第2章:邪竜と黄金色の竜 10話:制圧
前回までのThe Outsider
ガレストル達と会ったスレイ達は、冒険者として依頼をこなす事になった。
依頼内容は、"失踪事件の真犯人がいるとされる洞窟と、それを守るように陣取る野営地の制圧"だという事で、その依頼主は町を治めている領主、カイゼル伯爵からだった。
失踪事件の被害者には、人間の若い少女、女性がおり、被害に遭う直前にいた男性は、殺害されている事が殆どだった。
軍隊に任せるべきものを冒険者に依頼したのは、"アストリア王国との戦争準備"をしているからとの事で、まともに取り合ってもらえなかったようだった。
その為、彼は知り合いであるガレストルを頼って、冒険者を募ってもらう事にしたようだ。
戦争準備と聴いてしまったスレイは焦燥するが、何とか平静を保って不安な感情を抑えていた。
しかし、それでも彼の内心は友人達への心配で、穏やかな気持ちにはなれなかった。
依頼の説明が終わった後、イシュメラはスレイの服装について指摘した。
「スレイ君の格好・・・変えた方が良いかもしれないわ」
「どうしてですか?」
「だって、王国と公国で戦争始まるなら、貴方の格好は"目立ち過ぎる"わよ?」
彼女の言った事は正しく、銃だけならまだしも、銃士隊の服を着ている彼は、巡回中の兵士から尋問を受ける可能性が高かった。
今更ながら着替える事になったスレイは、イシュメラと共に武具屋に入る。彼は子供のように扱われる事に恥ずかしさを覚えていた。
ハンスとベアトリスが2人を待っている間、気まずい雰囲気が流れていた。
「あの・・・」
ベアトリスがハンスに声をかけると、彼は鋭い眼光で彼女を怯えさせた。
「あっ、すみません・・・」
怯えた彼女が謝ると、彼も不本意では無かったのか、帽子を押さえながら謝った。
「・・・悪いな」
「ハンスさんが謝る事では・・・」
「それで、何か言いたい事でもあったか?」
そう言われた彼女は少し迷いながらも腹を括った。
「───ハンスさんの"能力"は、一体何ですか?」
「何故それを訊く?」
「すみません、気になってしまって」
彼女がそう言った理由は、恐らく彼と旅をする中で見せた投擲術と常人とは思えない程の鋭い感覚だった。
その点を踏まえて、最初は彼を亜人種かに思えたが、とてもそうには見えず、かと言って常人でここまでなるのは考えにくかった。
理由を聞いた彼は、腕を組みながら沈黙を貫いており、その横顔が彼女には不機嫌に見えた。
「・・・すみません」
「・・・なら、お前に一つ訊きたい事がある」
「何でしょうか?」
「お前は、自分に"違和感"を持ってないか?」
彼の言う"違和感"とは、イシュメラと対峙した時に見せたものの事で、彼女自身も知らない内に意識を失っている事へ疑問があった。
「確かにあるのですが、分からないんです・・・私が意識していない内に何が起こっているのか」
「・・・そうか。悪かったな」
それを聞いて、ハンスは再び帽子を押さえる。その時の彼がどんな事を思い、考えているのか彼女には分からなかったものの、唯一感じた事があった。
「〔悲しい・・・瞳?〕」
帽子のつばで目元が隠れる前、彼の瞳を見た彼女はそう感じる。素っ気ない態度を取るものの、何処か悲しい雰囲気があった。
「ハンスさん」
「・・・何だ」
「もし、困っている事があれば相談に乗ります。余計なお世話かもしれませんが・・・」
彼女からの言葉に唖然とするが、彼はそれを鼻で笑う。しかし、それは呆れているようにも、安心したようにも感じられた。
そして、服屋から2人が帰って来て、外のベンチで待っていた2人はスレイの格好を見た。
