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報告と新たな問題

 いつものように受付の席でうつらうつらとしていたポルカは、扉が開く音に反応して目を開く。


「…………おんやぁ……?」


 顔を伏せていたためだろう。先に入ってきたアルスよりもその後ろにいた背の低いレンの方が先に目に入り、ポルカは眠気混じりの間の抜けた声を出す。


「アルスさぁん……一体どこからさらってきたんですかぁ?」

「依頼を終えた冒険者にかける第一声がそれかよ……。ちょっとした昔馴染みに偶然会っただけだ」

「へぇ……ちょっとした昔馴染みですかぁ……」


 ポルカは興味を持った目を交互に二人に向けるが、それ以上あまり追求する様子を見せず、話を続ける。


「まぁいいでしょう。それで、依頼達成の報告ということでよろしいですかぁ?」

「ああ、薬草採集の方はそれでいいんだが……巡回依頼のほうは、ちょっと気になることがあってな」

「気になること……?」


 アルスは薬草の群生地で起こったことをかいつまんで話す。

 その内容は、主にゴブリンの大量発生について。通常よりも何倍もの数の群れが住み着いていたことを話す。

 話が進むにつれて、ポルカの表情が珍しく真剣なものに変わっていった。


「それは確かに気になりますねぇ。気にはなりますが……それよりも、アルスさんが無事で何よりです。お怪我はありませんか?」

「右肩を殴られたけど、痛みも引いたしもう問題ない。だけどレンがいなかったら、もうここに帰ってこれなかったかもしれないな」

「そうですかぁ……」


 ポルカはおもむろに席を立ち、レンの前まで移動する。その仕草にいつものような気だるさはない。


「レンさん……でしたね?」


 報告の中で出てきたレンの名前を呼ぶと、受付嬢らしい綺麗な姿勢で頭を下げた。


「町を代表してお礼を言わせてください。アルスさんを助けていただいてありがとうございます」

「ううん、そんなに礼を言われるようなことじゃないよ。アルはボクにとって大切なヒトなんだから、助けるのは当然のことだよ」


 謙遜も嫌味ったらしさもなく、言葉通り当然といった態度を示すレン。


「大切なヒトですかぁ……。あなたとアルスさんがどんなご関係なのか気にはなりますがぁ……この町にとっても、アルスさんは大切な存在なんです。みんな彼には大変お世話になってるんですよ」


 ポルカの視線がこちらを向く。アルスは照れくささに耐えきれず、思わず視線を逸らした。


「……ん、そっか。アルは町の人たちから頼りにされてるんだね。よかったよかった」

「保護者みたいなことを言うな」


 うんうん、と感慨深そうに頷くレンの動きを止めるように、アルスは頭を上から押さえる。


「そうなんです。アルスさんがいてくれるおかげで、私も随分と楽になったんですよ」

「お前は絶対、俺相手だと遠慮無く寝られるから楽ってだけだろ!」

「……あはぁ、バレましたぁ?だってアルスさんってばお優しいからぁ、勤務時間中や話の最中にうたた寝しててもあまり怒らないじゃないですかぁ。ですからぁ、ついつい甘えてしまうんですよぉ……」


 擬音にするなら「へにゃっ」だろうか。ポルカは真剣だった表情を一気に崩すと、傍にあった椅子に腰かけてへらへらと笑う。

 これは怒るところなのだろうが、あまりに悪びれの無いその態度に、何かを言う気すら湧いてこなかった。


「オホン、では話を戻しましてぇ……」


 ポルカはわざとらしく咳払いをして、続ける。


「依頼達成お疲れ様でしたぁ。ゴブリンの姿は、それ以上は……?」

「とりあえず確認はできていない。もう、あれ以上はいないと思いたいな」

「――いや、多分まだいると思うよ」


 そう口を挟んだのはレンだ。


「……どうしてそう思うんだ?」

「そもそも僕がカーネ森林に入ったのは、二国間を繋ぐ街道にまでゴブリンが溢れてきたからなんだよ」

「なんだって!?」


 魔物はあまり街道には姿を現さない。

 人工的に舗装された道には食料となるものも少なく、身を隠す場所もない。それに加えて定期的に巡回にくる騎士団という外敵もいる。野生に生きる者たちにとって、街道に飛び出すメリットは少ないのだ。生きるという目的を持たないアンデットや、そもそも意思を持たないような魔物ならば話は別だが。


