五大陸戦編〈上〉
エインヘリヤルの事件から二ヶ月が経過したころ、五大陸戦に向けての特訓をしていたステアは自身の力が他人に知れることを恐れながらも参加することを決めた。幸村は参加しないと告げたが、亜莉沙に目をつけられ参加せざるを得ないことにした。
試しに技術スタッフとして腕を見せたところ新川も認める成果を出して本格的にメンバーに入ることになった。
後暦380年7月5日 午後20時30分 イースト・イバルディン大陸 八雲道場
あの事件から二ヶ月近くが経過した。これと言って大きな反乱が起きなく収束したかと思われるが気を許せば再び起きる可能性があるので緊張が解けない。
ステアは五大陸戦に向けて特訓していた。
「ふぅ・・・」
「良いねぇ」
空模様は真っ暗となっていて周りは何も見えない状態で戦闘を行っていた。
組み手相手の坊主たちを全て倒して息を整え二刀の剣を自在に動かして新しい魔術剣技の練習をしながら特訓していた。
「中々難しいわね」
「そう簡単に身についたら大事だ」
奥から八雲師匠が表れると体術を繰り出す。ステアは回避するが腹部のナックルを食らうと壁に打ち付けられた。
「かはっ・・・」
「まだ隙があるな。それでは勝ち残れないぞ?」
そういうと加速魔法を用いて接近するとステアも接近して剣を降り下ろした。しかし、剣は防がれ更に蹴りを食らった。
「はぁ・・・はぁ・・・」
「まだまだだな」
尻尾をゆらゆらと動かして余裕の笑みを見せた。観戦していた幸村は呆れた表情を浮かべて言った。
「師匠が桁違いに強いせいですよ。学生で強い人は一握り程度です」
「十勇士の奴らか?」
「そういうことです」
十勇士の面々は圧倒的な戦闘と魔法を所持している強者揃いの集団である。まともな勝負をしても勝ち目がないと言われたほどの強さを兼ね備えた豪傑である。
「お前は大会に出るつもりはないのか?」
「師匠は出てほしいのですか?」
「弟子の成長を見たいものだよ」
八雲師匠は幸村の出場するのか聞いたところ本人は首を振った。
「残念ながら出ませんよ」
「何だ出ないのか」
「師匠は私が選手の域を越えているのは知ってるでしょう?」
幸村の強さは常人よりも遥かに高く戦闘能力に関しては引けを取らない強さがあるため本人は出力をやや抑えて戦闘する必要があった。
「つまらんな・・・」
「つまらなくて結構。ステア、帰るぞ」
「はい・・・」
身支度を終えたステアと共に道場を後にした。
23時15分
自宅に戻るとリビングに備え付けていた通信機にログが残っていた。幸村は大体の予想はついていた。
ログを見ると九重涼葉と表記されていた。出ないのも悪いと思い通信をかけた。
「この時間にどうしました?」
電子パネルに九重涼葉が映し出されると開口一番に言い出した。
「お主は大会に出るのか?」
「師匠にも言われましたが出ませんよ」
「残念じゃのう」
八雲師匠と同じような反応してがっかりした。
「それはそうと、お主は明日は用事あるのか?」
「ええ。明日は午前中に魔法学会の方に顔を出さないといけません」
幸村は魔法学会では最高ランクの魔法騎士として認定されていて、その情報はごく一部の幹部にしか知られていない。
なぜ幸村が魔法学会に出向かなければならないのかというと、魔法学会の禁術指定されている魔法を使う代わりに出頭しないといけない条件を課されているからである。
出頭を怠れば禁術指定されている魔法を使う裏切り者として討伐されてしまうのでやむ無く出向かなければならない。
「お主も大変じゃのう」
「もう慣れましたから言うことありません」
「午後は?」
「午後は沙夜がどうしても会いたいと言って聞きませんので仕方なく行きます」
沙夜は一度言い出したら聞かないことは幸村も分かっていたので何度も振り回されていた過去を持っていた。