銃士隊服の下に着ていたボタン付きのシャツとズボンに、肩当て付きの茶色の革鎧を胴部に身に付け、頭部には、鉄製の型を布で覆ったヘッドギアを装着していた。
更に、装備を隠す為なのか、口まで覆う程の赤い頭巾付きの外套を着用していた───しかし、恐らく服屋で買ったのはその程度で、膝当てや肘当てとブーツは銃士隊の装備品のままで、ゴーグルは首から下げていた。
スレイの格好を見たハンスとベアトリスは、なんとも言えない感覚になっていた。それもその筈、服装にそこまで変化が無かった。
1人は帽子を押さえて見なかった事にしようとしており、もう1人はどう言えばいいのか迷っていた。
注目されている当の本人も、自らの感性に薄々恥ずかしさを持ってしまう程で、イシュメラに助けを求めるように視線を送るが、彼女は気まずそうにそっぽを向いていた。
慌てふためくスレイに、ベアトリスは安心させようと声を掛けた。
「に、似合ってると思いますよ・・・?」
ぎこちなく微笑みながら言った彼女に対して、彼は少し疑いを見せながらも、目を丸くした。
「本当に・・・?」
「は、はい・・・」
どうやら彼女の言った事は本当のようで、彼は赤面する顔を隠すように、首元に巻いているマントの布を口元に上げた。
「〔スレイ君、ちょろいな・・・〕」
あまり褒め慣れていないのか、それとも女性慣れしていないのか、隣で照れ臭そうにするスレイを見て、イシュメラは苦笑いしていた。
スレイ達は装備を整えた後、馬車に乗って直接向かう事にした。
ところが、荷台の中にはラオネの姿が無く、ザンガ、フェン、アレヌア以外は気になっていた。
「なぁ、ザンガの旦那、もう1人は?」
デレクが訊くとザンガは、話をはぐらかすように答えた。
「あぁ、まぁちょっとな」
馬車が出発し、手綱を握る御者が何者かなど、スレイも考えてはいたものの、そんな事を考えている間にアクシデントが起きた。
途中で馬車が止まり、外では御者と口の悪い男の会話が聞こえてきた。
「頼みます、どうか見逃してください・・・」
「あぁ!? 見逃せるかよ、なぁ?」
「おい、荷台の中を調べろ」
荷台に張っている布越しに見える影と合わせると、5人ぐらいはいる。恐らく賊の類だろう。
スレイはホルスターから拳銃を抜き出して引き金に指をかけようとするが、ザンガは抑えるように、と手で合図した。
緊迫した状況の中、外にいた男の1人が悲鳴を上げた。
「どうした!?」
別の男がその1人に駆け寄るが、彼は激しく咳払いをしていた。
しかし、次の瞬間にもう1人の男も悲鳴を上げ、馬車を囲んでいた者達は動揺していた。
「何だこの化け物!?」
「殺せ、ぶっ殺せ!!」
「やめろ、こっちに来るなあああ!!」
馬車の外は阿鼻叫喚と化しており、荷台の布に血が付着した。
「ひっ・・・」
ベアトリスはその血を見て怯えており、他の人も引き気味であった。
そして外は静かになり、御者が荷台に顔を出した。
「手間を掛けてしまい、申し訳ありません。では出発します」
まるで何事も無かったように馬車は進み、目的地付近まで辿り着いた。
目的の野営地には見張り台が2つ、正門の左右に配置されており、入口も正門だけだった。
野営地にどれだけ居るのかは分からないものの、恐らく殆どが賊やゴロツキで構成されていると、大人達は推測していた。
そして彼等が守る洞窟───その中に失踪事件の被害者と犯人がいるのは明確だった。
「よし、此処からは手分けして制圧する、それでいいな?」
ザンガの言葉に他の人も頷き、スレイやガレストルは彼と話し合った。
話し合いの結果、ザンガ達3人が野営地の制圧、洞窟内はガレストル達とスレイ達で制圧する事になった。
先に見張り台にいる弓使いをアレヌアが狙撃し、正門から現れたゴロツキ達をフェンが無力化していった。
