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帝都護法  作者: もの
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きみをあいす。

 見覚えのない雪の日だった。街灯がぼんやりと光を放っていて、なんと表現するべきか分からないけれど、胸がどきどきするような、そんな気持ちになる。雲が重く立ち込めているのに、楽しくなるのは何故なんだろう。地面に積もった白の上を駆けると、足形が残って自分の通った道筋を教えてくれる。それだけの事が妙に嬉しくて、立ち止まることなく走っていく。


「――お兄さん。」


……おや。

雪にうずもれたこの  で話しかけてくるのは誰だろう。見覚えがない女の子だ。


「ねぇ、お兄さんも一人ぼっち?それならわたしがあそんであげるわ!うん、それがきっといいのよ!」

「君は……?」


 黒くて長い髪の少女は一瞬、訝しげな顔をして話しかけてきたように思った。その顔は一瞬で、それこそ晴れ間のように澄み渡って笑顔に変わる。ひとりぼっちの自分と遊んでくれるようだ。


「わたしはね、   っていうのよ。さあいきましょう、いっしょならきっとたのしいから!」


 首のところの赤い首巻が髪と一緒に冷たい空気に揺れる。手を引かれるまま歩き出して、一歩、二歩。

 三歩、夢の中を歩く様だ。

 四歩、足音が聞こえなくなった。

 ……五歩目、振り返ると、雪景色に自分の足跡が見つからない。


 それは、子供じみた否定だった。我侭と言い換えてもおそらく遜色なかった。


「(戻らなくては、)」


ここに居てはいけない、進んではいけない。だって、あれほど楽しかったことがこの先にはない。戻ろう、足跡を辿っていけばいい。振り返れば見つけられる。……ほら、そこに。


「どこへ行くの?」


   は聞いた。

                                  ――――誰に?


「またきてくれるのね!ずっと、ずっとまっててあげるわ!」


 彼女は続ける。

 やくそくね、とほほ笑む気配。

 

足跡を辿って戻って、戻って、ようやく後ろを振り向いた時。


「一刻でも二刻でも、ずぅっとまっててあげるね。やくそくだもの。」


 赤い頬が、うすぼんやりの中へ消えていった。






「……くん、芦矢くん?」


 揺り動かされてゆっくりと瞼を開ける。酷く眠たい。霞む目のまま外の方へ目をやると、日が差し込んでいる。影は短く、暖かな気配がする。………昼だ。

 時間を理解すると急速に頭が冴えていった。こすりながら見ていた視界も即座に冷えていく。まずい、非常にまずい。今が昼、完全に寝坊で遅刻。申し訳ないを通り越して若干の自己嫌悪すら感じる。完全に覚醒した意識で飛び上がるように起きる。


「焦らなくても平気だから、一度座らないか?」

「群青さん、」

「おはよう芦矢くん。……何か夢を見たかい?」


 穏やかな人だ。恩人に朝起こさせるとは恩返しの欠片もない。というより、返すべき恩を増やしてしまったような気がする。以降は気を付けたい。


「夢、ですか?」

「うん、単刀直入に言うんだけどね、」

「さらわれるぞ」

「もってかれるね」

「君たちも来てたのか……、って待って、それは俺の金平糖なのですが!?」


 左右から同時に聞こえる不思議声。縹と浅黄の姉妹で間違いない。彼女らは白昼堂々人の部屋の瓶詰の砂糖菓子を食べている。しゃらしゃらと瓶と金平糖が音を立てている。不穏な単語をかき消すようだと思う事で、自分の金平糖が減っている事実から目を逸らす。


「きらきらうまい」

「さらさらあまい」

「……ごめんね、また後でご飯おごるから見逃してあげてほしい……、」

「いえ、よく考えたら大人げないです。それで、なんでまた夢の話を?」


 頭を横に振ってゆるやかに否定。飛び起きたときに蹴り飛ばした布団を片しつつ、話を戻す。やはり金平糖では不穏な単語から離れられなかった。自分の感情を制御できないのは愚か者だ、等とはよく行ったものだと思う。


「想定達の作る空間に入る力がある人は、夢の世界でも<安全じゃない>んだ。夢の中、意識だけで想定に出会った時が一番危ない。」


 淡々と、あまりにあっさりと群青さんは断言した。

 小さな子たちも異論を唱えない、口を挟まないという事はおそらくこの護法庁では常識のようなことなのだろうなと他人事に考えを巡らせる。「大変ですね、」なんて世間話のように口に出そうとして……、口を噤む。覚えがあるような、覚えがあるな……、覚えしかない。


「意識ごと持って行かれるから。体は二度と目覚めない。運が悪ければ、神隠しのように体も其方に引っ張られて消えてしまう事例も少なくない。まぁ、そうじゃないなら何も問題は……、」

「一ついいでしょうか。」


 手を挙げて話をさえぎった俺に、群青さんは不思議そうな顔をして首を傾げる。どうぞ、と話の続きを促してくれた。


「見覚えのない少女と雪の降る帝都を走る夢を見たのですが、不味いですか?」


 嘘偽りなく、いやに明瞭に覚えている先程までの光景を口に出す。

 間違えない。あの景色は、自分が生まれ育った帝都の風景だ。雪など滅多と降らず、積もることもないので夢の間は何となくの懐かしさしか感じなかったが、冷静になった今なら分かる。


 その時、部屋の中の人と言う人、固まる。


 ぱちくり、と形容するのが正しい。群青さんがそんな感じで。

 少女たちすら金平糖を食べるのをやめて、瓶から手を放して此方をじっと見る。

 この状況をどう伝えれば伝わるやら。とにもかくにも、誠心誠意伝えるとしたら奇妙な沈黙と『やってしまった』というタイプのため息の後の群青さんの言葉がすべて物語る。


「うーん、思ったより手が回るのが早かったかなって感じだ。」


                    ―――不味いという事ですね、完全に理解しました。

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