突破と残存
――封窟奥部。
あらかじめ仕掛けてあった〈開門〉の魔法陣に飛んだゼムスとマルベックが見たのは、待機させていた蛇の眼構成員が倒れている光景だった。
「どこのどいつだ!こんな舐めたマネしてくれやがったのは!」
ゼムスは顔を真っ赤にして声を荒げる。殺意の増したその目が向けられたのはベルラウムだった。
「てめぇ、まさか何かしやがったか!?」
「…………」
魔法で縛られたベルラウムは膝をついたまま何も言わない。抵抗する気も失せたのか、何かを隠しているのか分からないが、それがゼムスを更に苛立たせた。
「クソがっ!てめぇからぶっ殺してやる!!」
ゼムスの腕の表面に太い血管が浮き上がり、赤熱したように赤くなる。ただでさえ太い筋肉が更に強化されたその腕は、丸太のように膨れ上がった。
ゼムスの発動した技能〈筋力強化〉による腕力増強である。その腕は岩を砕き、金属鎧をも貫く剛腕だ。殴られて無事でいられる者などまず存在しないだろう。
「待て、ゼムス。魔法具が本物か分かるまでは殺すな」
剛腕を振り上げたゼムスをマルベックの熱のない声が制止する。
それで頭が冷えたのか、ゼムスは舌打ちをして腕を元の太さに戻した。
「このブレの無い切り傷……魔物によるものではないな。となれば、我々以外の何者かが入り込んだか」
脳裏に浮かんだのは〈開門〉を発動させる前にやってきた冒険者の三人だが――いやまさかな、とマルベックは考えた可能性を自分で否定する。
一瞬しか確認できる暇が無かったが、土精族の女はまだしも他の二人は二星級冒険者――半人前だった。そんなパーティに、蛇の眼の構成員である男五人でかかって負けるはずはない。
「……ゼムス」
「あぁ?何だよ、もう手は出してねぇぞ」
憤怒の隠しきれていない声色にも怯まず、マルベックは魔法具を放り投げる。ゼムスは意表を突かれた顔をしたが、吸い込まれるように魔法具は腕に収まった。
「誰にも邪魔されぬよう、私は外で見張っておく。こいつらは全員連れていくぞ」
マルベックが指で合図をしてから出口方面へ歩き出すと、他の構成員たちそれに続いていった。
いくつも重なった足音が遠ざかり、残されたのはゼムスとベルラウムだけとなった。
「フンッ、相変わらずスカした野郎だ」
静寂に包まれた空間にゼムスの太い声が響く。
「……まぁいい。あのスカした態度は気に入らねぇが腕は一流だ。これで万が一にも、ここまで邪魔しに来れる奴はいねぇだろう」
ゼムスは投げ渡された魔法具を目の高さまで持ち上げて観察する。
ずっしりとした円筒型の造形物の中で妖しげな光が揺らめいていた。
ゼムスは魔法には詳しくないが、魔法具に触れる機会は多い。
ただ魔法が封じ込められているだけのものから説明のつかないような力を発揮するものまで、一口に魔法具と言っても数多くの種類が存在するが、共通しているのはかなりの値がつくということだ。だからこそ盗品、強奪品として魔法具は集まりやすく、蛇の眼の資金源として一役買っている。
今回の魔法具もまた、売ればかなりの値がつくだろう。なにせ五百年前の代物だ。用途は無くとも、その希少性を求める買手はいくらでもいる。
それは今から解く封印の中身も同様のことが言えた。
もしベルラウムの言う通り、本当に凶悪な兵器ならば蛇の眼の強力な武力となるだろう。仮にそうでなくともかなりの値で売りさばけることは間違いない。
どちらに転ぼうと損はしない。そう想像するとゼムスは先程までの苛立ちが引き、愉悦さえ感じられた。
「そんじゃあ、早速やらせてもらうとするか」
ゼムスは扉の前まで移動する。そしてもう一度魔法具へ視線を落とし――その瞬間、肝心なことがまだ分かっていないことに気がつき、眉を潜めた。
「――これ、どうやって使えやいいんだ……?」
***
草原の景色が流動体のようにアルスの左右をすり抜けていく。
最初に歩いた時は色々と考え事をしていたせいで気づいていなかったが、この草原はそれほど広くはないらしい。全力で走ればものの数分で横断することができるのは、時間の無いアルスたちにとって幸いだった。
「――オイ、見ろ!」
「ああ。……どうやら予想は当たってたみたいだな」
フュリアが叫ぶのとほぼ同時にアルスも目視する。行く手を阻むように展開した男たちの姿を。
