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君の体温

作者: 秋桜


 目を閉じて眠る君の姿。


 まだ小さくて柔らかくて温かい、君の手。


 暗闇に月明かりだけが窓から差し込む布団の上で、そっと優しく握ってみる。


 弱々しくて微かな寝息は、静まり返った部屋にどこまでも広がってる。




 ねぇ、ねぇ君は。どんな大人になるのかな。


 まだ何もわからなくて、まだ何も知らない君は、まずは小学生になるんだよ。ランドセルと桜の咲いた空、同年代の友達。君はそういう日々を送るんだよ。


 それから、中学生になって、高校生になる。わたしは高校をやめることになってしまったから、全然アドバイスは出来ないのだけれど。それでも、なにがなんでも、わたしは全力で君の力になるよ。


 そうしたら今度は、大学に行ったり、お仕事をしたり。それまでに素敵な人に出会ったら、結婚したりするかもしれない。


 これもわたしはまだ経験が無いから、なんにも助言はできないけどね。それでも、できることはなんでもするよ。


 


 ねぇ、生まれてこないで欲しかったのに生まれてきた君に。わたしは、幸せになってほしいって思ってるんだよ。


 本当だよ、信じてほしいな。


 わたしの人生はあの路地裏から、大きく変わってしまったけれど。それでもお腹のあなたには罪がないのだから。そう思って、そう思って。


 わたしはね、お母さんになろうって思ったの。決めたからには、頑張るよ。君のこと必ず守る。


 もしかしたら、失敗して、迷惑かけちゃうかもしれないけれど。わたしは頑張って頑張って頑張って、あなたのお母さんを全うする。



 約束だよ。約束、絶対に破らない約束。


 わたしがどんなにボロボロになっても、死にたくなっても、手首に傷ばかり増えても。あの日のこと思い出して嫌になっても。君のことを捨てたりはしない。


 溢れちゃうくらいの愛情を注いで、世界一幸せな人にさせてあげる。まかせて、わたしはお母さんだから。


 大きくなったら、一緒にいろんなところに行こうね。遊ぼうね。楽しい思い出いっぱい作ろうね。


 大好きだよ。ずっとずっと大好きだよ。











 目を閉じて眠る君の姿。


 小さいまま柔らかい、君の手。


 暗闇に月明かりだけが窓から差し込む布団の上。


 静まり返った部屋。


 

 ねぇ、ねぇわたしは。約束を破る気なんてないよ。


 親子の絆は強いって言うんだから、どこへ行ったって切れやしないんだ。だから、君に語りかけた言葉通り、絶対に独りにはしないよ。


 これからどんな場所に行くのか、わたしは何もわからないけど、きっとそこは幸せだと思う。今よりは幸せだと思うんだ。


 だからそこで、幸せをいっぱい作ろうね、一緒に暮らそうね。今度はもう、こんな思いさせないからね。


 最後に抱いた君はまだ少しあたたかいけれど、もう指先はすっかり冷たくなってしまっていて。


 なんだか、なんだか。わたしは何も考えられないかなって、そんな気がして。けれどそんな気分は都合が良いんだよ。


 今すぐに、君のところへ行くからね。そしたら、ずっと一緒だからね。



 目を閉じて眠る君の姿。


 小さな、君の手。


 暗闇に月明かりだけが窓から差し込む布団の上。


 静まり返った部屋。


 ぼうっと熱くなっていくわたしの頭。


 白く包まれるわたしの意識。


 首を締め付ける痛い縄。


 目の前の布団で眠る、かわいいかわいい君の姿。




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