しかし、どれも退屈のしない楽しい毎日を送っていたことは良い思い出だった。
「何だか忙しないのう」
「これが恒例ですから」
肩を竦めて疲れの表情を浮かべた。
「あまり長話も悪いから切るよ」
「はい・・・」
「じゃあな・・・」
そう言うと涼葉は通信機を切り電子パネルをブラックアウトにすると幸村は明日に備えて眠りについた。
7月6日 午前10時40分 セントラル・アルベルト大陸 魔法学会本部
魔法学会本部は王都シルビアとヴァンフォートの間の真北に位置している。
さらに北に数歩進むと海が見えることもあり、魔法大戦中では軍部司令塔になった経歴があるほど歴史を感じさせる建物になっている。
「失礼しました」
幸村は魔法学会本部の一室でやるべきことを済ませて沙夜のところに行こうとしたとき、一人の上層幹部の男に呼び止められた。
「グラオザーム太尉」
「明智大佐・・・」
明智光みつるとの関係は幸村が魔法学会のメンバーに加わるきっかけとなった人物である。また、部下からも信頼が厚く幸村と同じように信念を持った行動が相まって深い信頼関係がある。
「この後はどこに行くんだ?」
「はっ、イバルディン大陸の王都ミヅホです」
王都ミヅホは西方大陸と同様に魔法騎士や魔法技師の育成に力を注いでいる場所であり、イバルディン独特の文化があり準日本風な趣が至るところに残っている。
また、彼の旧友でもある十勇士の一人、一ノ瀬和紀いちのせかずきが居るところになっている。
「一ノ瀬の長男坊には会いたいか?」
「出来れば会いたくないですね」
幸村はいくら旧友と言っても一ノ瀬和紀に会いたくない理由は何かと変に真面目すぎる所があり、昔はよく分からない理由で問い詰められて煙に撒くのに苦労したことがあるからだった。
「これで失礼します」
「お気をつけて」
幸村は明智に敬礼すると魔法学会本部から出てイバルディン大陸に向かった。
午後13時45分 イースト・イバルディン大陸 王都ミヅホ
どんなに魔法が発達していようが大陸間の移動手段は貨物船かフェリーのみである。
ミヅホの建物は日本風が多いが最近では他国の文化が流入している。そのせいか色とりどりの建物があちこちある。
幸村はなるべく目立たないようにするのが精一杯であり、そのため周りに細心の注意を払いつつ城に入城して沙夜の部屋を探し出すと扉をノックした。
「どうぞ」
扉の向こう側から沙夜の声が聞こえて扉を開けた。沙夜はクラシックデザインのイスに腰をかけて幸村が来るのを待ちわびていた。
幸村が来たと同時に子供のようなテンションで抱きついた。
「幸村、お久しぶりね」
「沙夜、流石に恥ずかしいから」
幸村は赤面しているともう一人の招かれざる客が咳払いをした。
「相変わらずだな。お前たちは」
「貴方ですか・・・お久しぶりです、賢者アスカ」
アスカ・ユキエ----イバルディン大陸の五賢者の一人であり、幸村の旧知である。
アスカがここに居るのは幸村が落ち延びたと聞いて本当に死んでいるのか知りたかったからで、本当に死んでいたら緑茶を片手に笑い話にしてやろうと本人の前で告白した。
「お前もしぶといな・・・」
「私の唯一と言っていいほどの意地ですから」
アスカは幸村が死んでないとすると苛立ちを見せた。険悪な空気になり慌てふためいた沙夜は大会の話を持ち出した。
「え、えっと、幸村は大会に出るのですか?」
「出ませんよ」
「出ないのか。つまらないな」
アスカは急に不機嫌になると幸村は立ち上がりアイギスを取り出した。
「・・・失礼」
「幸村、何を!?」
沙夜の心配をよそに天井にアイギスの銃口を向けると物質破壊を発動させた。
「アスカ様は不審者の存在に気づいていたでしょう?」
「さて、なんのことやら」
幸村は天井裏に潜んでいた他国の物見に感づいて存在を消した。アイギスをショルダーホルスターにしまった。