その時、ザンガも正門から内部に入っていき、襲いかかる者達を一刀の元で切り伏せていった。
スレイ達も野営地に入ると、そこには辺りに屍が転がっており、その中には恐怖で目が見開いていた屍もあった。
スレイ達は動揺こそするものの、無視するように洞窟の中へと進んだ。
彼等が洞窟に入るのを確認したザンガはフェンとアレヌア、そして謎の御者と合流した。
「ラオネ、もう解いていいぞ」
ザンガがそう言うと、御者は溶け始めて三頭身のスライムになった。
「ふー・・・演じるのも大変だね」
ラオネは黄色い雨合羽と仮面を付けた。
「よし、準備はいいな。俺達は此処でパトロール中の奴らを誘き寄せて全員仕留める。絶対に洞窟の中には入れるなよ?」
ザンガの指示に、2人と1体はそれぞれ反応した。
一方その頃、洞窟内ではスレイ達とガレストル達が犯人を探していた。
途中の分かれ道で、2つの隊はそれぞれ探索することにした。
道には様々なところに暗い穴があり、いつ何処から襲ってくるのか分からない状況だった。
ベアトリスとイシュメラのグリマーで辺りを明るくしているが、それでも範囲には限界がある。もしこの光が消えれば、状況は一気に悪くなるのは確実だった。
スレイが歩いていると、彼の背後にある穴から"何か"が目を覗かせた。
その"何か"は弓を引いて、彼の頭に矢を放とうとするが、先に自身の頭に石が命中した。
声を出す暇なく穴から落ちてきたそれに反応したスレイ達は驚きを隠せなかった。
落ちてきた死体はゴブリンで、スレイに矢が撃たれる前に、ハンスがその気配に気付いて投擲したようだった。
「チッ、囲まれてるな・・・」
ハンスの言った通り、彼等は敵に囲まれており、四方八方どこから奇襲を受けても不思議ではなかった。
4人は背中合わせになってお互いを守るようにした。
それぞれ向かってくるゴブリンに攻撃を仕掛けるものの、倒してもキリがない事を悟ったのか、ベアトリスはプロテクを唱えて、自分達の範囲に結界を張った。
「このままでは犯人は逃げてしまいます、先を急ぎましょう!」
彼女の言葉に他の3人も頷き、彼等は前進した。
プロテク内からの攻撃はできる為、魔法を唱えているベアトリス以外の者達が、向かってくる敵の数を減らしていった。
敵は穴から現れたゴブリンの他に、スケルトンに似た魔物、竜牙兵がいた。
イシュメラは襲い掛かる竜牙兵を見て、この洞窟には"術士"がいると推測した。
術士───それには、様々な意味を持つものの、彼女の考えとしては、竜牙兵がいる事から、召喚術士が関わっていると考えていた。
4人は襲いかかる敵にキリがないと思い、先を急ぐと、分岐のある広い場所に出た。
彼等が辺りを見渡して、どこの道に入るか考えていると、ベアトリスがある事に気付いた。
彼女がふと地面を見ると、そこには魔法陣が微かに描かれており、それが発光していった。
「皆さん、離れて───」
危機を感じた彼女が言いかけるものの、既に手遅れだった。
魔法陣が発動すると、彼等は眩しい光に包まれて消えた。
スレイが目覚めると、そこはまだ洞窟内のようで、他の3人とは離ればなれになってしまった。
拳銃と銃剣を左右の手に持ち、薄暗い空間内を歩いた。
冷たい空気と、緊迫した状況の中、仲間が居ないだけでここまで不安になるのかと、彼の中では思っていた。
いつ何処から襲われるか分からない恐怖の中、彼に『ねぇ』と誰かが呼んだ。
自分を呼ぶ声に対して、気を動転させた彼が後ろを振り向くと、そこにはラオネがいた。
「ねぇねぇ、落ち着いてよ。ボク悪い奴じゃないんだからさ───そんな物騒な物下ろして、ね?」
スレイは、敵じゃないと判って銃を下ろした。
