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エピローグ 日ノ本一の不埒者


 帆に満帆の風を受け、無数の大砲を抱える巨大な戦列艦が、蒼い大海原を進む。


 船の名前は、《アン王女の復讐号クイーン・アンズ・リベンジ》。


 かつては黒髭海賊団の旗艦であったこの船は、現在では『新生ハイランド海軍』の旗艦として、カリブの海賊達を震え上がらせる存在となっていた。


 そして、


「…………遅いわ。まだ見えないのかしら?」

 腕を組み、苛立った声で出すのは、燃えるような真紅の髪と、真紅の瞳の美少女だ。


 彼女の名は、ティファニア・アイナース・ハイランド。


 ハイランド王国の第一王女であり、かつてはエドワード・テュッティと名乗り、カリブで最も凶悪な海賊として悪名を轟かせた。

 そんなテュッティは、以前のような露出過多な海賊衣装ではなく、赤と青が基調のハイランド海軍の制服を纏っていた。


 そう。彼女は約束通り海賊を辞め、今では軍を率いて海を守るマーメイドとなったのだ。


「北北西に船を発見! ブラックファルコン号です!」

 と、見張り台から叫ぶのは、長身細身の女剣士シルフィだ。

 黒髭海賊団の幹部であり、テュッティの右腕を務めたシルフィは、今はハイランド海軍の『海兵隊長』を務めていた。


 ブラックファルコン号。

 カリブ最速と謳われるそのコルベット船は、以前は海賊キャプテン・キッドの所有する船であったが、彼女が討伐された後にコロンビア海軍に鹵獲され、今では新任の船長(、、、、、)が指揮を執っている。


「――――ッ!」

 不機嫌な表情から一転、顔を輝かせてテュッティは、船縁に手をかけその方角を見やる。


 望遠鏡に映る黒い船を見つけた瞬間。

 『よし!』と、いう風に拳を固めて喜びをあらわにする。


 すると、後ろで忍び笑いが聞こえた。

 振り向き見れば、船尾楼甲板で黄金の操舵輪を握る、巨漢のアマゾネス戦士オーガが、肩を震わせているではないか。


 最前線で金剛棒を振り回していたオーガは、今はアン王女の復讐号の『航海長』を務めていた。


「……言いたい事があるなら言いなさい、航海長」

 ティファニアは憮然とした表情でいう。

 その頬が少し赤らんでいるのは、燦然と輝く太陽のせいではないだろう。


「いや、まぁ……お嬢も昔と比べて、随分と可愛らしくなられたと思いましてねぇ」

「ふん。あんな奇跡を見せられたら、人間……否が応でも変わるというものよ」


「あの戦いからもう三ヵ月ですか。時が経つのは早いもんですな」

 オーガは遠い目で海を見る。


 あれから様々な事があったが、一番の出来事といえば、妹エミリアーナの生存だろう。

 いまだ記憶の一部が混乱しているが、三ヵ月前に母娘の再開は済ませてある。

 テュッティとの姉妹仲も――徐々にではあるが、良い方向へ向かっていた。


「早いものですか。あの馬鹿ったら……この三ヵ月、手紙も寄こさず、一度も会いに来ないのよ!」

 テュッティの声に含まれる不満は、なしのつぶてである『想い人』に対してのものと、自由に会えない妹に対しての感情が含まれていた。


 一度命を狙われたエミリーは、今後の安全を考え、ハイランド王国が完全にブリテンの支配から脱却して独立を果たすまで、コロンビア海軍で水兵を続ける事となったのだ。


一国一城の主(、、、、、、)ともなれば(、、、、、)、そう簡単には会いにこれんでしょうに」


「だとしても会いに来るべきだわ。今日という今日は絶対に文句を言ってやるんだから!」

 言葉とは裏腹にテュッティは、今か今かと黒い船が近づいて来るのを心待ちにしていた。


 

 ブラックファルコン号が、アン王女の復讐号の真横に接舷。

 互いの船から、牽引ロープが飛び交う。

 舷梯と呼ばれる『橋』がかけられると、ブラックファルコン号から、軍服を纏うコロンビア海兵が乗り込んで来た。


 まず最初に、目が覚めるような『蒼い髪』の少女が甲板い舞い降り。

 続いて、法衣を纏う『真紅の瞳』を持つ少女が続く。


 そして最後に、闇の如き『黒髪』を後で縛る『東洋人』が、舷梯に足をかけると、その後ろに、 『褐色』の肌に『乳白色』の髪の女が付き従う。


 テュッティは走り寄りそうになる己を懸命に堪えると、顎を引いて、腰に手を当てる。

 まるで恋する人に、最も美しい自分を見て貰うかのように。


 ほどなくして、


「久しくお目にかかる。ハイランド王国はティファニア王女。俺の名はルカ。コロンビア海軍はブラックファルコン号の海尉艦長(、、、、)を務めている。こちらは副長のアテネ」

 眼前に立つ黒髪の東洋人がそう言って、キャプテンハットを取った。


 海尉艦長とは、海尉の階級ではあるが、小型艦艇の指揮官を任じられた士官の事だ。

 この地位にてさらなる経験と実績を上げた者は、いずれ、将官である勅任艦長へと昇進する。


 彼の名は、ルカ。


 大和の国の奴隷であったが、度重なる戦勲を上げ、今ではコロンビア海軍の若きコマンダーとして、一隻の船を任されるまでに至った英雄である。


 そして、


「ご紹介に預かりました、一等海尉のアテネ・フォーサイスです。このたびは同盟を結んだ貴国との合同軍事演習と、その打ち合わせに参りました」

 漆黒のメイドスカートを抓んでうやうやしくお辞儀をするのは、蒼い髪の美少女だ。


 彼女の名は、アテネ。


 世界的大財閥フォーサイス家の一人娘であり、多大な戦勲により新造艦の船長を任されるに至ったが、それを断り(、、、、、)、ルカの副長として側で仕える事を選んだ恋するマーメイドである。