「幸村、気をつけろ。大会は狙われているからな」
「ご忠告感謝します。それではこれで失礼します」
幸村は立ち上がると沙夜に一礼をして立ち去った。
午後16時30分 王都ミヅホ 城下町
ミヅホの城下町は広々としていて一ノ瀬の本家と真田本家の二大勢力が王都防衛をしている。真田本家は幸村がかつて務めていた当主を姉である麗花に譲り、幸村は全て捨ててアルベルト大陸に移った。
幸村は本家に背いた罪で近づこうとせずに遠目で観察している。
「・・・・・・」
幸村は真田本家を静かに見つめていた。本人は後悔はしてないが選択が正しかったのかは疑問に感じていた。
そうしていると一人の少女が幸村に近づいていくと飛びついた。
「幸村さま♪」
「おっと・・・」
幸村は驚いて身動ぎをした。彼女は第二次魔法大戦で幸村に助けられた犬の少女である。
当時の当主であった幸村の計らいにより彼女たちを使用人として行き場を与えた。
「幸村さま、どうしました?」
「少し立ち寄っただけだよ。ユズ」
少女を撫でると上機嫌に尻尾をふりふりさせて喜んだ。
「最近はどうだ?」
「はい!毎日が楽しいです!」
「それは何よりだ」
幸村は近況報告を聞くと安心した。生き残りが理由で迫害されてないか心配だったが杞憂に終わってしまった。
「みんな、幸村さまに感謝していました。こうして皆と話が出来るのに泣きそうです」
「だからと言って泣くなよ?」
「はい♪」
少女の笑顔を見ると幸村は自分が誤った行動をとったことも間違いではないと確信すると僅かに微笑した。
「次はいつになるか分からないが元気でな」
「幸村さまもお元気で」
別れの言葉を告げるとその場を後にしてフェリーに乗り込んだ。
7月7日 午後12時30分 アルヴァンジュ魔法学園 生徒会室
昼休みに生徒会のメンバーで食事をしようとなったので幸村とステアは同席することにした。
話しの話題はもうすぐ開催される五大陸戦の参加メンバーが誰になったのかと技術スタッフが不足していることが議題に挙がった。
「戦闘参加者が決まってはいるんだが、技術スタッフがな・・・」
「技術スタッフの数に難ありね」
三枝と貴嶋は頭を悩ませていた。
戦闘参加メンバーは補欠を合わせるとノルマ達成はしているが、技術スタッフの数は後一人を誰にしようか悩んでいるところだった。
「どうにかして戦闘参加者から引っ張れない?」
「それは不可能です。そうすると戦力が低下してしまいます」
由姫はそう言うと亜莉沙の隣にいた麗奈が制止をかけると話は再び振り出しに戻ってしまった。
「デバイスの調整やメンテナンスが出来る生徒はいるものだろうか」
亜莉沙は再び頭を悩ませていた。デバイスを自分で調整やメンテナンスはやることはせずに他人に委託することがほとんどである。
幸村はいち早く嫌な予感に気づくとその場を立ち去ろうとしたが時すでに遅しの状態であった。
「そういえば幸村は自分でデバイスの調整やメンテナンスをしていたな」
「はい。時々私のデバイスを見てもらっています」
ステアはそう答えると亜莉沙はニヤリと口元を釣り上げた。
「それなら最後の一人は幸村で決定だな」
あっさりと決まってしまうと幸村は不満な表情を見せた。
「私のような最下生が技術スタッフなんて他の生徒は認めないと思いますが?」
「ふっ、そこは直接見せつければ良い話だ」
「そういう問題ではないと言ってるのですが」
最下生が選ばれない理由は戦闘能力やデバイスの調整などといった技術が欠落しているからであり、何よりも他の戦闘参加者が毛嫌いしているからである。
「技術スタッフは信頼が大事です。戦闘参加者のデバイス調整には互いの信頼が無ければ成立しません」
「私のデバイスも幸村くんに見てほしいけどね~」
由姫は幸村の正面に来ると体を預けた。
「何をしているのですか?」
「色仕掛け?」
