【聖女】②
レイン・カルナへと戻ってきたアルスは、薬草を詰めた袋を手に依頼主の元へと向かっていた。
決して活気づいているとは言えないこの町も、道を歩いていれば住民とすれ違うことはある。
値引き交渉に成功したのか機嫌がよさそうに手提げ鞄を揺らす女性や、眠たそうにあくびをしながら歩く青年、日差しを浴びながら散歩する老人や、楽しそうに走っていく子供達――
「あら、アルスくんこんにちは」
「今日も精が出るなぁ、アルス」
「おぉ、アルスくん。一緒に散歩でもせんかね?」
「アルスにいちゃん、そのふくろなにー?」
そんな住民達は皆、アルスの姿を見る度に声をかけてくる。それにアルスも軽く挨拶を返しながら歩いていく。
住民が少ない町では、住民同士の交流は自然と深いものになる。人口の多い都市や街以上に互いが互いを支え合っていかなければ生きていけないからだ。
こうした挨拶を交わすのもアルスにとっては日常そのものである。だが、今日はいつもと少しだけ違っていた。すれ違う住民たちがみんな、アルスの横にいる少女に珍しいものを見るような目を向けてから去っていくのだ。
「――みんな穏やかな顔してる。いい町だね、アル」
町では見かけない少女が共に歩いていれば、好奇の目を向けられるのも当然だろう。
少女――レンは気持ち良さそうに体を伸ばしながら吐息を漏らす。
ゴブリンを蹂躙した後、あの修羅のような雰囲気は消え去り、レンは元の少女へと戻っていた。
あの変貌っぷりは凄まじいものだった。少なくともアルスの知る【聖女】は天真爛漫ではあったが、あそこまで激情家ではなかった。
前世と現代の育った環境の違いがそういった性格の違いを生んだのだろうか。それにしては起伏が激しすぎるような気もするが。
「…………」
「……ん?どうしたの?ボクの顔に何かついてる?」
「……いや、なんでもない」
あまりヒトの性格について勝手に考察するのも失礼だろう。そう考えたアルスはそれ以上考えるのを止めることにした。
「まあ、いい町なのは確かだけど、何にもないところだぞ。ここまで旅をしてきた流れの冒険者にとっては退屈かもしれないな」
「大丈夫だよ。元々、旅してたのはキミを探すためだったんだから。それが叶った今ならのんびり過ごすのもいいかなって」
冒険者になったのは旅の路銀を稼ぐのに向いてたから。ゴブリンを倒した後、そう話してくれたことをアルスは思い出す。
『きっと素敵な世界が待っていることでしょう……。そんな世界を、またわたくしと一緒に歩いてくれますか……?』
『……あぁ、もちろん』
五百年前に交わした最期の約束を果たすために、レンはここまで旅をしてきた。
自分を探してくれていたことを嬉しく思う反面、ついさっきまで――前世の記憶が無かったとはいえ――それを忘れていたことにアルスは罪悪感を感じてしまう。
「……ごめんな、レン」
思わずぽつりと出てしまった謝罪の言葉。その意味を汲み取ってくれたのか、レンは首を横に振った。
「気にしないで。だって記憶が戻ったの、ついさっきなんでしょ?忘れてたんじゃなくて無かったんだから、覚えてなくて当然じゃない」
「…………」
「それにね――」
レンはアルスの前に出て、歩みを止めて振り返る。そしてうつむくアルスの右手を優しく包み込むように両手で握る。
「こうやってまたキミと触れ合える。キミとまた話せる。キミの顔が見れる。それだけでボクはとっても嬉しいよ」
レンはそう言って、【聖女】と呼ばれるに相応しい微笑みを見せた。
右手から伝わってくる温もりが、アルスの内に生まれた罪悪感を氷解させていく。
「……ありがとうな、レン」
「フフ、お礼を言われるようなことじゃないよ、アル」
自分はなんて果報者なのだろう。仲間にこれだけ想われて。
込み上げる感情が目からこぼれ落ちそうになるのをぐっとこらえ、アルスもまた笑みで返す。
「……そういえば、俺を探してたっていうなら、俺がこの時代に転生してるってこと分かってたってことだろ?なんか根拠でもあったのか?」
根拠が無ければ、そもそも探し出そうと思わないはずだ。それとも、あるかどうかも分からない宝を探し出そうとしていたのだろうか。それもある意味冒険者らしいといえばらしいが。
「――え?根拠なんてないよ?」
「……は?」
さらりと答えたレンに、アルスは目を丸くする。
「ただ、ボクが前世の記憶を取り戻した時から、なんとなーくそんな気がしたんだ。きっと他のみんなも、この時代で生きてるだろうって」
アルスの顔を覗き込むように見上げ、続ける。
「ボク達、魔王と戦って世界を救ったんだからさ。神様もまた会えるように融通してくれてたっていいと思わない?」
「ハハハッ、確かにそのくらいの特典があってもいいかもな。……もし本当にそんな奇跡が起こってるんだとしたら、他の皆は今、どこで暮らしてるんだろうな」
過去を懐かしむように空を見上げながら、アルスは歩き続ける。
こうして実際にかつての仲間と並んで歩いているのだ。レンの言葉を借りるわけではないが、なんとなく他の仲間たちも今を生きているのではないかと思えてくる。
これまで平凡な生活を送ってきたが、これからはそんな希望を持って生きていくのもいいかもしれない。