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脱出

「一気に行くぞ!もうそろそろ出口も近ェはずだ」


 崩落する瓦礫の音に掻き消されないような声量でそう叫ぶフュリアの後を、アルスは追いかけるように走る。

 元々複雑ではないというのもあるが、この数時間の間に二度も往復すれば洞窟の構造も自然と頭に入っていた。そのおかげで思いのほかスムーズに逃げることができている。

 しかし崩壊の速度も高まっており、すぐ後ろは既に瓦礫の山ができていた。残された時間は多くない。

 アルスは全力で駆ける。その時、二人の行先の天井にヒビが入ったのを視界に捉えた。


「……っ!止まれ!」


 アルスは大声でフュリアを制止し、自身も止まる。直後、目の前に瓦礫が崩れ落ちてきた。


「くそっ、塞がれた!」

「下がってろ!」


 フュリアは戦鎚()()()棒を構え、躊躇いなく〈剛加〉を発動する。壊れていようが武器として認識していれば発動可能だとフュリア――【武神(レイハルト)】が得意気に語っていたことをアルスは思い出した。


「どりゃぁあああああ!!」


 ドスの利いた怒号と共にフルスイングされた金属の棒が道を塞ぐ瓦礫を粉々にする。道は開けたが、〈剛加〉のデメリットによりフュリアはその場に膝を付いてしまう。


「ハァ……アルス、後は頼んだぜ……」

「分かった、しっかり掴まってろよ!」


 アルスはフュリアを“お姫様抱っこ”で抱え上げ、開いた道を走り出す。


「オ、オイ!何でわざわざこんな抱え方すんだよ!絶対わざとだろテメェ!」

「ハハハッ、さっきのお返しだ」

「バッカ!お前さんがやったら意味合いが違ってくるだろうが!」

「おい暴れるな!俺だって怪我してるんだぞ!ただでさえ結構重いんだから!」

「重ぇだァ!?そいつァどういう了見……ああもう!お前さん、そういうこたァ絶対にあの相棒の娘に言うんじゃねェぞ!」


 などと騒がしいやり取りをしつつ、アルスはフュリアを抱えたまま走る。途中で足を引っかけ転びそうになるが、何とか体勢を立て直した。


「頼むからずっこけんなよ!そんなくだらねェミスで死ぬなんてゴメンだ!」

「分かってる。俺だって御免だ!」


 アルスは足元に注意し、足を取られそうな障害物が無いことを確認すると、ふと気になってチラッと後ろを見る。

 見えるのは瓦礫に塞がれつつある暗い空洞。ドールマキナが追いかけてくるような気配はない。

 この崩落は封印の扉前の広場から出口方面に向かって連鎖的に起こっている。激しく衝撃を与え続けた結果だろう。故に、ドールマキナは既に崩落に巻き込まれて瓦礫の下敷きになっているはずだ。


「…………」


 アルスの耳には、崩落直前にドールマキナがあげた悲鳴がまだ残っている。

 あれは人形などではない、少女の悲鳴だった。そのことがドールマキナを置き去りにしたことに対して若干の罪悪感を浮き上がらせていた。


「……気になるのは分かるがよ、今は余計なこと考えんな。お前さんにも死んだら悲しむ奴がいんだろ」


 観念したのか大人しく抱き抱えられていたフュリアが、アルスの考えを見透かしたような瞳を向けてくる。


「……女を泣かす男はモテねェぞ」

「それはレンのことを言ってるのか?それとも……」

「両方だよ、バカ野郎」


 言葉の意味を理解したアルスは静かに笑う。フュリアは少し気恥ずかしそうに目を逸らした。


「……そうだな、今は生きて出ることだけを考えよう」

「あァ……こっぱずかしいったらありゃしねェ……。誰にも見られちゃいねェだろうな」


 出口までの最後の角を曲がると、ようやく太陽の光が見えた。

 アルスはその光の中に飛び込むように、出口に向かって残る力を振り絞った。



 ***



 土砂と瓦礫に埋め尽くされ、完全に崩落した洞窟から少し離れた場所。緑の匂い漂い陽の光降り注ぐ山の麓で、アルスは大の字になっていた。


「ゼェ……ハァ……ゼェ…………」


 激しく胸が上下するアルスの横で、フュリアはあぐらをかいて座る。


「フゥ……これでしばらくは安全だろ。いくら奴さんでも、山ん中に埋もれちゃァすぐには出てこれねェはずさ」

「ハァ、ハァ…………あとはその間にどう対処するか……だが……」

「その辺はひとまず領主サマに任せようぜ。あたし達にできることはやったさ」

「……そう、だな……」


 アルスは体を起こし、洞窟の入り口だった場所を眺める。

 よくぞ無事に出てこれたものだ、と自分自身を称賛していると、足音と共に後方から聞き慣れた声が飛んできた。


「二人ともーっ!」


 振り向くと、レンが駆け寄って来ている姿が見えた。


「よかった、無事だったんだね!」

「あぁ、何とかな……。詳しい話は後でするが、ひとまず一段落ってところだ。そっちも無事そうでよかった」

「うん、ちょっと時間かかっちゃったけど……全員きっちり倒してきたから安心して」

「そうか。よくやったな、レン」


 アルスはレンの頭に手を伸ばす。いつものように頭を撫でようとした。


「……っ!」


 その瞬間、ピリッとした感覚が指先に走り、アルスは動きを止める。

 その感覚は決して心地の良いものではなかった。氷に指を突っ込んだような、血が出ない程度に指先を無数の針でつつかれているような、そんな感覚。

 それはアルスが以前にも全身に感じたことがあるものだった。


(そうか……またあの力を……)


 ゴブリン・ロードとの戦いで見せた“黒い力”――そのほんの些細な残滓ではあるが、レンの体から感じられるものは間違いなくそれだった。

 見るものを凍り付かせるその力を、見るものに恐怖を植え付けるその力を――対峙した相手は、果たしてどのように思ったのか。その答えを聞ける者は最早この世にいないであろうが。

 しかし奴らは領主をさらい、暴力を振るい、魔王大戦時代の兵器と分かっていながら封印を解こうとした連中だ。そこに同情を挟む余地など無い。


「…………アル?」


 期待半分不安半分な眼差しを向けてくる少女に、アルスは「何でもない」と柔らかな眼差しで返して彼女の頭に手を当てる。


「えへへ……」


 嬉しそうに表情を崩すレン。その絹のような柔らかい髪をアルスが慣れた手つきで撫でていると、呆れ混じりの第三者の声が二人の間に滑り込んだ。


「おーい、お二人さん。二人の世界に浸ってねェで早いとこ戻ろうぜ。今ならまだ領主サマとすれ違いにならねェで帰れるだろうさ」

「ああ、悪い。確かにのんびりしている場合じゃないな。レン、一旦街に戻るぞ。こっちで何があったのかは走りながら話す」

「うん、分かった」


 レンが了解の意として頷き、三人は街の方角へと駆け出した。


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