由姫は首を可愛らしく傾げるとステアは怒りの炎を滾らせていた。
「・・・幸村?何をしているのですか?」
ステアは生徒会室の空間を闇に侵食しようとした。
「な、なに!?」
麗奈は辺りの空間が黒色に塗り潰されていることに驚くと涙ぐんでしまった。幸村は慌てて止めに入った。
「姫様。落ち着いてください」
「あら、ごめんなさいね」
空間の闇が晴れると亜莉沙は半分闇に喰われた長机を見て感嘆の声を出した。
「自渉干渉魔法が強いみたいだな」
「本当ねぇ~」
ステアの自渉干渉魔法の強さを見たにも関わらずに由姫と亜莉沙は冷静を欠くことなく長机を撤去した。
「そう言うわけで神田は放課後、戦闘参加者と技術スタッフが集まる部屋に来てくれ」
「どう言っても聞いてくれそうにありませんね」
「ごめんなさいね、幸村くん」
「構いませんよ。どうなっても知りませんよ」
半ば諦めかけると幸村とステアは生徒会室を後にした。
午後16時50分 多目的室
放課後になって幸村とステアはそれぞれの席に座ると話しの議題は最後の技術スタッフが決まったことを明かした。
技術スタッフの一人が誰になったのか尋ねると由姫は幸村を指を差して指名した。
「最後の一人は神田幸村くんです」
予想通りに周りでは批難の声が挙がった。
幸村も予想はしていたので早く終わらないかと思っていた。
席の最後尾にいた友理とゆりかは誰にも聞こえないほどの小声で不満を漏らした。
「みんな失礼しちゃう。誰も幸村さんの凄さを分からないなんて」
「仕方ないよ。幸村さんは最下生だもの」
鳴り止まない批難が続き、技術スタッフの一人が立ち上がり何故幸村なのか三枝に聞いた。
「会長は本気ですか?最下生に自身のデバイスを滅茶苦茶にしても良いと言ってるのですよ?」
「ええ。私は本気よ。それとも貴方が見てくれるの?」
「それは・・・」
技術スタッフの一人は押し黙ってしまった。
三枝のデバイスは神話武装の分類に入るのでメンテナンスは困難な代物である。そのため調整する場合は一人でやるか萩原の知識に頼って委託するかの二択しかない。
「まあ待て三枝、そんなに威圧するな」
貴嶋と三枝の間の席に座っている男子生徒が三枝に落ち着けと声をかけた。
「十束くん・・・」
(あの人がラスト・ナンバーズの十束雄樹か・・・)
十束雄樹は十束家の当主である。ありとあらゆる魔法攻撃を粉砕することから魔法殺し(マジック・キラー)として名が通っている。そのため彼には一切の傷がついておらず、戦いにおいては無敵と言っていいほどである。
「まあ腕の方を見せてもらうしかないか。誰か神田にデバイスを触らせてもらえないか?」
十束はそういうと周りがざわつき始めた。「お前が行けよ」や「絶対に嫌だよ」の譲り合いの状態が続いた。
そうすると一人の戦闘参加者が立ち上がり名乗り出た。
「それでは俺がやりますよ」
「行けるか?グリフ」
「はい。以前から彼の腕を評価していましたので構いません」
一人のグリフと呼ばれた白狼の獣人が立ち上がり自らのデバイスをメンテナンスを好きにしていいと言った。
場所を移してデバイスの調整ルームに着いた。五大陸戦は競技用のデバイスが使用されるので普段使っているデバイスに移植する必要がある。
「では、そちらのスキャンゴーグルを付けてください」
「ああ、分かった」
幸村の指示によりリング状の輪のゴーグルを付けた。付けたことを確認すると幸村は次の行動に移った。
「始めます」
ゴーグルの視界にはグリフが使われている魔術式の配列が映りこんだ。
電子パネルには普段のデバイスと競技用のデバイスが同調に成功したことの知らせが出た。
「それでは調整を始めます」
幸村は高速タイピングで魔術式の構築に取りかかった。その光景に周りのスタッフがざわつき始めた。戦闘参加者の一人が技術スタッフに聞いた。
