カーネ森林 調査開始②
――ほぼ同時刻。
「そっちからも来たぞ、ヴォルグ!」
「チィッ!次から次へとうざってえんだよ!」
エトールの指摘した方向からゴブリンが現れたことを視界の端で捉えたヴォルグは、正面にいる尻餅をついたゴブリンに戦斧を振り下ろしてとどめを刺してすぐに向き直る。
現れたゴブリンは六匹。一般的な群れ一つ分の数だ。
ヴォルグ一行にとってそれを倒すことは造作もないことだが、問題はその現れる頻度だった。
一つの群れを倒したと思えばまた次が現れ、それを倒したと思えばまたその次が現れ――と、それを繰り返すこともう四回目。群れが四つあるというより、四つ分の数の大きな群れが襲いかかってきたと言った方がしっくりくる。
「どらぁ!」
ヴォルグは戦斧を水平に一薙ぎし、ゴブリンを牽制する。
「ふっ……!」
ゴブリンがたじろいだ隙にエトールの矢が放たれ、一匹の胸に突き刺さった。
「ストラぁ!いけるか!?」
「……下がって!」
魔法を詠唱し、足元に術式の展開を終えたストラの周囲から異様な冷気が放たれる。それを肌で感じたヴォルグは後ろに飛び退いた。
「〈氷杭〉」
空気がひび割れたような音をたて、ストラの周囲に氷の杭が無数に形成される。そして一斉にゴブリン達に向かって放たれた。
ゴブリンたちは反転して逃げ出そうとするも既に遅い。矢のように襲いかかる〈氷杭〉はその体を貫き、地面に縫い付けていく。
形成された全ての氷の杭が放たれ終わったとき、ゴブリンは一匹残らず絶命していた。
ヴォルグは再びゴブリンが現れる可能性を危惧し、周囲を警戒する。しかし今度はその気配がないと分かると、戦斧を地面に突き立てて深く息を吐いた。
「フゥゥ……ようやく片付いたか。一体なんだってんだこの数は」
額に滲む汗を拭うヴォルグ。そこにエトールとストラが集合する。
「確かにこの数は異常だ。何かが起きているとしか思えない。僕らを呼んだ理由も分かるな」
「……あの二星の二人じゃ、手に余りそうだものね」
「そうだね。この程度、僕達なら問題ないけど……。二手に別れたのは悪手だったかもしれないな」
「そんなこと知るかよ。提案したのは向こうだぜ?半人前の癖に俺様に意見しやがって、今頃冒険者の厳しさってもんが身に染みてるだろうよ」
ムスッと不機嫌な表情を作るヴォルグに、エトールが呆れた様子で肩をすくめる。
「まったく、若者相手に何を苛立っているのやら。僕達は三星なんだ。少しは気持ちに余裕というものだね」
「……ヴォルグ、大人気ないわ」
「うるせえ!」
ヴォルグは鬼の形相で怒鳴る。
その気の短さに慣れている他のパーティメンバー二人はそれにすくむことなく流し、エトールは悩ましそうな表情で腕を組んだ。
「……それにしても、あの女の子……レンって言ったっけ?あの子は少し危険かもしれないな」
「あァ!?俺があんなこぞ……小娘に劣るっていうのか!?」
危険という言葉をその実力のことだと捉えたヴァルグの形相が更に険しくなる。
「いやいやそうじゃないさ。さすがに実力で僕達が劣ってるとは思ってないさ。僕が言いたいのはそういうことじゃなくて、あの子の態度だよ」
エトールの言葉に、ストラは頷く。
「……少し、無謀かもしれないわね」
「そう。確かにこちらが礼儀に欠けることを言ったのは認めるけど、相手の力量も考えずに噛みついてくるなんて……」
「……でも、そのくらいのほうが見込みがありそう。何も言い返せないでただ縮こまるよりはマシね……。相方の男の方みたいに」
「そうとも言えるけど、問題はその噛みつき方さ。言葉で言い返してくるならいいけど、手を出すのはまずい。足を引っ掻けるなんて挑発以外の何でもないだろ」
受付嬢が止めなかったらあの子は大怪我を負っていただろう、とエトールは付け足す。
ヴォルグは鼻で笑った。
「ああいうのは一回痛い目を見なきゃ理解しねえんだよ」
「まぁ、そうかもしれないけどね……」
「……おめぇ、何でそんなに小娘のことを気にかけてんだよ」
「女の子に優しくするのは男として当然のことだろ!あの子はまだ幼さが残ってるけど、将来絶対に化ける!だからこんなことで潰れてほしくない!」
力説するエトール。その勢いは不機嫌だったヴォルグを引かせるほどだった。
「……あの受付嬢も口説いてたくせに……ホントに気が多いわね」
「仕方ないさ。世の中には美しい女性がいっぱいいるんだから。もちろん、君もその一人だよ」
「ハイハイ……。無駄口はここまでにして、そろそろ探索に戻らない……?」
ストラはフードの下で呆れ顔を作った後、右方向を指を差しながら続ける。
「向こうの地面が盛り上がってるところ……さっき戦ってる最中に少し見えたけど、洞窟みたいな入り口があったわ……。何かあるかも」
「洞窟か……。ゴブリンが身を隠している可能性もあるな」
「なら行ってみようぜ」
エトールとストラは頷き、歩き出す。肩を回し、地面に突き立てた戦斧を引き抜いて背負ったヴォルグはその後を追おうとして踏みとどまった。
「……そういや、ゴブリンの角も魔法薬の材料になるっつってたな」
ヴォルグは地面に転がる大量のゴブリンの亡骸を見下ろす。
魔法薬はその種類によって様々な効力を発揮する。体を治癒したり魔物の毒を中和するなど回復系統の物もあれば、投げつけて炎を巻き起こしたり冷気をばらまいたりと、攻撃に使う物も存在する。
その材料に使用される魔物の素材は常に一定の需要があり、依頼で魔物を相手にする機会が多い冒険者は、副収入を得るために素材を持ち帰ることもある。
価値の低いゴブリンの角など普段は目にもくれないが、これほどまで大量に転がっていると、酒代くらいにはなるのではないだろうか。かさばって戦闘の邪魔になるのが問題だが、ゴブリン程度ならば何の問題ない。
「ちょいと先に様子を見てきてくれ。俺様は後から行く」
生意気な連中のせいで穏やかでない心中を晴らすために酒を仰ぎたい気分だったヴォルグは、背負ったばかりの戦斧を抜く。
振り返ったエトールはその意図を察すると、「先に入って偵察しとくよ」と言い残して進んでいった。




