
「へぇ・・・でも、それにしては手荒過ぎない? 貴方達の大好きな主様の1人娘をそんな風に痛めつけてさ・・・黙っちゃいないでしょ?」
イシュメラが揺さぶりをかけるように訊くものの何がおかしいのか、訊かれた相手は高笑いした。
「何がおかしい?」
「本当に馬鹿な生き物共だ。彼女は主様の娘でありながら、運命に逆らい、敵対した」
「それが・・・手荒にしてもいい理由?」
イシュメラがそう訊くと、図星だったのか、ゲルニクスは不敵に笑い、それを見た彼女は毒づいた。
「最低な父親ね・・・!」
「最低なのはどちらでしょうかねぇ・・・イリステア様?」
彼の絞める力は徐々に強まり、ベアトリスの瞳は普段の色から、再び紅い瞳に変化したものの、彼女は力を出せなかった。
「ゲルニクス将軍、もうやめましょう。我々の目的は"王"へ、その娘を連れ帰る事です」
1体のオークがそう言うものの、彼は呆れるように溜め息をついた後、そのオークの首を刎ねて殺した。
「・・・これからが楽しみだと言うのに」
窒息して苦しむベアトリスをただ眺めることしかできなかった3人は、自分達の無力さを噛み締めるしか無かったが、そんな中、イシュメラはある事に気付いた。
───そう、鎧が消えていたのだ。先の戦闘から不動だったのにも関わらず、鎧は消えていた。
「〔鎧が無い・・・!? さっきまであった筈なのに・・・〕」
そして、よく見ると階段の方に黒い影が見える。どう見てもそれは人の形をしておらず、液体状に動くその影は、まっすぐスレイのほうへと向かっていた。
スレイの方へ着くと、その影はその近くに流れた彼の血に混ざり、赤から黒にした後───そのまま彼の身体へと戻っていった。
「さて、アミュレットを───」
そんな事を知らずに、ゲルニクスがアミュレットの回収を指示しようとするが───スレイがゆっくりと起き上がった。
その光景にベアトリス達は驚き、ゲルニクスは、舌打ちをして、仕留め損なった魔物に悪態をついた。
「チッ・・・そいつを今度こそ殺せ」
近くのオークが手斧を振りかぶってスレイに襲い掛かるものの、彼はオークの持ち手を掴んで、そのままその手をあらぬ方向に曲げた。
案の定、手を折られたオークは悶絶するように倒れ、その手斧を拾ったスレイはそのままゲルニクスに向かっていった。
あまりにも不気味な雰囲気に周囲の者達は圧倒され、死体のようにゆっくりと歩いてくる彼に攻撃した。
スレイの身体に3体のオークやスケルトンが槍を刺して、やっと仕留めたかと思いきや───彼の身体は徐々に黒い何かに覆われていき、それは硬化していった。
黒い鎧───そう、それは洗血の鎧甲で、そのバイザーは血に飢えたように赤くなっており、ボロボロの赤い外套も背中から現れた。
スレイだった者は、身体に刺さった槍を引き抜くと、近くにいた魔物に一振りして一掃した。
指揮官に近寄らせまいと重装のオークが立ちはだかるものの、鎧を着たスレイは、自分より一回り重い彼等の首を掴んで持ち上げると、それぞれを左右の壁に投げ付けた。
壁に叩きつけられた重装備のオークは投げられた勢いのあまり、着ていた防具が意味を成さない程の衝撃により、即死した。
「ば、馬鹿な・・・重装のオークを最も簡単に・・・」
先程の光景を見たゲルニクスの表情からは余裕の笑みが消え、ハンス達3人は他の魔物が動揺している隙に包囲から抜け出した。
焦りを見せたゲルニクスは、鎧を着たスレイを殺すよう指示を出し、魔物が一斉に狙いを定めるが───そんな事は、今の彼にとって無意味だった。
