第7話 王子の計画と姫の葛藤②
小さな湖の畔に銀色の髪を靡かせた美しい少女が湖にユラユラと浮かぶ花びらを優しく微笑んで見つめていた。
「リュシカ姫。また、こんなところにいた!ハルーン王が呼んでるよ。それと、外へ出るときは必ず誰かに声をかけて!」
声をかけられ、さっきまでの優しい微笑みは瞬時に無表情へと変わる。
「ロージー。今、戻ろうと思っていたとこよ。」
15歳になったリュシカは更に美しい少女へと成長していた。
しかし、彼女は以前のように表情豊かではなくなった。
今は1日の半分を魔力を高めるための部屋で過ごしていて殆ど出歩るくこともなくなってしまった。
彼女は自分1人になっても島を浮かせられるだけの魔力を持つ為……周りの者達は地上への攻撃を反対するリュシカを政から遠ざけるため彼女のひた向きさを利用して無理な魔力の修行にも目を瞑っていた。
「ロージーいちいち、着いてこないで。」
「ダメだよ。僕は君の付き人であるのと同時に婚約者なんだ。君になにかあったら大変だからね。」
「婚約者なんて……私は認めてない……。」
リュシカはロージーに聞こえないように小さく呟いた。
「リュシカ!」
ロージーに腕を捕まれて、そのまま腕の中に閉じ込められた。
「離して、ロージー。」
抑揚のない声で抵抗するリュシカ。
「リュシカ……。君が僕の事を思ってくれていなくても、いずれ結婚しなければならないんだよ。いつまでもそんなでは、後々辛い思いをするのは君だよ。少しは心を開いてくれないか?」
「……。」
なんの反応も示さないリュシカにロージーは彼女の頬を両手で優しく包んだ。
「君の瞳には一体何が映っているの?」
「あなたには関係のないことよ。」
「そんな寂しい事、言わないで……。僕を少しでも君の瞳に映して……。」
ロージーの顔が近付いてきて、ハッとしたリュシカは思い切り突き飛ばした。
「結婚するまで一切私に触れないで!」
そう言って、リュシカはロージーを残して、湖を去っていった。
ロージーは悲しそうな顔をしたが、それでも口元は笑っていた。
それはリュシカが久しぶりに感情を露にした瞬間だったからだ――。
ロージーが悪いわけではない。彼が婚約者なのは10歳の時から決まっていた。
3歳年上のロージーは優しく穏やかな青年で王族ではないが魔力が強い者だ。
王族の結婚には昔から浮遊の術は使えないが、それでも強力な魔力の力を持つ者が相手に選ばれてきた。それは浮遊の力を持つもの同士の結婚では浮遊の力を持った子供が生まれないから。
逆に魔力が弱すぎる相手ではせっかく浮遊の力を持って生まれても島を浮かせるだけの強大な力を持ち合わせない。
その為、浮遊の力を持たない、しかし、魔力の力が強い者が選ばれてきたのだ。
それは時に自分の意思に反して結婚せねばならず、リュシカの両親のように相思相愛であればよいがそうでなければ、国の為と割り切って結婚するしかないのだった。
リュシカは気持ちを落ち着かせると王である父親がいる部屋のドアをノックした――。
「お父様。私を呼びつけるなど珍しいですね。」
リュシカは冷めた視線を王である父に向けた。
ハルーン王は娘からの冷たい視線に耐えきれず、視線を逸らして言った。
「リュシカ、お前が17歳になったらロージーと結婚式を挙げようと思う。」
突然の話にリュシカはまたもや感情を露にする。
「は!?お父様!何を考えているのですか!?結婚出来るのは18歳からですよね?なぜ17歳で結婚せねばいけないのですか!?それに、私は……ロージーと結婚したくありません……。」
「リュシカ……結婚相手を自由に選べない事くらい分かっているだろう。それともロージーよりも魔力が大きい若者でもいたのか?」
「そうではありませんが……。私は……。」
リュシカは震える唇をギュッ結び目から涙を溢すと部屋を走って出ていった。
自室に戻るとベッドに突っ伏して嗚咽が外へ漏れないように布団を被る。
「うぅぅぅっ!アル……ト。会いたい……。会いたいよ……。グズッ。好きじゃないのに結婚なんてしたくない……。アルト……アルト……どうしてあなたは地上の国の王子なの……。どうして私は上空の国の姫なの!?」
それから2年後、上空からの攻撃を合図に再び上空の国と地上の国の戦がはじまった――。