 ゴブリンは基本的に臆病な魔物だ。街道に姿を見せたということは、何かしら理由があるはずである。

 考えられるのは他の魔物から逃げてきたか、あるいは何らかの要素で好戦的になっているか。

 特にゴブリンは単体でいるときは臆病だが、群れでいるときは増長して気が大きくなりやすい。数で劣るアルスに対して勝ち誇ったように煽ったのがその証拠だ。


 街道に出るほどゴブリンが増長したのだとすれば、まだまだカーネ森林に仲間がいる可能性は否定できない。

 普段はしないような行動をするくらいだ。よほどの仲間がまだ隠れているのだろう。


「なんでそんな大事なことを早く言わなかったんだよ!」

「ご、ごめん……。でも、気持ちが昂ってそれどころじゃなかったっていうか……ボクも浮かれてたっていうか……」


 しょぼんと落ち込むレンに、アルスは声を荒げたことに罪悪感を抱く。

 そんな大事なことを忘れるほど、自分と出会えたことに喜んでくれていたのだ。ゴブリンの邪魔が入ったときの激昂はそれの裏返しだろう。

 それが分かってなお責められるほど、アルスは非情にはなれない。


「とにかく、これは原因の調査が必要になりそうですねぇ。町長さんにも報告してぇ……」

「俺が行くよ。元々、異常があれば知らせるまでが依頼だし。……じーさんにレンの紹介もしておきたいしな」

「……紹介?」


 ポルカはレンの方へ視線を移動させる。


「ということは、レンさんもこの町に住むんですかぁ?」

「もちろん。アルがいるなら、ボクも一緒に冒険者やるよ」

「おやおや、これはなんとまぁ……頼もしい限りですねぇ」


 ポルカは小さく拍手をする。

 実際のところ、レンはゴブリン二十匹以上を全く苦にしない実力だ。それを間近で見たアルスは、ポルカ以上に頼もしさを感じている。

 それと同時に、昔は自分がそう思われる立場だったと思うと複雑な気持ちにもなった。レンの実力に嫉妬しているわけではないが、過去の栄光の記憶が戻っただけに口惜しい。


 ――せめて足だけは引っ張らないようにはしなければ。


「……ですが、あの広い森林の中をお二人だけで調査するのは難しいでしょう。場合によっては近辺の組合支部にも依頼を貼り出してもらって、何人か別の冒険者の方々を募ることも視野に入れなければなりませんかねぇ」

「その辺りのことは町長の判断次第だな」


 アルスの言葉に、ポルカは頷いた。


「……ところで、レンさぁん。この町に移住するということでしたがぁ、住むところはもうお決まりで?」


 話が一段落したところで、ポルカは話題を変える。あくび混じりだったせいで、普段以上に力の抜ける声だった。


「うん。決まってるよ」

「……えっ?」


 即答に近いレンの返事に目を丸くしたのはアルスだった。

 今日初めて来たはずの町のどこにそんな場所があるのだろうか。アルスと出会わなければレイン・カルナに住むという選択肢すら出なかったはずなのだから、何らかの手段で事前に用意しておくのもできないはずだ。


 一体いつの間に――と考え始めた時、アルスはレンの視線が自分に向いていることに気づく。

 そして、その視線の意味を察した。


「……まさかお前……俺の家に住むつもりじゃないだろうな?」

「えー、ダメ?」


 ――やはりそうだったか。


「他にいくらでも空き家はあるはずだ。わざわざうちに来なくても、町長に相談すればそこに住めるようにしてくれると思うぞ」


 レイン・カルナは辺境の田舎町。冒険者組合支部が作られるほど活気づいていた時期に建てられた家の多くが空き家となって、今やただの風景を彩る存在となっている。

 取り壊すにも費用がかかるから残しているだけであって、誰かが使う予定があるわけでもない。町長に頼めば喜んで使わせてもらえるだろう。


「でもほら、これから一緒に仕事するんだったら一緒に暮らしてたほうが何かと楽じゃない?」

「まぁ、そうかもしれないけど」

「それに家事の負担も分担できるだろうし」

「……確かにな」

「家賃だって半分……いや、全額払ったっていいから!」

「いや、家賃は無いからそれは気にしなくていいんだが……」


 仮にあったとしても、全額払わせるのはさすがに遠慮したいところだが。


「お願い、アル!出ていけって言われたら出ていくからさ、ボクも一緒に住まわせて!」


 アルスの手を取って両手で握りながら、レンはまっすぐアルスの目を見る。

 駄々をこねる子供のようにも、譲れない願いを込めた大人のようにも見えるその瞳に、アルスはかつての【聖女】の姿が重なって見えた。


「……ふぅ、時々わがままになるところは昔から変わってないな」

「そう、かな……。キミと一緒にいたいって思うのはわがままなのかな……」

「……分かった。分かったよ。だけど部屋は余ってるが、家具とか小物とかは無いからな。その辺は自分でなんとかしてくれよ?」


 ため息混じりに発せられたアルスの言葉は、レンの願いを叶えるものだった。


「うん、分かったよ!ありがとう、アル!」


 レンは花が咲いたような笑顔を見せる。


「……話がまとまってよかったですねぇ。アルスさん、これって据え膳ってやつじゃないですかぁ。……フフ、良い報せを待ってますねぇ」


 そう言ってポルカがいたずらっぽく笑ったが、反応したら面倒なことになりそうな気がしたので、アルスは聞こえないふりをすることにした。


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