「あれはそんなに凄いことなの?何だか周りがざわついてるけど」
「凄いなんてものじゃないよ。誰もが思いつかないやり方だよ」
本来なら機械には魔術式の自動入力が備わっているが、欠点としては構築した魔術式の一部を途中で入れ替えることが出来ないことにある。魔術式の一部が違うと魔術の発動速度や魔術の威力に差が出来ることになる。
「さて、出来ました。動作確認してみて下さい」
「ああ」
競技用のデバイスを装着して魔術練習用のターゲットに向かって初級炎魔術を発動するとグリフの足元に薄い赤色の魔方陣が描かれていた。
「行け!」
三つの火球がターゲットに向かって行くと瞬く間にターゲットを撃破した。
「どうだ?魔法酔いはしないか?」
十束はグリフの元に近づいて調子を窺うと顔色は上々の様子だった。
「いえ、全くしないです。むしろ俺が調整しているよりも性能が良くなりましたよ」
周りにいた生徒は幸村の技量に驚いていた。グリフ個人のしている調整よりも性能が良くなったことに疑いを隠しようない技術が眠っていたことが明らかになった。
そうしていると新川が三枝の正面に立ち幸村を援護する形で毅然と言った。
「私は幸村を技術スタッフとして受け入れたいと思います。ルーツ云々を差し引いて彼個人の技量を買いたいです」
「まあ♪」
新川の進言によって幸村は技術スタッフの一員として迎え入れられた。三枝は新川の心境の変化に嬉しく感じていた。
19時00分 ヴァンフォート
幸村が技術スタッフの一員としてチーム入りしたことを聞いたフリート達は清水糺衣の祖父が経営している喫茶店でお祝いしていた。
「こんな時間に悪いな」
「良いって、なんせ最下生で初めてのチーム入りだってのによ」
「本当ですよ」
「本当にねぇ~」
糺衣と零弥も祝福の言葉をかけるとステアも微笑んだ。
「ええ。私は初めから疑いもしませんでしたから」
幸村はコーヒーを一口含むと一息ついた。
そして、戦闘参加者の中にステアの名があったのを気にかけた。
「姫様、戦闘参加されるのですね?」
「当然よ。いつまでも逃げるわけにはいかないわ」
ステアは頭を垂れて紅茶に映りこんだ自身を見て呟くと幸村は決心した。
「分かりました。もう何も言いませんよ」
「・・・ありがとう」
幸村はステアの頭を撫でると安心して微笑み返した。その光景を見た糺衣は顔を赤くした。
「はわわ・・・」
「あらまあ、見せつけちゃって」
零弥はニヤニヤして二人を見ているとフリートも顔を赤くした。その様子を見ていた糺衣の祖父は愉快に笑った。
「なかなか面白い友人が出来たな糺衣よ」
「・・・うん。最高に良い友達だよ」
糺衣は笑顔とともに頷くと幸村たちの元に戻ると祖父も安心して静かに微笑んだ。
「というか、その馴れ合いは主従関係じゃないだろう!」
「そうか?」
フリートはツッコミを入れるとステアは寄りかかった。
「良いではないですか♪何でしたら唇を奪いたいくらいです」
幸村とステアの互いの唇の距離を縮めようとすると糺衣は立ち上がった。
「だだだ、ダメです!」
「場所をわきまえてよ!」
零弥も顔を赤くすると幸村は呆れた溜め息をついた。
「姫様、冗談は大概にしてください」
「あら、私は本気よ?」
ステアは満面の笑みを浮かべて冗談ではないと言いたげの表情した。
その後、楽しい談笑をしてそれぞれ家路に着いた。
7月8日 午前9時30分 アルヴァンジュ魔法学園 体育館
この日は戦闘参加者と技術スタッフの任命式が執り行われた。チーム初となる最下生の存在は非常に大きいと言えるものだった。
最下生の生徒たちもいつか立ってみたいと心の中でそう思った。
壇上にいた三枝は参加メンバーにそれぞれアルヴァンジュ魔術学園の校章が入った銀色のバッチを着けて行った。幸村にバッチを着け終わると、頑張ってねのウィンクした。
