羽伸ばし
ある日のキョウカの家にて。
「――それで【聖女】様が〈広域化最上位治癒魔法〉で村の人みんなを同時に治療したんだって!現代じゃそんな高位の魔法を使える人すらほんの一握りなのに、それを広域化できるなんて凄いわよね!」
湯のみがひっくり返りそうな勢いで机の上に体を乗り出し、キョウカは子供のように目を輝かせる。
「う、うん、そうだね……」
「……レンちゃん、何だか顔が赤いわよ?大丈夫?」
「そ、そう?部屋の中が暑くなってきちゃったのかな?」
「マフラーなんかしてるからじゃないの?そりゃ暑くもなるわよ」
キョウカの心配そうな眼差しから隠れるように、レンは顔を伏せて首元のマフラーに口元を埋もれさせる。
そんな様子を横で見ていたアルスは残り少ないお茶をすすった。
(……これが誉め殺しか)
キョウカはただ自分の好きなことを語っているだけに過ぎない。そこに善悪はないし、深い意図があるわけでもない。
それがレンを精神的に追い込んでいるとは思ってもいないだろう。
当たり前だ。キョウカはレンが【聖女】の生まれ変わりだということなど知るよしもないのだから。
隣で聞いているだけのアルスですら客間が暑く感じるほどだ。直接話している――しかも【聖女】本人であるレンは、目の前で炎が燃えているような気分ではないだろうか。
「そういえば今気づいたんだけど、そのマフラーって前にしてたものと違うわよね」
ふと発されたその言葉で、今度はレンの瞳が輝き始めた。
「これはね、アルに貰ったものなんだよ」
「あら、アルスさんからのプレゼントなのね」
「うん。えへへ、こうやって首に巻いてると気分が落ち着くんだ」
「ふーん、そう……」
レンは愛おしそうにマフラーに頬擦りする。その様子を微笑ましいものを見る目で見ていたキョウカは、ふとその視線をニヤついたイタズラっぽいものへと変え、アルスへとスライドした。
「アルスさん、よかったわね」
「あぁ、喜んでくれてよかったよ。あげたものが大事にされるってのは嬉しいもんだよな」
「うーん、喜ぶところがちょっとズレてる気がするけど……まぁ、二人とも仲が良くて羨ましいわ。ポルカさんの話だと、仕事でも息ピッタリみたいだし」
キョウカは微笑ましいものを見るような目をしてから、背もたれに寄りかかって「だから思うんだけど」と話を繋ぐ。
「二人って、絶対ただの昔馴染みじゃないわよね?」
――一瞬の間が空き。
「友達?親友?それとも……実は離れ離れになってた兄妹とか?」
あぁ、そういうことかとアルスは内心安堵の息を漏らす。
「さぁ、どうだろうな?」
「えー、教えてよ!うーん、兄妹にしてはあまり似てないし……以前も一緒に仕事をしていた、とか?」
わりと近いかもしれないが、アルスもレンも何も答えない。
それが不正解を意味していると判断したキョウカは少しの間首をひねると、今度は自信ありげに顔を上げた。
「あっ、分かった!実は恋――」
「――キョウカ、その辺にしておきなさい。個人的な事をあまり詮索するのは失礼だよ」
階段を降りる音と共に声が客間に届く。
姿を見せたのは年を重ねた白髪混じりの男性。少し目をやっただけではただの好々爺に見えるが、冒険者と言われても違和感が無いほどがっしりとした体格をしていた。
その男性の名前はボーゲン。キョウカの祖父であり、アルスによく薬草採取を依頼するレイン・カルナの町長である。
「確かにそうね……。でもお爺ちゃん、人を呼んでおいて待たせるのも失礼なんじゃないの?」
「はは、面目無い。待たせてしまって済まなかったね、二人とも」
「いや、気にしないでくれ。それで依頼の内容っていうのは?」
アルスがキョウカの家にいるのは、何も遊びに来たわけではない。今回受けた依頼の詳しい内容は依頼主から説明があると言われ、話を聞きに来たのである。
「これを直しに行って欲しいんだ」
ボーゲンはアルスの向かいに座り、手に持っていたものを机に置く。
それは手に持てるサイズの金槌だった。まさにくの字という表現の通りにひしゃげており、素人目に見ても工具として使用するのは難しいと分かる。
「これは?」
「私が町長になる前は大工をしていたのは知っているかい?その時に使っていた物なんだが、見ての通り壊れてしまっていてね。この町には鍛冶屋がないから修理するには他の町にいく必要があるんだ。本来ならば自分で行くべきなのだろうけど、私ももう若くないからね。こうして君たちにお願いしたいというわけだよ」
ボーゲンの説明を聞き、なるほどそういう依頼か、とアルスは理解する。
だが一つだけ腑に落ちないこともあった。レンもそれに気づいたようで、小首を傾げてアルスの代わりに口を開く。
「でもそれって、新しいの買った方がいいんじゃないの?」
冒険者に依頼をするということは、依頼料がかかるということ。ただ金槌が壊れて困っているというのならば新しいのを買った方が費用も抑えられるし、手間も時間もかからない。
そんなことはボーゲンも分かっているはずだ。ならば何故そんな依頼を出したのだろうか。
「まぁ、そうなのだけれどね。こういう建前でもなければ君たちも町を離れづらいだろう?」
「……どういうことだ?」
「依頼っていう名目で少し羽を伸ばしてきたら?ってことよ」
そう口を挟んだのはキョウカだ。
「こうでもしないとアルスさんはずっと働いてそうなんだもの。たまには何の気兼ねも無くゆっくりしてきたら?それにレンちゃんだって、アルスさんと二人でデートでもする時間も欲しいでしょうし」
「うん、欲しい!」
「ぅおう、即答……。ま、まぁそういうことよ、アルスさん。ポルカさんにも了承は取ってあるから、ゆっくり休んできたら?」
これだけ言われては、遠慮するほうが失礼というものだろう。
アルスはゆっくり頷いた。
「分かった、そうさせてもらうよ。ありがとな」