「どうして君が?」
「ザンガから言われてね・・・ちなみに外に関しては、"増援含めて"もう制圧済みだよ」
「そうなんだ・・・」
「じゃあ先急ごうね、"お兄ちゃん"」
『お兄ちゃん』と言われた事に動揺しながらも、彼は行動を共にした。
一方その頃、ハンスとイシュメラは向かってくる魔物を蹴散らしながら前進していた。
「ねぇ・・・ねぇってば!!」
「うるせぇな、何だ!!」
「あの子達大丈夫かしら?」
「知るか」
「薄情ね。でも本当は心配してるんでしょ?」
「黙れ」
そんな無駄話をしている内にも、彼等は先に進んでいった。
そしてベアトリスは───彼女はスレイと同じく1人だけで転移させられていた。
グリマーを使える為、スレイと同じような事にはならないが・・・それでも不安が強かった。
「〔皆さんと合流しないと・・・〕」
そう思っていた矢先、小さい人影が彼女に飛び掛かってきた。
彼女は仰向けに倒れ、上には何かが馬乗りになっていた。
倒れた時に杖を手放した為、グリマーによる光が消え、相手の全体像はうっすらとしか見えないが、暗闇でも黄色い瞳は見えた───相手はゴブリンだ。
この危機に彼女は、恐怖で顔が青ざめ、呼吸が乱れる。倒れる時に手放してしまった杖はすぐ横にある為、それを取って叩こうとするものの、ゴブリンの方が早く動いた。
ナイフを取り出したゴブリンに対して、ベアトリスは目を閉じるが、彼女の予想は大きく外れた。
自分に刺したわけじゃないと思った彼女が目を開くと、そのゴブリンに口を塞がれた。
「おっと、ここで叫ぶと"お仲間"が来ちまうぞ? それもお前を嬲る為にな」
そう言われてベアトリスは落ち着き、彼は口を塞ぐのをやめた。
痛そうに立ち上がる彼女は、エイドで自分を治癒し、グリマーで再び光を灯すと、背後には額にナイフが刺さって絶命しているゴブリンがいた。
背後の屍を確認して、彼女は目の前にいるゴブリンに話しかけた。
「えっと、貴方は───」
しかし、その姿を見た時、彼女の顔は一気に青ざめる。そう───そのゴブリンは、彼女とマルシェを襲った個体だった。
「恐怖に青ざめたその表情・・・どうやら忘れていないようだな」
彼女は下衆に嗤う彼を睨み、杖を向けた。
「おっと・・・」
「あ、貴方の目的は何ですか・・・どうして私を"狙う"のですか?」
怯えながらも問いかける彼女に、彼は笑ってしまった。
「な、何がおかしいのですか!?」
「"狙う"だって? そんな事をするならお前はとっくに死んでいる」
「ならどうして・・・」
「"本当のお前を覚醒させる"のさ」
「本当の・・・私を?」
「そうさ。お前は自分に"違和感"を感じていないか? まるでこの世界が初めてじゃないような感覚、危険な状況なのにも関わらず、記憶が欠如したりとかな」
その言葉に対して、彼女は心当たりがあった。
この世界の地を懐かしく思うような気持ち、危険な時に度々起こる意識の消失、そして夢に出てきた黄金色の竜───これらが偶然だとは、彼女も思えなかった。
動揺して考え込む彼女だったが、離ればなれになったスレイ達を思い出して先を急ごうとした。
「おい、どこに行く気だ?」
「自分の仲間と合流したいので先に・・・」
「ああ、という事はあの"小僧"か」
彼女は、彼が言った単語を不思議そうにしながらも先を急いだ。
仲間を探す中、背後にはあのゴブリンが付いてきており、ベアトリスは不安だった。
仲間としては心強いものの、いつ襲われるのか分からない不安があるせいか、逆に心細かった。
「背後からでもお前の動揺は判るぞ」
「や、やめてくださいよ・・・」
馬鹿にするような笑い方に溜め息を吐きながらも、彼女は訊きたい事があった。
「あの、何と呼べば良いのですか?」