そのそれぞれに見覚えがあるが、特に中心にいる色白の男――マルベックは記憶に強く残っていた。
「貴様達は……。よくこの場所が分かったな。だが、ここは通さん」
その言葉が号令となり、男たちは各々の武器を一斉に抜き去る。統率のとれた動きで横に並び、先は通さないという意思を持った壁となっていた。
「アルス、どうすんだ!?」
「どうするって、倒して行くしかないだろ!」
こうしている間にもベルラウムの身は危険にさらされている。そして彼が守ろうとしていた封印を解く術をマルベックらは手に入れたのだろう。
ここで時間をかけず突破できればいいが、マルベックから漂う異様な雰囲気がそれを困難に思わせる。かなりの実力者だ。
――自分にかつての力があれば。
もう何度目か分からない無い物ねだりをするアルスの横を追い抜くように、レンが前へ踏み出す。
「二人は先に行って。あいつらはボクは倒す」
それは、この場は自分に任せろという言葉だった。
「大丈夫か?あいつ、かなり強いぞ」
アルスの問いに、レンは振り向いて笑顔で返す。
「……分かった。ここは任せたぞ」
「うん」
アルスはレンの頭をポンポンと叩く。
仲間を一人で残すことに不安がないと言えば嘘になる。だが、時間をかけていられないのも事実。
純粋な力はアルスよりもレンの方が上だ。特に瞬発力においては圧倒的である。もし危険な状況になっても、あの足ならば逃げ切ることは難しくないだろう。
ならばこの場はレンに任せるのが最善であるとアルスは判断した。
「ホントに大丈夫なのか?あの男、不健康そうな面してかなりできそうだが……」
フュリアもまた若干不安そうな様子だったが、アルスの瞳を見て納得したようで、それ以上は何も言わなかった。
「そんで、どうやって突破する?」
「フュリア、魔法で目眩ましすることはできないか?それに紛れて突破しよう」
「それっぽいことはできないことはねェが……多分防がれると思うぜ。あいつ、魔術師っぽいし」
フュリアが言っているのはマルベックだろう。領主の館で転移魔法を発動したのだから、当然魔術師であると警戒すべきだ。
「あいつはボクが止める。だからフュリア、お願い」
「……分かった。んじゃ行くぞ」
フュリアの掌に炎の弾が渦を巻く。洞窟蜘蛛戦でも見せた〈焔球〉である。
「……ほう、向かってくるか。だが――」
マルベックの腕が光る。こちらの手に対する妨害策を施そうとしていることは明白だった。
フュリアは純粋な魔術師ではない。魔法は戦いにおける技の選択肢を増やす手段で、本人は間違いなく戦士系だ。攻撃魔法かそれとも防御魔法か、どちらにせよマルベックは〈焔球〉を打ち消す手を多く持っていることだろう。
だがそれでも、レンの言葉を信じたフュリアは〈焔球〉を右前方に投げた。
それを見たマルベックは〈焔球〉の軌道上に向かって腕を突き出す。
――だがその直後に目を見開き、すぐさま自分の正面に腕を動かした。
「ぐっ……!?」
すさまじい速度で距離を詰めたレンの上段斬りが届くよりもわずかに早く、〈盾壁〉による巨大な盾の形をした魔法の壁がマルベックを覆う。
その結果斬撃は防げたが〈焔球〉を防ぐことはできず、地面に衝突して爆発し、爆炎を上げた。
「うおぉっ!!」
誰かが悲鳴をあげる。
すかさずフュリアは、今度は左前方に〈焔球〉を投げ、同じような悲鳴があがった。
マルベックが防いでくれると油断していたのだろう。ある意味不意をついたといえる〈焔球〉は、アルスの予想よりも陣形を崩してくれた。
「行くぞっ!走れ!!」
アルスが走り出すと共にフュリアも走り出す。〈焔球〉によって舞い上がった爆炎が目眩ましにもなっているうちに走り抜けてしまおうという算段である。
「くっ……ここを通すな!!」
「しゃらくせェ!もう一発くらっとけ!!」
体勢を立て直し、再び立ち塞がろうとした男に向かってフュリアは走りながらもう一度〈焔球〉を投げつけ、強引に道を開く。レンの斬撃を防いでいるマルベックに駆け抜けようとする二人を止める余裕はない。
「レン、無茶するなよ!」
爆炎と爆炎の間、マルベックの横をすり抜ける瞬間アルスはレンに言葉を投げ掛け、そのままフュリアと共に振り返ることなく走り抜けていった。