血に飢えた黒い騎士は、自身が先程倒れていた所からライフルと剣を拾うと、抵抗する魔物を手甲の刃や剣で斬り裂き、壁を走りながら自分のライフルで撃ち───縦横無尽に敵を蹂躙していった。
高速で部屋中を飛び交い、相手を屠るその様はまるで、化け物───そう形容するしか無く、その姿を見た敵のみならず、スレイの味方である筈のハンスやイシュメラ、半人であるレイラですら、戦慄を覚える程だった。
魔物達は自分達よりも化け物である者に対し、抵抗するものの、1体、また1体と仕留められていき、逃げ出そうとする者もいたが、指揮官の『逃げるな』と言う無茶な指示や、そもそも鎧を着たスレイの速さに追い越されてしまい───部屋内にいた魔物は指揮官であるゲルニクスを除いて全滅した。
圧倒的な力で蹂躙されるその光景に戦慄した彼は、任務の事などどうでも良くなったのか、スレイだった者へと、連れて行く予定であったベアトリスを投げつけたが、彼はすぐに受け止めた。
ゲルニクスが逃げていくのを見て、スレイは抱えていたベアトリスをレイラに渡し、彼は走って最後の獲物へと襲いかかった。
「こっ、こっちに来るなあぁぁ!!」
正気を失い、錯乱状態に陥ったゲルニクスは攻撃魔法を唱えようとするが───唱える寸前に顔を掴まれて阻止された。
彼は宙に浮かされて、情けなく腕や脚を振り回すものの、次第にスレイの握力は強くなり、そのまま果実のように握り潰された。
握り潰した直後、その返り血が鎧に付着するものの、まるで吸収されるかのように消え、スレイはその場で立ち尽くしていた。
他の3人は、慈悲や理性を感じないその悍ましい光景に驚愕し、レイラの腕の中で目を覚ましたベアトリスは、黒い鎧を見に纏ったスレイを凝視した。
辺りは死屍累々となっており、辺りに散乱した血肉が神聖な場所を穢した。
そして、周りに襲ってくる者がもう居ないと認識したのか───鎧は解除されて元の姿に戻った。
「鎧が消えた・・・?」
鎧が消えたように見えたものの、イシュメラは、あの黒い鎧が、スレイの体へと溶け、吸収されていったように見えていた。
「〔あの鎧、一体何なの・・・? 防具自体に意識があると言うの・・・?〕」
彼女は鎧について不思議な感情を抱くものの、それよりも呆然としているスレイの方に目を向けた。
「あの子、大丈夫・・・?」
「さぁな・・・ただ、警戒はしといた方が良いだろう」
ハンスやイシュメラは、もしもの事を考えて警戒を怠らなかったが、彼等の予想とは逆に、スレイは時が止まっているように、その場で止まったまま・・・彼は、生気を失ったように茫然と立ち尽くしていた。
ベアトリスがスレイに駆け寄る。他の仲間はこちらに襲って来るのではないかと警戒していたが、それでも彼女は静止を振り切った。
ベアトリスはスレイの目の前に立つと、彼は意識を失っているのか、そのまま倒れていく。彼女は彼を受け止め、そのまま自分の膝を枕にして仰向けにした。
3人も駆け寄るものの、状況が理解できずにいた。
「さっきまでのスレイは何だったんだ?」
「解らない・・・ただ、洗血の鎧甲が彼に取り憑いたのも事実よ」
ハンスとイシュメラが先程までの状況について話している中、レイラは顔を俯かせて座り込むベアトリスの肩に触れて慰めていた。
「イリス様・・・貴女のせいでは無いんです。だから・・・泣かなくても・・・」
レイラから慰められている中、ベアトリスは意識を失っているスレイの手を握り、彼に涙を落としていた。
───その光景は、スレイの脳裏に流れたあの映像と似ていた。
遅れましたが少しでも見ていただけると嬉しいです。