「名前か? ああ、そうだな───俺の名前は"カディウス"だ」
1人と1匹が共に行動していると、向こう側から敵影が見えた。
彼女達が岩陰に隠れてやり過ごし、先を急ぐものの、偶然にもスケルトンと出会してしまった。
スケルトンが手に持った剣を振り下ろす前に、ベアトリスはアロウを唱えて、光の矢を放った。
光の矢はスケルトンの頭を吹き飛ばし、そのまま崩れる。彼女も焦っていたのか、呼吸が乱れていた。
「これはこれは・・・随分と戦闘慣れしたようだな」
「えっ? あっ、ありがとうございます・・・」
褒められたと思った彼女は、カディウスに感謝するものの、彼はすぐに訂正した。
「勘違いするな、コイツは既に死んでる奴だから良いものの、生きている奴と対峙すればどうなるか・・・見ものだな」
その言葉に彼女は不安を覚えるものの、そのまま先に進んだ。
少し広い空間に辿り着いたベアトリス達を待っていたのは、大きな球体状の魔物で、体の大部分を占めている大きな単眼が、彼女達を見ていた。
それは、"ゲイザー"という魔物で、ベアトリスは杖を構えながらも後退りした。
「カディウスさん、あの魔物は───カディウスさん?」
カディウスからの応答が無く、ベアトリスが横を見ると、彼はそこにいなかった。
逃げたのだろうか、それとも見捨てられたのか───彼女はあまりにも驚きを隠せなかったが、目の前で見つめる魔物と対峙しなければならなかった。
「〔私だけでも、やるしか・・・!〕」
彼女はプロテクの魔法で自分を防御し、アロウの魔法で光の矢を放とうとしたが、魔物の眼が妖しく光ると、彼女の目の前で爆発が起こった。
爆発によって彼女は吹き飛ぶが、プロテクで張った結界により、大事には至らなかった。
ただ、それでも痛みはある為か、壁に激突した彼女は涙を堪えていた。
しかし、そんな状態に魔物が情けをかけるとは思えず、彼女は再び杖を構えた。
彼女は魔物の眼が光ると同時に、魔力による攻撃を吸収する魔法"アブソーブ"を唱えて、先ほどから続いた攻撃を無効にした。
相手の攻撃を無効化した彼女は、アロウで攻撃しようと試みるが、この魔物についての生態をあまり知らなかった彼女にとって、それは大きな間違いだった。
魔物の目が再び光り、ベアトリスはアブソーブを唱えようとするが、彼女はある"異変"に気付いた。
異変───それは、唱えても魔法が発動しない事にあり、彼女はすぐ判った。
唱えた魔法を無効化する"ヴォイド"という魔法で、彼女がいくら唱えようとも効果はない。
「〔どうしよう、このままじゃ・・・〕」
彼女は近くにある岩に身を隠す。幸いにもプロテクの結界は、ヴォイドで無効化される前から唱えていたのでまだ残っていたものの、それでもいつ消滅するかは時間の問題だった。
岩陰に身を潜める彼女へ、魔物はゆらゆらと浮遊しながら向かってくる。
気配が近づくにつれ───彼女の呼吸は乱れ、恐怖により手が震えていた。
『───何故、本当の自分を恐れる?』
突然の頭痛と同時に、ベアトリスへと問いかける声───それはまるで、彼女を知っているかのような物言いだった。
『お前には、あの魔物を屠る実力がある・・・それを何故使わない?』
何を言われているのか全く理解できない彼女は、謎の頭痛を耐えるしかなかった。
ゲイザーが迫る中、彼女は手に持った杖を強く握り締めて覚悟を決めた。
頭痛が続くものの、それでもゲイザーは容赦しない───岩陰から出た彼女は、相手に杖を振り下ろそうとしたが、見えない壁で弾かれてしまった。
弾かれた反動で、地面に尻餅を付いた彼女は、間近に迫る巨大な眼光に恐怖した。
魔物の瞳孔と目と合い、死を覚悟したその時、魔物の上から小さな人影が姿を現した。