「――――大義である」

 テュッティは不遜な態度を崩さず、腰に手を当てそう言った。


 三人の視線が一つに交わり、次の瞬間には、三人同時に噴き出して笑う。

 場の空気が一気に和らぎ、ルカが改めて言った。


「久しな、テュッティ」

「ふん、この私を焦らすなんて、お前も随分と偉くなったじゃない」

「すまない。これでも急いだんだ」


「どうしたのよ、その目?」

 テュッティは心配げな表情で、ルカの左目に手を伸ばす。

 ルカの左目には、三ヵ月前にはなかった黒い眼帯がつけられていたのだ。


「話せば長くなるんだが……そうだな、先に紹介しよう。俺の恩人であり、師であり、奴隷仲間だった『アデラ』だ。テュッティもよく知っているだろう?」

 ルカが後ろを振り向くと、白いローブを纏った女がそのフードを外した。

 風になびく乳白色の髪に、艶やかな褐色の肌。


 だが、その銀色の瞳からは光彩が失われ、左目だけが黒い眼帯に覆われていた。


「お前は――――」

 三ヵ月前のあの戦いで、牢獄に囚われていたテュッティの拘束を解いてくれた恩人との再会に、テュッティは言葉を失う。


 何故なら、アデラの顔に生気は感じられず、微かに鬼の気配がするのだ。 

 さらに、彼女の左目からは、ルカのエーテルを強く感じた。


「彼女の魂を現世に繋ぎ止めるには、俺の『左目』を分け与えるしかなかった。それに……心がまだ深い闇に囚われている。今はそれを治す方法を探しているところだ」


 アデラは死んでおらず、ルテシャも知らない未知の魔術により、仮死状態で時が止まっているという。誰の呼び掛けにも応じないが、ルカの声にだけは素直に従うのだ。


「そう……そういう事なのね」


 父と妹の復讐のために、全てを捨てて海賊に身をやつしたテュッティは、身内のために己の命を削るルカの気持ちを痛いほどに理解出来た。


 理解出来るからこそ、その選択の重さに胸を痛める。


 ルカの目に宿る『神の如き瞳』があれば、この先、どれだけの戦勲を立てられただろう?

 彼がそうと望めば、七つの海すら支配出来たかもしれない。


 だが、ルカは――その瞳でもって、たった一人の奴隷を救う道を選んだのだ。


 きっとこの男は、生涯をそうやって誰かのために費やし、死んでいくのだろう。


 だからこそ、


「アテネ……お前が新造艦の船長にならなかった理由が、ようやく理解出来たわ」

 テュッティは、ルカの側に控えるアテネを見やる。


 戦友であり、好敵手であり、妹のように大切に想う恋敵を――


「はい。ルカは『帆の切れた船』さんです。ほっておけば大変なところにまで流されてしまいます。だから、誰かがギュッと掴んでいなければなりません」

 アテネはそう言って、自然な動作でルカの二の腕を抱き締める。


「確かにその通りね。でも、掴む手は多い方がいいのではなくて?」

 テュッティはルカの反対に回ると、豊満な胸を押し付けるように腕を絡めた。


 ぴくんと、アテネの眉が跳ねる。


「わ、私がしっかり掴んでいるから大丈夫です!」

「ご苦労だったわね。私が代わってあげるから、お前は向こうで休んでなさい」

「テュッティこそ、王女様としての務めがあるのでしょう? ルカのお世話は私に任せて下さい!」 

「すっかり女中が板に着いたようね!」


「当然です。このメイド服は伊達ではありません。っていうか、いい加減離して下さい!」

 アテネとテュッティは視線の火花を散らし、左右からルカの腕を引っ張る。


 と、その時。


 かしましい二人の間に挟まれるルカが、その手を(、、、、)アテネとテュッティ(、、、、、、、、、、)のお尻へ持っていく(、、、、、、、、、)


 パチン――と、肉を打つ音が響き渡り、


「きゃん!?」「ひゃあ!?」


 アテネとテュッティが悲鳴を上げて、それぞれお尻を押さえた。

 二人はルカにお尻を叩かれたのだ。 


 さらにルカは、今度はこちらの番とばかりに、二人の腰を抱き寄せると、


「じゃれ合ってないで先に打ち合わせを済ませるぞ。――――俺達の事は、その後だ」


 と、それぞれの耳元で囁く。


 その声に籠められた滾るような意思と、腰に回された手から感じる熱量に、アテネはもちろん、テュッティもこの後の事を想像し、火が出そうな勢いで顔を真っ赤に染めた。


 この男を掴んで離さない――と、そう思っていた。


 だが、自分たちは既に囚われていたのだ。虜にされていたのだ。


 ふと、反対側のアテネと目が合う。

 テュッティが頬を染めたまま苦笑すると、アテネも同じように微笑む。

 お互い大変な男に惚れこんでしまったと、二人の少女は、一人の少年の腕に手を回す。



 海の女神がその恋を祝福するかのように、澄み渡る青空に爽やかな風が吹き抜け、大海原に白波が立った。






これにて完結となります。

ルカとアテネの冒険はまだまだ続きますし、一応続きの構成もあるのですが、一旦は〆とさせて頂きます。


どうだったでしょうか?

少しでも楽しいと、面白かったと思って頂ければ幸いです。



次の予定ですが、実はどうしても書きたいロボット物のプロットがあるので、

それを文章化していこうと思います。

完成したら投稿すると思いますので、その時は是非、読みに来てください。

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