洞窟の奥へ
洞窟内はアルスが思い浮かべていたよりも幅広かった。
狭いのは入り口付近の数メートルのみで、そこから先は三人が横並びで歩いてもなお左右に余裕がある。
湿り気のある壁が続き、不規則な間隔で自発的に光を放つ苔が張り付いている。しかし光と言っても周囲を照らし出すほどの強さは無く、ただ壁に光の粒が付着しているように見える程度だ。
一行は腰に下げてある、街を出る前にベルラウムから貸し出されたランタン型の魔法具から発せられる光を頼りに進む。
人の手が入っていない、或いは入ってからかなりの年数が経っているのか、歩くのに神経を使うほど洞窟内は荒れ放題だった。以前潜った洞窟は知能の高いゴブリン・ロードがゴブリンに掘らせていたためか、かなり歩きやすく掘り進められていたということがよく分かる。
そんな道を歩きながら、アルスはレンの足元に何度も目を向ける。
彼女が足を滑らせないか気になってしまうのだ。
これはレンが【聖女】だった頃を思い浮かべてしまうからである。
【聖女】は荒事が苦手で運動神経も良いとは言えなかった。それに加え、王女として育った彼女は荒れた道を歩くことに慣れていなかったのだろう。旅を初めて間もない頃、躓いて転びそうになったのを、アルスは何度も受け止めたことがある。時には背におぶって歩いたこともある。
その思い出がどうしても頭に浮かんでしまい、アルスはレンが歩を進める度に、もし転んでも支えられるように気を配っていた。
「レン、足元に気を付けろよ」
その心配が声に出たアルスに、レンは微笑む。
「うん、大丈夫。ありがとう」
レンは体の軸をぶらすことなく、危なげなく進んでいく。転びそうな気配は無い。
余計なお世話だったか、と思うアルスの心境は微妙なものだった。逞しくなった彼女を嬉しく思う反面、少し寂しくもある。もし自分に兄妹がいたのなら、成長し手がかからなくなった妹に対してこんな気持ちになるのだろうか。
そんなことを考えているアルスの右肩に不意に不自然な重みがのし掛かる。
「アルスよォ、あたしに気遣いの言葉はねェのかい?」
その重みがフュリアが肩に寄りかかってきたためだと分かったアルスは半目を向ける。
「気遣って欲しいならそのニヤついた顔をやめろ」
「いやいやァ、お前さん仲間を大切に思ってんだなーって感心してんのさ。あーあ、独り身のあたしにゃ眩しく映るぜ」
フュリアはわざとらしく手で目を覆う動作をする。
「……そういえば自然と俺達と一緒に来てるが、他にパーティを組んでたりはしないのか?」
「いねェよ。お前さんたちみたいに常に冒険者やってるわけじゃねェからな。……まァ、気がついたら三星級なんて大層なもんになっちまってたが」
「いいじゃない。それだけ頼りにされてるってことでしょ?キミなら本当にこっちを本職にしてもやっていけると思うよ」
「そうだな。仲間を募って本格的に活動するのもいいんじゃないか?身内に武具に関するプロがいるっていうのは頼りになりそうだ」
「……仲間……か」
冗談混じりのアルスの言葉に、フュリアはどこか遠くを眺めるような瞳をする。しかしそれはすぐに元に戻り、続けてフュリアは口を開いた。
「お前さん達の仲間は他にいねェのかい?……ってそういやァ、さっきお二人さんの住む町に冒険者は二人しかいないって言ってたっけか」
「……あぁ、今は二人だけだな」
「今は?前はもっといたのか?」
「…………」
アルスは瞳を閉じ、まぶたの裏に遠い昔の仲間たちの姿を映し出す。現代よりも混沌としていた世界を旅し、苦しくも楽しいかつての時間を共に過ごした、かけがえの無い仲間たちの姿を。
「……そうだ。昔はもう少し仲間がいたんだけどな」
「……ヘェ、そうかい」
フュリアはそれだけ言うと前を向き、それ以上突っ込んでくることは無かった。
――静かになった洞窟を一行は更に進む。
見つかったものといえば、魔物の巣穴であろう大量の穴と天井に張り巡らされた蜘蛛の糸。いくつか分岐点はあったが片方はすぐに行き止まりにぶつかり、分かれ道と言うには短すぎる。
イルゴニアに入り込んだ洞窟蜘蛛のような魔物には出くわしていない。おそらくは警戒して巣穴の奥に引っ込んでいるのだろう。そのおかげで余計な戦闘が避けられているのは僥倖だが、入り口の封印を解いたと思わしき人物は未だに姿を現さない。
話の通じる相手ならばいいが、閉じられていた扉を無理矢理こじ開けて入るような輩だ。盗賊団や盗掘団といった類いの可能性は充分にある。いきなり襲いかかってきたとしても不思議ではない。
アルスは一層気を引き締めて歩を進める。
しばらく進んでいると、ふと正面にぼんやりとした明かりが見えた。
暗い洞窟を照らす不自然なその光が、自分の腰についた魔法具から放たれるものと同じ魔法の光だと分かったアルスは眉をひそめる。
「……あそこに誰がいるのか?」