「それでは皆さん、頑張りましょう!」
三枝は敬礼すると参加メンバーたちも敬礼した。敬礼が終わると三枝は応援に行きたいと全生徒を引き連れて港に向かった。
午前11時00分 ヴァンフォート港
街の真北に位置する港に着くと同時に参加メンバーたちはレッドカーペットの両隣に対峙して、ある方を待っていた。
「王女殿下がいらっしゃいました!全員敬礼!」
三枝はヴァンフォートを統治する王女が来たと告げると敬礼した。王女はレッドカーペットを歩くと同時にメンバーの顔を少し窺ってフェリーに乗る手前にいた幸村を見て不機嫌な表情を浮かべた。
「なぜここにいる?」
王女は幸村に白銀の剣を突きつけた。
周りにいたメンバーたちは騒ぎ始めたが、幸村は動じることなく冷静に対応した。
「私がここにいることに不都合でも?グレイス王女」
「ふん、白々しいな。その見透かした眼が気に入らない」
そう吐き捨てると剣を鞘に戻して乗船した。
その光景を見ていたステアが駆けつけると幸村は「大したことないと」言って乗船した。
ステアも心配しながらも後に続いて乗船した。
12時25分 アルベルト近海
大会の会場は北のノース・ウルズ大陸、東のイースト・イバルディン大陸、中央のセントラル・アルベルト大陸の三角地点に設けている。
まもなく到着のところでウルズ大陸行きフェリーが並走していて急遽、航行不能に陥りぶつかろうとしていた。
「不味いわ!このままだと転覆してしまう!」
三枝は迫り来るフェリーに焦りを見せると戦闘参加者隣の女生徒が立ち上がり魔法を発動しようとしていた。
「この・・・!」
「ダメだ!ルピア!」
ルピアが防御魔法を発動しようとしたところでステアは魔法発動を既に完了してフェリーを破壊した。
「ふぅ・・・」
ステアは魔法終了すると一息ついた。ステアが発動させた魔法について亜莉沙は聞き出した。
「今の魔法は何だ?」
「闇の魔法と振動魔法を組み合わせたものです」
「複合魔法か・・・」
複合魔法は二つ以上の魔法を組み合わせることができるテクニックである。複合がマッチングしていれば誰でも使える系統なので活用されている。
「ふむ、アクシデントがあったが着いたようだな」
グレイスは港に着くと下船をして辺りを見回した。参加メンバーたちも後に続いて下船すると会場を目指して進んだ。
12時50分 ホテル カウンター
参加メンバーたちは各個人に部屋が与えられていて、それぞれ荷物を持って入った。
「アルヴァンジュ魔法学園の参加メンバーです」
「アルヴァンジュですね?こちらが部屋のカードキーになります」
三枝はカウンターの受付嬢にカードキーを預かると手渡しをしていった。
「幸村・・・」
「どうやら、男子と女子が別れているようですね」
ステアは幸村と一緒になれないと知ると泣き出しそうな声を出した。
「しかし、打ち合わせも一緒ですから」
「そうですね・・・」
幸村も必死にフォローするとステアは僅かに笑って誤魔化した。
19時35分 ホール
五大陸の学生全員がホールの中を行き来していて、料理も各国の物が出ているので安心できる場所になっている。
ステアは学生の注目の的になるほどの美貌を持っているのであちこちから視線が集中していた。
幸村は隅っこの方で目立たないようにして立っていると女性ウェイターに声をかけられた。
「お客様~、あまりそちらに立たれますと貧相に見えます」
「なんだ、零弥か・・・」
「そうよ、文句ある?」
「ウェイターが客に喧嘩腰である方が問題だが」
幸村は呆れてグラスに入っていた飲み物を飲み干した。
そうしていると他の生徒がウェイターを呼んでいると零弥は糺衣を呼び止めた。
「糺衣、次はあのお客様をおねがい」
「は、はい!」
糺衣は呼ばれた生徒の元に駆け寄ると空いたグラスを交換していた。幸村は二人がなぜウェイターをしているのか聞いた。
