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前編

カウンターの左から二番目に座り熱々のホットコーヒーを頼む常連客。それが女性小説家新村しむら 砂羽さわだ。砂羽はいつも僕にコーヒーを淹れてくれと注文をする。なんでも僕が淹れたコーヒーが一番美味しいんだとか。店がどんなに忙しくても他のウエイターに注文せず、僕の手が空くまで待ち続けてくれる。そんなに味の違いなどあるのだろうか?そう思いながらも、僕はコーヒーを挽く。


「はい、お待ちどうさまです。いつものコーヒー出来ました。お熱いので、お気をつけてお飲みくださいね」とコーヒーを持っていくと目を輝かせながら「きたきた!」と子供のようにはしゃぐ砂羽ははっきり言ってとても可愛い。熱いのでと言っているのに、すぐに口をつけて「あっちっちっち。はぁ。これ、これがうまいんです」なんて宙を見上げながら言っている姿も。砂羽の可愛い仕草を僕だけが知っているのはちょっぴり優越感だ。


砂羽はいつも執筆のために店を訪れている。自宅で執筆しているよりも店にいる方がはかどるのだという。集中できるのもそうだが、人と人とのコミュニケーションを観察することで着想が得られ、キャラクター、設定作りの役に立つのだとか。執筆中でも面白い話が耳に舞い込んでくるとその手を止め、メモ帳にいそいそと書き込んでいる。


今まで来たお客さんでとても面白かった人はどんな人でしたか?今まで起きたハプニングで忘れられない出来事は何かありますか?砂羽は店が落ち着いてくると決まって取材を求めてくる。気さくで素敵な方だ。うちのお店ではそんなお客さんが大勢訪れる。カウンター越しに店員と会話をするお客さんがとても多い。昔ながらのコーヒショップなのだろうか。おかげで話すことができるのでありがたいことだが。


他にも羽瀬川(はせがわ) 竜矢(りゅうや)というお客さんは僕の良い兄貴的な存在だ。歳は僕よりも十歳ほど上に見える。砂羽よりも後から通い始めた竜矢もまた店の常連で、そして僕にとてもよくしてくれている。


兄貴的と言ったのは竜矢がいつも頼りになるからである。話を聞くのが僕たちの仕事なのだが、話しやすさ面倒見のよさに圧倒され、気が付けばこちらが相談する形になって話を聞いてもらっているのだ。


そんな竜矢は本当に僕のことを弟のようだと可愛がってくれて、いつも苗字の野田ではなくて、友晃(ともあき)と呼んでくれるのもまた嬉しい。あの人からもそう呼ばれたら嬉しいな。などと思っていたら竜矢が来店し、さっそく声を掛けられた。


「友晃、なんだ?恋わずらいかぁ?」


もう見抜かれている。


「いえ、ちょっと考え事です。」


「そう、ならいいけど。でも、悩んでいることがあるのならいつでも言うんだぞ。」


この人はいつも頼りになる。この人なら安心して話しても良いかもしれない。恋の話もあの話も。


「ありがとうございます。ところで今日もいつものでいいですか?」


「あぁ、いつものちょうだい。よく来る砂羽さんと同じ熱々のやつ一つ」


竜矢とはよく砂羽の話題になることが多い。竜矢と砂羽はお互い常連同士顔なじみということもあって、時より店でも会話をしている。そのこともあってかよく話題に挙がるのだ。もちろん個人情報は守りつつ話せる範囲で話をしている。僕としても砂羽の話をするのは楽しい。


「最近、砂羽さん来た?」

「ええ、来ましたよ。今日はつい先ほどお帰りになられたばかりです」

「ふぅん、そっか。彼女も今執筆活動で忙しいのかな?」

「なんか、締め切りが近いようなことを言っていましたね。次来れるのは一週間後くらいかななんて言っていましたよ」

「そうなんだ。次にあったときにそれとなく聞いてもらいたいことがあるんだけどさ」


竜矢からはよくこのようなことを聞かれることが多い。なんでも竜矢は仕事がら人と接することが多く、どうしたら相手が喜ぶのか調査しているらしい。調査するのも仕事の一貫なのだそう。


「砂羽さんが理想とする男性像を聞いてもらいたい。これも重要な調査なんだ。女性の好みも分からなければ、仕事もはかどらないだろう?だが、いつも言っているがくれぐれも俺が言っていたなんて言わないでくれよな。」


とても難しい内容だ。でも、内心では胸がいつまでもドキドキと鳴っていた。



一週間後、砂羽が予告通りに来店した。時間も前回とほぼ同時刻。ただ今回は竜矢もカウンターの端に座っている。自分で聞かないのは状況を客観的に見つめたいかららしい。頼むぞという目配せをしてくる。僕は勇気を出して聞いた。


「実はここだけの話、熱々コーヒーを好む人は夢を追いかける冒険家のようなタイプを好む傾向にあるそうですよ?砂羽さん当たっています?」


もちろんそんな話は知らない。単なるでっちあげだ。でも、構わない。話のきっかけにさえなれば良い。そういう話がしやすくなれば上出来なのだから。しかし、驚いたことに砂羽は本当に当たっていると興奮している。


「面白いんです!もっと聞かせてください!」


その後も決まった時間に来る人は几帳面な人が好きとか、毎日同じ店に通える人は一途な人が多い。だから、曲がった事が嫌い。そのため、ひまわりが好きとかそれっぽい理由をいくつかつけて砂羽に話した。


「あなたはマジシャンなんですか!何もかも見透かされているんですか!全て当たっていて私恥ずかしいんです!」


いつにも増して砂羽は興奮している。もっと!もっと!と次の質問をせがむが、これ以上は思い浮かばなかったので、砂羽の真似をして、「今日はおしまいなんです!次回まで待つんです!」と話を区切った。ぷぅっと膨らむ顔も可愛い。こんな顔を見たら仕事どころではなくなってしまうではないか。


竜矢も満足したようで、遠目にニンマリとした表情を浮かべている。砂羽が小説のネタにして良いんですか!と聞いてきたが、さすがに適当に作った話を載せてもらうわけにはいかない。そこは遠慮してもらった。あぁ、あからさまにがっかりしている姿も可愛い。


この日も別の取材があるからと言って砂羽は早めに切り上げた。



「友晃、あんな話は知らなかったぞ〜。どこで仕入れたんだ?」


「全部創作です」


「創作?!それにしては良く出来ていたよな?」


「実は…」

言い出せなかったのには後ろめたい気持ちがあるわけではない。なんとなく恥ずかしかったのだ。


「小説を書いているんです」

でも、書いているうちに誰かに話したくなった。だけど、砂羽にそのことを言うのもどうかと思う。竜矢ならきっとわかってくれる。その想いが口を軽くした。どんな反応をされるのか。


「そうなんだ!すごく良いじゃん!頑張りなよ」


よかった。誰かにわかってもらえるのはありがたい。

それなら…と竜矢は創作性を養うために先ほどのやりとりを継続すると良いとアドバイスをしてくれた。誰も損をしないから、と。確かにそのとおり。



そうして一週間に一度このやりとりが行われ、気が付けば三ヶ月近く続いていた。僕も自分でよくここまでやり続けたなと思う。おかげで砂羽のことがかなりわかってそっちの方が嬉しかった。竜矢も同じ気持ちらしい。ここまでわかれば上出来だと言っていた。


それにしても砂羽は鈍感というか気にしないというか結局個人情報がダダ漏れになってしまった。本人がもっと!もっと!というのだからいいのか。

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