とても綺麗な終わり方
「ねえ、私を殺してくれる?」
彼女は夕食のメニューを頼む時のような様子でそう言った。
僕は最初彼女が何を言っているかを理解できなかったが、徐々に冷静を取り戻していった。
「いきなりどうしたの?」
まず、そう聞いた。
殺してくれなんて頼まれたのは初めてなのでこのような対応でいいのかは分からない。
だから彼女を理解してみようという気になった。
「ただ何となくとしか言えないわよ。理由なんて聞かれても分からない。むしろ何もないから私は死にたいのかもしれない」
「理由がないと僕には人を殺せない」
「そう、じゃあ……」
顎に手を当てて、自分の死亡動機を考えているようだ。
順序が逆ではないだろうかとも思うが彼女の思考の妨げになってしまうかもしれないので何も言わないようにする。
「それじゃあ、あなたとの関係を綺麗に終わらせるためということにしましょう」
「綺麗に?」
「ええ、綺麗に」
関係を綺麗に終わらせるという言葉にはどこか奇妙な魅力があった。
終わるということは多分綺麗ではないことだと個人的に思っているせいかもしれない。
何かを終えるというのは悲しいイメージが付きまとう。悲しいということが綺麗だというのかもしれないけど出来るなら悲しみなんてない方が良いに決まっている。
「私はあなたとの関係が長く続くとは思えない」
「中々酷い意見だ」
確かに僕だってそう思ってはいるが。
彼女と一緒に居ると嬉しくて、幸せを感じるがきっと僕らの関係は続かない。
幸せとは優しいからこそ脆い。いつかボロボロに壊れるだろう。
「だから私たちの関係が壊れる前に綺麗な思い出だけを残して私は死ぬの」
なるほど、素晴らしい理由だ。
とても共感できる。
それが今即興で考えたとしても僕はそれで彼女を殺そうと素直にそう思えた。
「なるほど理由は分かった。僕は君を殺そう」
「あら、ありがとう」
殺される相手が自分を殺す相手に礼を言うのはおかしなことのように思えるけれど、そもそも状況もおかしいのでこんなものかもしれない。
「それじゃあ、死ぬ前に何かしたいこととかある?」
彼女を殺す前に出来るだけ彼女の願いは尊重したい。
「そうね。それじゃあ、あなたの体を全て舐めさせて」
「お安い御用で」
僕は来ていた服を全て脱いでベッドに横たわった。
彼女はゆっくりと近付いて僕の左足の親指から丁寧に舐めて行った。
彼女の舌は温かくて少なくとも今は彼女が生きてるのだなということが実感できた。
そして、左足の全ての指を舐め終えると今度は右足の指を舐めていき這うようにどんどん上に伸びていく。
僕の体を全て舐め終えると彼女は満足したような顔になった。
「好きな人の味を覚えて死ぬってなんだかロマンチックだと思わない?昔から憧れてたのよ」
「ロマンチックだとは思わないけど気持ちは分かるよ」
誰かのことを死の直前に感じられるというのはきっと幸せなことだろう。
「じゃあ、もう殺して」
「分かった」
そんな淡白なやり取りで僕は彼女の首に手をかけた。
徐々に徐々に力を込めていき彼女の命は終わった。
その直前にありがとうという言葉が聞こえたような気がしたけれど首を絞めるのに集中していたためよく覚えていない。ただ、死んだ彼女の表情は僕が見た中で最も美しいものだった。
僕は死んだ彼女に一度そっと静かに唇を落とした。
死んだばかりの彼女の唇はまだ温かったけれど確かに彼女は死んでいるのだと、ぼんやりとした頭で確かにそう感じた。