【タナベ・バトラーズ】コイゴコロ?
2020.10.18 に書いたものです。
ロボット人間やロボットなど様々な種の者たちが暮らす国、オヴァヴァ鋼国。そこにはかつて、ルー王家というものが存在した。それは歴史ある家系であり、長きにわたりオヴァヴァ鋼国を治めていた家系である。しかしながら、世が安定しないことを理由にルー王家は統治者の地位から降ろされた。
そんなルー王家の血を引く数少ない女性が、魔善ティーナと御蘭ディーヌという姉妹だ。
齢三十を迎えた姉妹の姉、魔善ティーナには、最近悩みがあった。それも、これまでの人生で抱いたことのなかったような悩みである。
「どうも好かれてるみたいなのよね……」
ある昼下がり、濃いめのピンクのドレスとヴェールに身を包んだ魔善ティーナが漏らす。
「へっ!? 姉様が恋してるんですの!?」
情けないくらい甲高い声を発したのは、オレンジのドレスとヴェールをまとっている御蘭ディーヌ。魔善ティーナの、二つ年下の妹である。
「違うわ。恋されてるのよ」
「ええ!? あばばあばぶばッ!? こっ、恋されてるっ!?」
土を固めたような色みの顔面を真っ赤に染め上げて、御蘭ディーヌは狼狽える。
過剰なほどに乙女な反応である。
「姉様が! 誰かにッ!? 恋!? されてるゥッ!?」
「落ち着いて、御蘭ディーヌ。奇声は発さなくて良いから」
「で、でもでもでもっも!」
御蘭ディーヌは、両足を小刻みに震わせ、一種のステップを踏んでいるかのような動きをする。それによる揺れは意外と大きく、室内にある食器棚からは器がぶつかり合う高い音が響いてきていた。
「取り敢えず、両足を全力で震わせるのを止めるというのはどうかしら」
魔善ティーナは呆れ顔で述べる。というのも、御蘭ディーヌがこんな風に慌てて騒ぐのはよくあることなのである。こういう展開は、最近になって始まったわけではない。まだ二人が幼かった頃から、こういうことにはよくなっていた。御蘭ディーヌは元々慌てやすい質だったのだ。
「そ……そうですわね……はぁ、はぁー、すぅーはぁー」
「落ち着いた?」
「落ち着きましたわ……はぁ、はぁー、すぅー、はっはるはるはぁー。……で、姉様に恋してる人というのは……どなたなんですの?」
御蘭ディーヌの慌てる発作は、今になってようやく落ち着いてきた。
「ヤマシノ・ベベルよ」
魔善ティーナは腕組みしながらはっきりと述べた。
「ベルベベル?」
オレンジのドレスに身を包んでいる御蘭ディーヌは、いつになく瞳を輝かせている。こんな御蘭ディーヌを見るのはいつ以来だろう、と、魔善ティーナは少し考えていた。
「間違っているわ。ヤマシノ・ベベル」
「分かりましたわ! ヤマベンベル、ですわね!」
「まだ間違っているわよ……。まぁもうべつに構わないけれど……」
御蘭ディーヌには『ヤマシノ・ベベル』という人名が理解できないらしい。彼女は、姉に何度教えてもらっても、いつまでも間違って聞き取っていた。
「ヤマベンベルとは、姉様に鶏肉を持ってきてくださるあの殿方ですわよね?」
「そうよ。先週は狼肉だったけれど」
ヤマシノ・ベベルーー彼と魔善ティーナが知り合ったのは、もう半年以上前のことだ。
街中の小さな酒場で二人は知り合った。
その時は魔善ティーナは一人で行動していて、御蘭ディーヌは一緒にいなかったので、御蘭ディーヌは二人の始まりを詳しくは知らない。そんな御蘭ディーヌだが、ヤマシノの存在は姉から聞いたので知っている。
「その殿方が姉様に恋しているなんて、どこ情報なんですの?」
赤面したまま尋ねる御蘭ディーヌ。
「明らかに不自然なのよ」
「持ってくる肉の種類が、ですの?」
「そうじゃなくて」
「なら何ですの?」
「だって、二、三日に一回は肉をくれるのよ。あり得ないじゃない」
知り合った日に気が合っていきなり仲良くなったことは、魔善ティーナ自身も認めている。だが、それ以来彼がやたらと会いに来ることには、違和感を覚えているようだ。しかも毎回贈り物付きだから、なおさら不自然さを感じるのだろう。
「確かに……そうですわね。よっし! 今度本人に聞いてみますわ!」
「待って待って待って! 止めてー!」
◆おわり◆