三星冒険者の窮地
「……あ」
意気揚々と進んでいたレンの動きが突然止まる。
「どうした……ん?」
アルスはレンの頭越しに正面を覗き込む。そこには見覚えのある大男の姿があった。
「あん?」
大男――ヴォルグはこちらに気づき、威圧的な声を出す。
その手に持っているのはゴブリンの角。そして周辺に散らばる大量のゴブリンの亡骸。どうやら、素材の剥ぎ取り作業の最中だったようだ。
「なんだてめぇらか。ハッ、ゴブリンが怖くて助けでも求めてきたのか?」
馬鹿にしたような笑みを浮かべるヴォルグ。
アルスはレンの前に出る。また二人が衝突するのを防ぐためだ。
「いや、合流したのは偶然だ。この辺りはちょうどこっちとそっちの捜索範囲の境目あたりだからな。そっちは何か見つけたのか?」
「見ての通り、ゴブリンどもがうじゃうじゃいやがる。まぁ、片っ端からぶっ倒してやったがな。もうこの辺りにいるのは片付いたんじゃねえか?」
主目的はゴブリンの殲滅じゃないんだけどな、と思うアルスだったが、数を減らしてくれるのは素直にありがたかったので黙っておくことにした。
「さすがは三星級。このくらい余裕か」
「当たりめえだ。てめえらみてえな半人前の雑用係とは実力も経験値も違えんだよ」
同じ依頼を受けた仲間同士、もう少し仲良くしたいものだが、ヴォルグが高圧的な態度は変わらない。元々の性格もあるのだろうが、組合支部でレンが足を引っ掻けたのもその要因の一つになっているだろう。
自分より格下の相手に挑発されたのが気にくわないのだ。しかし、魔物のテリトリー内で冒険者同士が争うのが馬鹿げていることだと理解している。手を出すにはデメリットが大きいからこそ、態度だけでも攻撃的になってしまうのだろう。
アルスは後ろのレンを一瞥する。ヴォルグを見てまたピリピリしていないかどうか不安だったが、何も言わず普段通りのままそこに立っていた。少しだけ面白くなさそうな顔をしているが、組合支部の時のようNいヴォルグに対して怒っている様子も見せていない。
(俺が特に気にしてないって言ったからか……?まぁ、これ以上いろいろと拗れなさそうで助かるけどな)
アルスはヴォルグの方へ向き直る。首をほぐすように回し、再び素材を剥ぎ取ろうと戦斧でゴブリンの亡骸を転がそうとしている姿を見て、一つ疑問が思い浮かんだ。
「ところで、他の二人はどこ行ったんだ?」
「あいつらなら、洞窟を見つけたっつって先に見に行ったぜ」
ヴォルグはゴブリンの目掛けて戦斧を振り下ろし、その角を切り落としてから答える。
「……洞窟?」
アルスは眉をひそめる。というのも、この地域で長いこと冒険者をやってきたが、そんな場所で洞窟など見た記憶が無かったからだ。
何者かが新たに掘ったのか、何らかの要因で塞がれていた洞窟が露出したか――どちらにせよ、そこはアルスにとっても未知の領域だ。何が潜んでいるのか分からないというのに、パーティ全員で向かわなくて大丈夫なのだろうか。
そんなことを心配する様子もなくゴブリンから角を採取し続けるヴォルグの様子を見て、アルスは再び口を開こうとした――その時。
「――ヴォルグッ!」
上ずった女の声が弾かれたように飛び込んできた。茂みを乱暴に掻き分け、飛び出すように現れたのはストラだ。
息は荒く、体は震え、顔は青い。相当慌てて走ってきたようだ。
「何だァ?おめえが大声出すなんて珍しいな。一体何があったんだ?」
「……エトール、が……!」
「エトール?エトールがどうかしたのか?」
ストラは胸元を押さえてまともに喋れるように息を整えようとする。だがそれよりも焦りが上回り、まだ息が荒いまま絞り出すような声をあげた。
「エトールが……魔物に……っ!」
「……何だと!?」
その言葉に込められていたのは最低限の情報だったが、その場にいる全員が状況を察する。
「エトールの奴がゴブリンにやられたってのか!?」
「ゴブリンだけど、ゴブリンじゃない……!あれはゴブリンチーフ……!その群れよ……!」
「ゴブリンチーフの群れだと!?」
ゴブリンチーフはゴブリンの上位種の一つである。長の名を冠する通り一定の規模のゴブリンたちの長であり、時々群れの中に紛れ込んでいることもある。
通常のゴブリンよりも一回り大きく、力も強い。ゴブリンチーフが一匹紛れ込んでいるだけで、その群れを討伐する難易度は格段に上昇する。
とはいえ、ゴブリンはゴブリンである。駆け出しの冒険者が躓く壁と言われているゴブリンチーフだが、ある程度実力をつけた冒険者にとってはそこまで脅威的というわけではない。二星のアルスですら一対一ならば倒せるし、三星の実力者ならば苦もなく倒せるだろう。
現在この森には異常な数のゴブリンの群れがあるのだから、ゴブリンチーフがいたとしても全く不思議ではない。
問題は、ストラの口から出た「ゴブリンチーフの群れ」という言葉である。
ゴブリンチーフは群れの長だ。普通ならば長が複数体いる群れなどない。
だが、ストラはゴブリンチーフ自体が群れを成していると言っている。
弱い力を数でカバーするゴブリンだが、その個々の力が強くなれば、当然脅威度もはね上がる。どのくらいの脅威になるのか、アルスは想像したくなかった。
「待ち伏せていたの……洞窟に来ることを予測してたみたいに……!きっと、さっきの戦闘音のせいだわ……!……エトールは私を逃がすために囮になって……!」
「……チィッ!」
ギリッと歯を食い縛ったヴォルグは手に持っていたゴブリンの角を投げ捨て、戦斧を構えながら洞窟があるという方向に向かって駆け出した。
「おい待て!」
アルスの制止は届かず、ヴォルグは茂みの向こうへと消えてしまう。その後ろをストラが追いかけていった。
「レン、行くぞ!」
「うん!」
このまま放ってはおくわけにはいかない。例え、向こうからよく思われてなかろうと。
アルスはレンに呼び掛け、共にヴォルグの後を追った。