それはさっきまで姿を消していたカディウスで、彼は邪悪な笑みをベアトリスに見せた後、ナイフを逆手に持ち替えて、ゲイザーの眼に突き刺した。
刃を突き刺すと、潤った生々しい結膜は血を噴き出して風船のように萎んでいき、彼はナイフを突き刺しながらそのまま滑り落ちてきた。
純白の神官服は魔物の鮮血で汚れるものの、ベアトリスはそんな事を気よりも、唐突に現れたカディウスに呆然としていた。
「どうした、助けられたのがそんなに不満か?」
正気を保つのに精一杯だった彼女は、周りの事を遮断してしまっていた。
「こりゃあ駄目だな・・・何だ?」
頭を抱えて匙を投げたカディウスは、何人か足音を聴き取ると、その場から姿を消した。
『小娘、せいぜい気をつける事だな。"お前の情報"は、奴等に───』
その意味深な単語を彼女は聞いていたものの、今それについて考える事はできなかった。
カディウスが消えて少し経った後───ベアトリスのいる場所に着いたのは、スレイ達で、彼等はガレストル達とも合流していた。
スレイ達はそれぞれ武器を構えながら血塗れのベアトリスに近付き、彼女が振り向いた事により、他の人は気付いた。
スレイは血塗れになったベアトリスに駆け寄るものの、彼女は目を合わせても話すことが出来なかった。
隣には眼を斬られたゲイザーの死骸があり、ベアトリスがやったものなのかと彼等は思ったが、彼女の様子がおかしい為、そこまでの言及はしなかった。
ガレストルはブラン、アンナ、ゴードンの3人にベアトリスを外へ連れ出すよう指示を出し、残りの者でこの先の制圧をする事に決まった。
沈黙しているベアトリスを見て、スレイは落ち込むものの、イシュメラは彼の背中に触れて慰めた。
「気にするだろうけど、気にしない方が良いわ・・・私達も無事にこの依頼を達成させましょう」
「はい・・・」
スレイは暗い声で返事した後、ライフルを再び手に持った。
そして奥へと進み、そこには扉があり、鍵は掛かっていなかった。
扉を静かに開くと、そこは螺旋状に斜面が続いており、その先には、ローブのような格好をした1体の蜥蜴人と何体かの竜牙兵に何人かの人間、そして両手両足を枷で拘束された10人前後の少女達がいた。
「グレスコの旦那、どうでしょうか?」
1人の男が媚を売るように伺うと、グレスコと呼ばれる蜥蜴人は、少女の身体を見る。舐めるような見方に少女達は怯え、涙目になってる者もいた。
その光景に、冒険者達はそれぞれ嫌悪や憤怒の反応を見せるが、中でもスレイはその光景を見ながら、ライフルを強く握り締めていた。
「・・・馬鹿な真似はよせ」
ハンスに言われて、スレイは心を図星を突かれたように驚きを示した。
「・・・銃でここから狙えば、全員仕留められます、だから───」
「お前が早撃ちに自信があるとは思えんがな。しかも、銃を撃つ事で、かえって人質に危険が及ぶ可能性もあるんだぞ?」
「ならどうすれば・・・ハンスさんはこの光景を見ても平気なんですか?」
「まぁ、"慣れちまった"からからな」
「ちょっと、無駄話する余裕は無いでしょ?」
イシュメラに注意されて2人は黙るが、彼女はある事に気付いた。
「そういえばラオネ君は?」
ここに突入するまではいたものの、今では姿が見えず、6人が探していると、向こうの方が騒がしくなった。
「公国の軍隊がこちらに気付きました!!」
「何だと!? おのれ・・・」
グレスコは、1人の男の首を掴んだ後、首を握り締めて殺すと、少女達以外の人間は、竜牙兵により跪かされて首を斬られた。
「撤収するぞ、"魔王様への献上品"を人間共に奪われるな!!」
撤収しようとする中、ガレストルはメイアに指示を出し、彼女は人質にプロテクの魔法を唱えた。
