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元英雄の日常 ~レンの場合~②

 ――冒険者組合レイン・カルナ支部。


 扉を開いて中に足を踏み入れたキョウカは声を張り上げる。


「おはよう、ポルカさーん!ちょっと聞きたいことがあるんだけどー!」


 返ってきたのは静寂。中には誰もいない。

 冒険者組合といえば数多の冒険者や依頼主が訪れる施設である。

 掲示板とにらめっこする駆け出しの冒険者。報酬を手に酒を仰いで依頼達成を祝うベテラン冒険者。依頼を任せる冒険者を吟味しにやってくる依頼主。

 そういった様々な人々が訪れ交流する場所こそが冒険者組合なのだ。


 だが、それはあくまで人々で賑わう街の話である。

 レイン・カルナという小さな町では、哀愁すら漂うこの静寂に包まれた目の前の光景が普通なのだとレンも理解していた。


「……もう、今日はどこで居眠りしてるのかしら」


 一度呼んだ程度では受付嬢が現れないのもまたいつもの事である。呆れて溜め息を漏らすキョウカの隣でレンは表情を曇らせた。

 ポルカが出てこなかったからではない。誰からも返事が無いということは、この場にアルスはいないということに他ならないからである。実を言えば少しだけここにいるのではないかと期待していた。

 力無くレンの視線が下がる。その時――


「――うわぁあ!?」


 もぞもぞと動く細長い物体が床に転がっている事に気づき、レンは悲鳴をあげる。思わず剣を抜こうと腰に回した手が虚空を掴み、今は武器を装備していないことを思い出した。

 レンは再び謎の物体に目を向ける。すると、その物体の端に穴が空いており、そこから見知った顔が覗いていることに気がついた。


「ふわぁ……騒がしいですねぇ……何ですかもぉ」


 その謎の物体の正体は寝袋に入ったポルカだった。

 ポルカは半開きの目を擦ると、恨めしそうな顔を向けてくる。


「騒がしいですねぇ……じゃないわよ!いくらなんでも勤務中に床に寝そべるなんて不真面目にもほどがあるわ!」

「ははは……何を仰るのやらぁ、その背徳感が心地よい睡眠に誘ってくれるんじゃないですかぁ」

「いやいや、仮にもここ冒険者組合でしょ。私たちは慣れてるからいいけど、もし外から人が来たらどうするのよ……」

「私くらいになるとですねぇ、気配で余所者が来るかどうか判別できるんですよぉ」

「えぇ……ボクが初めて来たときも眠ってたじゃんか」

「…………あれはアルスさんが一緒でしたからノーカンですよぉノーカン。細かいことは気にしない気にしなぁい」


 寝袋に入ったまま芋虫のような動きで這い寄ってきたポルカは胸から上だけを出して器用に立ち上がる。


「レンさんがアルスさんと一緒じゃないのは珍しいですねぇ。一体どのようなご用件なんです?」

「そのアルスさんの居場所をレンちゃんが探してるのよ。何か知らないかしら?」


 レンの代わりにキョウカが質問をする。

 情報収集は人探しの基本である。アルスの居場所をポルカに聞きに行こうと提案したのはキョウカだ。

 しかし髪が寝癖でボサボサで、体の半分が寝袋に飲み込まれているうえに、今も目尻に薄い涙を浮かべながらあくびを繰り返している何とも頼りないその女性から望む答えが返ってくるとレンは思いづらかった。


 ――聞く相手を間違えているのでは?

 その疑問が顔に出ていたのか、キョウカはレンを見て苦笑いする。


「ポルカさんはね、ぐうたらで不真面目でものぐさでズボラで呆れるほどマイペースだけど、耳が早いし色んなこと知ってて相談すると頼りになるのよ。意外とね」

「キョウカさんキョウカさん。それ、全然褒め言葉になってないですよぉ」


 そんなポルカのツッコミを、キョウカは聞き流す。


「何だかんだで的確な助言をくれるのよ。私もこのくらい小さい頃から……十年くらい前からかしら。たまに組合に来てポルカさんに色々と相談に乗ってもらってたりしたわ」


 自分の腹の辺りで右手を水平に広げるキョウカ。床からそこまでの高さ程度の身長しかなかった子供の頃から、ということだろう。


「へえぇ……あれ?じゃあその頃からポルカはここで受付嬢やってたってこと?」

「えぇ、まあそうですねぇ」


 ポルカが肯定するとレンは目を丸くし、パチパチと瞬きをする。


「……ポルカって今何歳――」

「おぉっとぉ、それ以上は乙女の秘密ってやつですぅ」


 言葉を遮るようにポルカは立てた右手の人差し指を、レンの口の前に突きつける。


「そういえばポルカさんって昔からほとんど見た目が変わってない気がするんだけど……気のせいかしら」

「何を仰るのやらぁ。気のせいに決まってるじゃないですかぁ。身近にいる人ほど加齢による外見の変化に気づかないものなんですぅ。昔の私に比べたらぁ、今の私なんてそれはそれはもう衰えて衰えて……」

