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レイン・カルナの冒険者

 レイン・カルナ――王国と帝国の国境付近に存在する小さな町。

 近辺には国境を跨ぐようにカーネ森林が広がっており、そこから薬草や木の実といった恵みを授かろうとする者、あとは物好きな旅人が時々やってくる以外、外から人がやってくることはあまり無い。

 二つの国家を繋ぐ街道から大きく外れた辺境の町に訪れる者などそうはいない、ということだろう。

 街道が整備される前はそこそこ活気があった時期もあったようだが、そんなのはアルスが生まれるよりも遠い昔の話。ある日を境にぱったりと人足が途絶えてから、現在は町という体裁が保てているかどうかも怪しいほど静かな町だ。


 そんな辺境の町に住むアルスは、とある場所に向かって歩いていた。

 その向かう先にあるのは、年期の入った建造物が多い町の中には珍しく綺麗に手入れされた大きな建物。入り口の扉の上には「冒険者組合」と書かれた看板が取り付けられている。


「おーっす、おはよう」


 アルスは建物の扉を開きながら挨拶を飛ばす。


「…………」


 しかし、返事は何も返ってこない。

 夜は酒場として機能するおかげで町の住民が集まるこの場所だが、昼間はガランと静まり返っている。

 雑多におかれた机や椅子にも、カウンターの向こう側にも誰もおらず、建物の立派な外見とは裏腹に寂しい空気が漂っていた。


「……おーい」


 アルスは少し声を張り上げる。その声は静かな空気に吸い込まれ、消えていく。

 再び何の反応もないことが分かると、アルスは中へと歩を進めた。

 その視線が動く先には机、倒れた椅子、様々な連絡や情報が貼り出された掲示板――


 誰もいないのに、そんな無意味なことをするのは何故か。

 それは、一見誰もいないように見えるだけであることをアルスは知っているからである。

 アルスはカウンターの前までたどり着くと、それに身を乗り出すように裏側を覗く。そこには、ベッド代わりに椅子を並べて横になっている布団の簀巻きがあった。


「……おい、ポルカ」

「……んー……?」


 アルスの声に反応して簀巻きから顔だけを出したのは、深い緑色の髪をした少女だった。

 少女――ポルカは目を半開きにしたまま視線を泳がせ、最後にアルスに焦点を合わせる。


「あ……アルスさん。おはようございますぅ……」


 起き上がる素振りすら見せずに腕だけを出すポルカに、アルスは自分の目を手で覆う。


「たまには起きてる状態で出迎えてくれよ……」

「いやぁ……どーせ暇なんですから、起きてたって寝てたって変わらないですよぉ……。依頼人もほとんど来ないし……」

「俺が毎日に来てるんだから、せめてその時くらいは起きていてくれ」

「なぁに言ってるんですかぁ……。アルスさんだったら寝姿を晒してもいいかなっていう信頼の証ですよぉ……」

「それ、職務怠慢っていうんだぞ。いいからさっさと起きろって」


 むぅ、と不満そうな声をあげながらも、ポルカはようやく布団を剥ぎ取る。そのままカウンターの端にある受付の椅子まで移動し、小さな口であくびをした。

 寝癖のついたボサボサの髪に襟が伸びただらしのない服装だが、顔立ちが整っているおかげでそこまで不恰好に見えないのがずるいところだ。


「それで、今日は何か依頼あるのか?」


 冒険者組合とは、組合に登録した者――“冒険者”に様々な人々から寄せられた依頼を斡旋する団体である。

 魔物退治から要人の護衛、賊の制圧に希少素材の採取など寄せられる依頼は様々であり、その支部は全国各地に存在する。

 活気づいていた頃の名残としてレイン・カルナにも冒険者組合はあるのだが、現在の寂れた辺境の町に新たな依頼人や冒険者がそうそう現れることもなく――結果、こうしていつでも受付嬢が昼寝できるような環境が出来上がってしまっていた。


 様々な場所を冒険し、様々な驚異に立ち向かい、多くの功績を得ることで冒険者としてのランクを上げていくことこそが多くの人が想像する冒険者だろう。

 王都など大きな都市や町では多くの依頼が集まり、多くの冒険者もまた集まる。

 しかし、辺境の町での依頼内容といえば、主にその住民が依頼する雑用的なものが多い。それは冒険者というよりも便利屋に近く、大した功績も得られないため、なかなか冒険者も寄り付きにくい。


 とはいえ、王都だろうと辺境の町だろうと魔物の驚異は等しく存在する。雑用を任せられるのも、寂れた辺境の町には人手が足りないからだ。そうなればむしろ人が飽和気味の大都市よりも冒険者という存在は必要になってくる