「これ?人手が足りないからお願いされた。糺衣はついで」
「清水は嫌がらなかったのか?」
「糺衣の性格は分かるでしょ?」
「そうだったな・・・」
糺衣は基本的に優しくて温和な性格であるが、怒ると怯むことなく相手に立ち向かう芯の強い少女で頼みごとが入れば断ることが出来ない難儀な性格である。
二人が喋っていると後ろから人影が現れ、幸村の名を呼んだ。
「ここにいたのか、幸村」
「わっ、一ノ瀬の御曹司」
零弥は一ノ瀬和紀に驚いて思わず声に出してしまった。幸村は和紀と話したいことがあると言い、零弥に席を外すように言った。
「まさか、お前がいるなんて思わなかったよ」
「私も好きでいる訳ではない」
幸村は和紀が腰に巻いてる武装デバイスを見てなぜ持ってきているのか尋ねた。
「そいつはなぜいるんだ?」
「本当は大会に神話武装は必要なく置いていこうかと思ったんだが」
「離れないか」
「ああ・・・」
結論を言うと和紀は諦めて肩を撫で下ろした。和紀もなぜ幸村がいるのか尋ねた。
「幸村は何でいるんだ?」
「ウチの生徒会長の意向だ」
「あの三枝さんが・・・」
二人は三枝を見ていると視線に気づいて笑顔で手を振った。二人も三枝に手を振って返事した。
ちょうどその頃、ホールの照明が全部消えてステージのみにスポットライトが照らし出されたが、肝心の人物が不在であった。
全生徒は何があったのか分からずにざわつき始めた。ステージを見ていた二人はある違和感に気づいた。
「幸村、気がついたか?」
「ああ、ステージのところに精神集中魔術が張られているな」
精神集中魔術を看破していない生徒はステージのみに集中していた。二人は本物は反対側のステージにいると気づき視線を向けた。
魔術の時間切れと同時に反対側のステージのスポットライトが照らし出されて年老いた魔法学会の会長が立っていた。
「ステージの反対側に気がついたのは数人程度じゃ」
老人は幸村に目線を向けたがすぐ正面に向けた。
「魔法が確立されたとはいえ油断は大敵。今の魔術を見破れなかった諸君は腕を磨いて挑みたまえ」
会長は全生徒に視線を向けて送ると一呼吸置いて言った。
「それでは明日、大会の開催を宣言する!」
開催の宣言をすると全生徒は歓喜の渦に包み込まれて閧の声を挙げた。
その大声はホール全てに反響されており話し声すら聞けない状態であった。
22時45分 幸村の自室
ホールでの前夜祭が終わり誰もが明日に向けてデバイスのメンテナンスをしていた。幸村も技術スタッフとして参加しているが、いつ戦闘参加になるか不明なので自身のデバイスをメンテナンスしていた。
メンテナンスしている最中に部屋のドアから軽く三回ノックする音が聞こえると立ち上がりドアを開けた。
「幸村さま、夜分遅く申し訳ございません」
部屋に来たのはステアであった。しかし、彼女の顔色を窺うと不安の表情をしていた。
「いや、大丈夫だ。それよりも入らないか?」
「はい。失礼します」
ステアが部屋に入ると自動施錠の電子音の音が鳴り終わるとステアは幸村に抱きついた。
「どうした?」
「私は本当に怖いのです」
「君の力を使うことが?」
「はい・・・」
しゃっくり混じりの声で返答すると幸村は頭に手を置いて優しく諭した。
「ステア、隠していても気づかれてしまうんだよ」
「そうですが・・・」
ステアは覇気のない返答すると幸村は強く抱き締めた。
「大丈夫だ。君に何が起ころうと守ってみせる」
「本当ですか?」
「保証する」
そう聞くとステアは大量の涙を流して三分間抱き締めた状態が続いた。
ステアを解放すると幸村は「送ろうか」の心配をしたが、ステアは「大丈夫です」と不安が払拭した表情で自室に戻った。
幸村もデバイスのメンテナンスが終わると電子モニターを切り明日に備えて就寝した。
下に続く。