「うーん、そういうものなのかな……。まあいいわ、それよりもアルスさんの場所よ。ポルカさん、何か心当たり無い?」


 脱線した話が戻り、再び最初の質問が繰り返される。ポルカは少しの間悩むと何かを思い出したらしく、「あぁ……」と力が抜けるような声を出した。


「そういえばぁ、教会のシスターが一人体調を崩されたそうですよぉ。最近寒くなってきましたからねぇ。お二人も風邪なんかひかないように気をつけてくださいねぇ」


 レンは小首を傾げる。アルスの居場所を聞いて、何故関係の無い人物の健康状態の話が出てくるのだろうか。

 しかしそう思ったのはレンだけのようで、キョウカは理解したような表情を浮かべて手を叩いた。


「なるほど分かったわ、そういうことね!さすがポルカさん聞きに来てよかったわ」

「はいはいお役に立てて何よりですぅ。それではぁ……おやすみなさぁい……」


 ポルカは面倒そうに手を振ると、寝袋の中に潜り直して床に転がった。凄まじい早さで寝付いたらしく、もう寝息が聞こえてくる。


「レンちゃん、アルスさんの居場所が分かったわ。教会に行くわよ!」

「え、あ、うん……?」


 話に付いていけず二人の質疑応答が噛み合っていないとしか思えなかったレンは、意気揚々と外に出たキョウカの後を追うことしかできなかった。



 ***



 レイン・カルナの町外れに建つ小さな教会を訪れたキョウカとレンは、シスターにとある部屋の前まで案内される。

 中に複数の人の気配はするが声は聞こえてこない。祈りに訪れる人々が煩わしく思わないよう、音が漏れないような扉になっているのだろう。

 礼を言い、シスターが去ると、キョウカは音が鳴らないようにゆっくりと中が覗ける隙間を作る程度に開く。


「――冒険者になるには、まずやらなきゃいけないことがある。それが何か分かる人はいるか?」

「あっ……!」


 隙間から漏れた声を聞き、レンの表情が明るくなる。

 扉の隙間から覗いた部屋の中には細長い机が二つ平行に並んでおり、そこに三人の子供たちが座って正面を見ている。その視線の先にはレンの探していた人物が立っていた。


「ぼーけんしゃくみあいってところに入らなきゃいけないんだろ?それくらい知ってるよ!」


 座っていた子供の一人――黒髪の男の子が手を上げ、アルスの問いに自慢げに答える。


「正解だ。冒険者になるには冒険者組合に入らなきゃいけない。その冒険者組合ができたのは五百年も前のことだ。……五百年前といえば、世界で大変な事が起こっていた時代だな。それが何なのか答えられるか?」

「はーい!えーっと……()()()()()()()!」


 先程の男の子とは別の、今度は金色の髪をした細身の男の子が手を上げて答える。しかしその答えは微妙に間違っており、隣に座っていた子供たちの中の唯一の女の子がそれを指摘した。


「違うよ、()()()()()()()だよ!」

「あ、そうそうまおうたいせんまおうたいせん!」

「もー、先週シスターが教えてくれたばかりでしょー?」


 金髪の男の子は誤魔化すように頭を掻きながら笑う。その様子を、アルスは微笑ましいものを見るような表情で見ていた。


「そう、魔王大戦。世界を襲った魔王とそれに立ち向かう五英雄の戦いだな。大戦が終わった後、世界を立て直すための人手が騎士団だけでは足りなかったため、国が大戦で職を失った人々に仕事を与えたのが冒険者の始まりだと言われている。まぁ、言うなれば冒険者は元は国のお手伝いさんだったってことだな」

「えー、お手伝いさんって……なんかだっせーな」

「こらこら、そんなこと言っちゃ駄目だぞ。その人達が頑張ってくれたおかげで、俺たちはこうやって今を平和に暮らせてるんだからな」


 子供たちに冒険者の歴史を教えているアルスの姿に見入るレン。先に覗くのを止めていたキョウカは静かな声で語りだす。


「……アルスさんは昔から、日曜学校を担当してるシスターが体調を崩すと代わりを務めてくれるのよ。だからポルカさんの話を聞いてここにいると思ったわけ」

「そうなんだ。依頼じゃなくてお手伝いしてるんだね」

「そういうことね。アルスさんったら色んな人から頼りにされてるのよ。冒険者としてだけじゃなく、ね。でも――」


 キョウカは一旦言葉を切ると、溜め息混じりに続ける。


「ちょっと働きすぎなのよね、あの人は。毎日毎日町の中や外を動き回って、一体いつ休んでるのかしら……。まぁ、何でも頼んじゃう私たちにも責任はあるのかしら」

「……フフ」


 突然のレンの笑みに、キョウカは不思議そうな顔をする。


「いや、あの人は昔から変わらないなーって思って」


 他人のために力を尽くし、困っている人を放っておけず、自分だけでなくより多くの人の幸福を願う――それがレンの知る【勇者(ノア)】という人物だった。行き過ぎて自分を蔑ろにする危うさはあったものの、そんな人物だからこそレンの心は強く惹かれていった。


 ――英雄の力を失い、アルスという存在に生まれ変わっても、彼の本質は変わらない。

 自分が【聖女(レントローゼ)】だった五百年前からずっと大好きだったあの人は、今も変わっていない。

 その姿は今も昔も等しく、レンの目にはどこまでも眩しく輝いて映っていた。


「……とにかく、アルスさんが見つかってよかったわね。じゃあ私は帰るわ。そろそろ洗濯もしなきゃいけないし」

「そっか。今日は色々とありがとう、キョウカ」

「どういたしまして。じゃあね、レンちゃん」

 

 キョウカが去り、一人になったレンはもう一度扉の向こうの子供たちに講義をするアルスへ思いを馳せる。

 彼と比べて自分は変わってしまっただろう。見た目も、雰囲気も、性格も、そして――持っている力も。


 だがそれでも――この想いだけは決して変わらない。


 その想いを噛み締めるようにレンは胸に手を当て、ポツリと呟いた。


「また、キミの側に居させてね……アル」


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