「今だ!!」
スレイとイシュメラとデレクの3人で援護をしながら、ハンスとガレストルは下に降りて、人質を救出しに行った。
竜牙兵を全て倒され、残りの4人は人質を誘導し、ガレストルはグレスコに剣を向けた。
「降伏しろ、そうすれば命は取らない」
「貴様ら人間如きに、我々の邪魔はさせん・・・!」
グレスコはそう言うと、スモークの魔法で煙幕を張り、冒険者達の視界を奪うが、ハンスがスレイの剣を奪ってそれを煙の中で降った。
煙の中では悲痛の声が聴こえるものの、視界が晴れた頃にはグレスコはいなくなっていた。
地面には血と斬り落とされた尻尾が落ちており、失踪事件の真犯人には逃げられたようだった。
「逃げられたね・・・」
「取り敢えず、人質を外に帰さないか・・・旦那?」
「そうだな・・・」
ガレストル達の方ではそう決まるが、スレイは血痕が不自然な所で途絶えている事に気付いた。
壁のところで途絶えている血痕を追い、その壁に触れると、その壁が透けた。
スレイは確信したようにその中へ入り、他の人達は驚いた。
「嘘、壁の中に入った!?」
「イシュメラ、お前はガレストル達と一緒に人質を守れ」
「ちょ、ちょっと───」
「俺は、あの馬鹿を連れてくる」
ハンスもスレイの後を追うように壁の中に入り、イシュメラは驚きから不満そうな目で見送った。
スレイはライフルを構えながら、隠し通路を進む。幸いにも、松明が左右の壁にかけられていた為か、司会の問題は無かった。
血痕を追うものの、途中で途絶えてしまい、その先は分岐点だったせいか、彼は追跡を諦めるしかなかった。
そんな時に背後から声をかけられ、彼は驚く様にライフルを構えるが、そこにいたのはハンスだった。
「おい、そんな物を向けるな」
「あっ・・・」
ハンスだった事に、スレイはライフルを下げた。
「1人で突っ走るな、ベアトリスが心配するぞ?」
そう言われて帰るよう促されて、スレイは彼と共に戻っていった。
そして、その頃───グレスコは洞窟から出て、走っていた。
「〔クソっ、何故人間どもに気付かれた!? これでは魔王様にどんな罰を受けるか・・・とにかく仲間との合流を急がねば!!〕」
しかし、彼が仲間との合流先に着いても仲間はこの世にいない───何者かの手によって、全滅していた。
「ああ、仲間なら皆んな全滅させたよ」
グレスコの前に現れたのは、黄色いレインコートと仮面を付けた者───ラオネだった。
「貴様1人か?」
「そう。あっ、ちなみに『公国の軍隊がこちらに気付いた』って話、あれ嘘ね。信じてくれてありがとう」
「おのれ・・・貴様は何者なんだ!?」
「そうだね・・・ボクは、いや、"我々"は───」
その先の事は分からない。強いて言うなら───グレスコはその後、首だけになり、カイゼル伯爵に献上されるものの、彼は要らないと拒否した。
首だけになったその表情は、眼を大きく見開き、口は開いたまま固まっており、まるで死ぬ寸前まで叫び声を上げていたような、絶望の表情だった。
依頼が終わり、ベアトリスも平静さを取り戻した事で、冒険者達は村の酒場で祝勝会を開いていた。
報酬は依頼に従事した冒険者それぞれに渡されたものの、ガレストルはエイミーに渡した。
「そういえば、君達はこれからどうするんだ?」
ガレストルからそう訊かれて、スレイは次の目的地について話した。
「そうか・・・この先の砂漠地帯は魔物の他にも暑さに倒れる可能性があるから、気をつけてほしい。君達の旅路に光明があらんことを」
「ありがとうございます。ガレストルさん達にも光明があらんことを」
その後、スレイ達は旅を再開し、彼等は砂漠へと向かった。
これからも不定期で続きます。