 アルスは、そういった辺境の町に居着いて仕事をこなす冒険者の一人だった。


「今日の依頼はですねぇ……。まぁ、いつもどおりですねぇ」


 ポルカは脇に置かれた用紙を取り出してアルスに見せる。

 そこのは依頼者や報酬、希望する冒険者のランク、そして依頼の内容といったものが書かれていた。

 依頼内容は『町周辺の見回り』である。依頼者は町長だ。

 レイン・カルナ周辺に魔物が現れていないか、何か異常が起こっていないかを見回る重要な仕事である。

 騎士団が常駐してる場所ならば騎士の仕事なのだが、こんな辺境の町に騎士団がいるわけもなく、アルスが定期的に行う仕事の一つとなっている。


「……あぁ、忘れるところだった。そういえば一つ依頼が来てたんでした」


 そう言ってポルカはもう一枚用紙を取り出す。忘れるなよ、という喉まで出かかった言葉を飲み込み、アルスは用紙を見る。

 そこに書かれていたのは『腰痛に効く薬草の採取』だ。


「……町長、また腰痛めたのか」


 見回り次に見慣れた依頼を見て、アルスは苦笑する。


「さて、どうしますかぁ?」

「ちょっといつものルートからは外れるが、見回りの途中で薬草の群生地まで行けるし……せっかくだから同時にやってくる」

「おー、さすがですねぇ。同時にやってくれたほうが事務処理が一度にできて楽なんですよぉ」

「……そりゃよかったな。じゃあ行ってくる」

「ふぁい、いってらっしゃーい」


 あくび混じりに手を振るポルカに半ば呆れながら、アルスは出口に向かって踵を返した。



 ***



 天然の緑の隙間から、燦々と煌めく光の帯が射し込む。うっそうとした茂みがそれを遮り、骨組みのように枝や幹が並ぶ。

 そんなカーネ森林の中に、ぽっかりと空間が空いている場所があった。そこには日差しを遮るものがなく、地面にまで到達した日光を浴びてみずみずしく煌めく植物が群生している。

 この植物こそ、アルスが採取を依頼された薬草だった。


「――見回りも済んだし、後はこの薬草を摘んで終わりだな」


 近場の薬草の群生地を知っているのは、その土地に根ざして活動する冒険者の強みとも言えるだろう。

 時々、別の都市や街からやってきた冒険者に素材の場所の案内をする依頼が来ることもある。


「魔物が出てくる前にさっさと済ませるか」


 軽く辺りを見回した限りでは魔物の姿は見えないが、だからといって出てこないという確証にはならない。

 周囲の警戒をしながら迅速に事を済ませなければ。残念ながらアルスの実力では、相手にできる魔物の種類は限られている。


 アルスは薬草を踏み潰さないように一歩踏み出す。

 葉が擦れてガサッと音が鳴る。それは当然自分が踏み込んだ時に鳴った音だと思って気にとめなかったが、直後にそれに違和感を覚えた。

 自分が鳴らしたものとは別の音が重なっているように聞こえたのだ。

 ――そして、その違和感の正体はすぐに姿を現すこととなる。


「グギギャ……」


 鳴き声とも呻き声ともとれる濁声。

 人のものではないそれは、魔物の声だった。

 アルスが踏み出すとほぼ同時に木の裏から現れたのは、ボロ布を纏った小鬼。ゴブリンと呼ばれる小柄な魔物で、荒く削られた棍棒を手に持ってキョロキョロと首を動かしていた。


「グギッ……!?」


 ゴブリンの視線がアルスの視線と交差する。互いが互いの存在を認識するまで一瞬の間が空き、アルスは腰からぶら下げた剣に手をかけた。


「グギャギャギャギャ!」


 ゴブリンのほうもアルスを敵だと認識したらしく、両腕を振り上げて体を震わせながら威嚇するように叫ぶ。

 向かい合うアルスの顔には、焦りや恐怖といった感情は見受けられなかった。

 ゴブリンは世界中に分布する最も一般的な魔物である。棍棒のような簡単な武器を利用する程度の知能は持つが、力は人間のそれと大差無い。多少訓練を積めば、冒険者でなくとも打ち倒すことは可能だろう。

 アルスは曲がりなりにも冒険者である。魔物と対峙したことは初めてではないし、剣の鍛練だってそれなりに行っている。

 今更ゴブリン程度に遅れを取るはずは――


「ギャギャギャ……ッ!」

「グギィィイイ!」

「ガグッ!ギギッ!」


 周囲から聞こえる複数のゴブリンの鳴き声に、アルスは背中に冷たいものを感じた。そんなアルスを嘲笑うかのように、ゴブリンによる濁った輪唱が続く。

 一匹、二匹、三匹――次々とゴブリンは姿を現し、一体しかいなかったはずのゴブリンの数が、気がつけば八体にまで増えていた。


「マジかよ……!」


 一体では非力なゴブリンも、数が集まれば大いなる驚異となる。もはやアルスが手を出せるような数ではなくなっていた。


 ――マズい。


 そんなアルスの心情を読み取ったのか、ゴブリンたちは勝ち誇ったように口角を上げて跳び跳ねる。踏み荒らされた葉が宙を舞い、土臭い匂いが立ち込めた。

 アルスは沸き上がる苛立ちを抑え、剣を抜く。戦うためではない。ゴブリンを牽制して逃げるために。

 森から出ればさすがに追ってはこないはずだ。人間の生活領域に無闇に踏み込めばどうなるか、ゴブリンたちもさすがに理解しているだろう。


 アルスは剣の切先をゴブリンの方へ向ける。

 近寄ってこようとするゴブリンから順番に切先を突きつけて牽制する。

 それでも自分の優位性を分かっているゴブリンたちはじりじりと間合いを詰めてくる。アルスは額から嫌な汗がにじむのを感じた。

 これ以上時間をかけても無意味だろう。それどころかこれ以上間合いを詰められれば、逃げることも難しくなる。

 そう判断したアルスは、逃げるためにすぐに体を反転させた。

 ――だが。


「……うわっ!?」


 後ろを振り向いたアルスの目の前にいたのは、棍棒を振り上げて今にも殴りかかろうとする新手のゴブリンだった。


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