思い。
「俺って存在意義あんの 。」
あいつがいつものふざけた口調で言ってきたのを、今でも忘れない。
何故俺はあの時、あいつの気持ちに気づいてあげられなかったのか、悔やんでも悔やんでも、あの時には戻れない―。
これで何回目だろうか、この機械音声のアナウンスを聞くのは。最初は希望に満ち溢れた俺の青春時代の始まりを告げるアナウンスのように聞こえた。だが今では無感情に目的地を告げるアナウンスが、鬱陶しく感じる。あいつがいない学校。あいつが去った俺の人生。学校になんて行きたくない。でも行かないという選択肢を、親が与えてくれない。あいつが俺の人生に与えた喜びを、そして俺の空いた心の穴を、誰も埋めてくれない。
「東京、東京です。」
突如車内に鳴り響いたアナウンスで我に返る。閉まりかけるドアをすり抜け、ホームに降り立つ。朝の東京駅の人混みをかき分けながら、総武線に乗り換える。車内の騒音をかき消すように耳にイアフォンをはめ、只々目的地を待つ。あいつがいない今、俺の人生は只のルーティーンと成り下がった。毎日このうるさい電車に乗り、学校へ行き、興味も関心もない話を永遠と聞き、電車に乗り、帰る。こんな楽しさの一欠片もない人生をただひたすら目的を探りながら、生きている。だたし、俺は生きている。あいつはもうこの世にはいない。
「おお、拓也じゃん。」
気安く声をかけてきたのはクラスの人気者、康介だ。誰にでも明るく振る舞い、クラスの中だけでなく、学年の中で一躍有名だ。しかし、俺にとってはまぶしすぎる。こんなやつと一緒にいると、俺は存在意義を無くし、こいつの引き立て役と化してしまいそうで、恐ろしい。
「おはよう。」
余計な言葉を一切発さず、用件を済ます。俺はバックグラウンドにいる有象無象でいいんだ。只々こいつをつきまとうだけの人間になりたくない。
「何してんの?」
俺が『お前とは話したくない』という意思を込めて放った はずの言葉が、ことごとく無視され、次の話題へと入ろうとする。返事するのさえ憂鬱だったので、今度は無視する。隙を見て逃げ出せばいい。そう思っていた矢先、機械アナウンスは僕たちの目的地を告げる。