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 食事の片付けが終わる頃には、日が沈み、あたりはすっかり暗くなっていた。

 先の見えない夜の海を進むのは、座礁や、衝突など、大変な危険を伴う。

 そのため、夜は錨を降ろして停泊するのが一般的であった。

 ステラ・マリス号もそれは同じで、巨大な二つの錨が海に沈み、白銀の女神は今宵の宿となった。

 交代で当直にあたる水兵と士官以外は、全員が寝る準備を始める。

 灯りは貴重であり、船乗りは基本的に早寝早起きである。

 食事の片付けが終わった砲列甲板では、ハンモックと呼ばれる釣り掛け式の簡易ベッドが梁の間に手際よく設置されていく。

 寝るときも食うときも、そして戦うときも、水兵の居場所はこの二層目にある砲列甲板であった。

「これでよし、っと」

 ルカは長年してきた馴れた作業なだけに、あっという間にハンモックを着け終えた。

 ここにアテネの姿はない。

 士官候補生である彼女は通常任務が終わったのちに、今日の報告や、明日の予定。各種軍務に関するミーティングに参加してから眠りにつく。

 そのためルカの教育係りとなってからも、アテネは士官候補生の四人部屋で就寝するのだ。

 砲列甲板からだと船尾に向けて進み、階段を降りた第三甲板の先にある。

 行って行けないことはないが、緊急時以外は船尾の士官エリアは立ち入り禁止となっていた。

「アテネ、大丈夫かな……」

 副長に怒られていないか心配になる。

 いつの間にかルカは、アテネに対して強い仲間意識を感じるようになってた。

 今日のように濃密な毎日を一週間も過ごせば、嫌でも親密になるというものだ。

 ルカは怒られてしょんぼりするアテネを想像するが、頭に浮かんだのは、何故か美味しそうにシチューをほうばるアテネの姿で。

「意外と大丈夫そうだ」

 食いしん坊なマーメイドは美味しいご飯にご満悦で、すっかり元気になっていたなとルカは笑う。

 これ以上考えても仕方ない。

 ルカはハンモックに横になろうとした――

 まさに、その時。

「――――スコールよッ!」

 と、外から声が響き、ザァと激しい雨音が天井を通して砲列甲板に響き渡る。

 少女達がにわかに色めき立った。

 と、

「各班は三角帆と、ロープに予備の樽を持って、上甲板に集合せよ!!」

 砲列甲板に下士官の号令が響いた。

「はいッ!」

 水兵の少女達は、声を揃えて叫んだ。

 就寝前で静まっていた船内は、まさに火がついたような大騒ぎとなる。

 ルカはこれから『何が』起こるのかを、正確に理解していた。

 人は、万物にあまねく存在するエーテルを、聖霊術と呼ばれる力によって操り、無から有を生み出す事が出来る。

 火の聖霊を血に宿す者は火を。

 風の聖霊を血に宿す者は風を。

 水の聖霊を血に宿す者は水を。

 土の聖霊を血に宿す者は土を。

 だが、幾ら有を生み出せるといっても無限ではなく、聖霊術の行使には相応に体力と精神力を消耗する。それは紋章学が発展した近代でも変わらず、海上での真水はとても貴重であり、激しいスコールはまさに恵みの雨であった。

 上甲板に出たルカは、激しい雨に打たれながら、見習いとして空の樽を抱えて待機する。

 何をするのかというと、これから皆で『雨水』を集める訓練をするのだ。

 ルカが作業するミズマストでは、八人の少女達が二人一組になって、三角帆を張るためのロープを背負い、マストに繋がるシュラウドと呼ばれる格子状の静索を登る。

 彼女達は『掌帆手』と呼ばれる、帆を専門に担当する水兵だ。

 夜の闇と激しい雨をものともせず、少女達は危なげなくスイスイと登っていく。

 その動きはとても熟練しており、誰が一番乗りかを競い合うかのように掛け声を上げる。

 甲板で樽を持って少女達も、「頑張れ!」「負けるな!」と声援を送った。

 だが、その時。

 突然、殴りつけるような横風が、激しい風雨となって少女達を襲う。

「きゃ!?」

 シュラウドを登る少女の一人が、風雨に煽られ不運にも足を滑らせた。

 二人組の相方の少女が血相を変えて手を伸ばすが、僅かに届かず、少女は甲板に向け落下していき――

「!」

 ルカは空の樽を捨てて跳んだ。

 悲鳴が響く中、漆黒の風となったルカは、少女の落下地点に先回りしていた。

 直後にドンッと腕に衝撃が来て、全身を使って荷重を受け流す。

「……危なかったな。怪我はないか?」

 ルカは落下した少女の身体を、見事に受け止めて見せた。

 だが、少女は呆然とルカを見上げるだけで、一言も声を上げない。

「どうした? 何処かぶつけたのか?」

 心配したルカは少女を覗き込む。

 すると、栗色の髪をサイドで纏める少女は、何故か顔を真っ赤にして、

「へ、平気です! 本当に平気ですから……ッ」

 と、あたふたしながら叫んだ。

「そうか。無事で良かった」

 ルカは抱き留めていた少女を降ろすと、変わりに少女が持っていたロープを手に取った。

 一体何をという表情をする彼女に、

「ここは俺に任せてくれないか?」

「で、ですが……」

「その足じゃ、上には登れないだろ」

 落下の恐怖に身体が反応してしまうのだろう。少女の足は微かに震えていた。

「――――ッ」

 少女は恥じ入るように、ワンピースのスカートを押さえた。

「行ってくる」

 ルカはロープを肩に背負い、マストに挑む。

 夜の作業は熟練していても事故が付きまとう。

 ましてやこの雨と風では、危険は何倍にも高まる。

 だからこそ、訓練をするのだ。

 ルカは激しい風雨を受けながら、驚くほどの速さでシュラウドを駆け上がっていく。

 下で見守る少女達は、ルカの熟練した身のこなしに驚いた。

 先に登っていた少女達を追い越すと、帆を取り付ける為のヤードと呼ばれる巨大な帆桁に股がり、肩に背負った三角帆のロープを、動索の一つである滑車に通していく。

 風雨の中で最も危険な作業だが、

「よし、こっちは動索に通したぞ!」

 ルカは遅滞なく作業を終わらせ、滑車に通したロープの先を甲板へ向け垂らしていく。

「こちらも固定します!」

 甲板では先ほどの栗色の髪の少女が二人がかりでロープを掴み、下の動索に通して三角帆を取りつける。

 だが、まだ完成ではない。

 帆を引き上げる最後の行程が残っていた。

「よし、引けッ!」

 と、ルカが叫べば、甲板で待機していた少女達が綱引きのように一斉にロープを引っ張る。滑車が回り、鯉のぼりを上げるかのように、三角帆がヤードに向けて引き上げられていく。

「まだだ! もっと引け!!」

 ルカは発破をかけるように叫んだ。

 水兵の少女達は「はい!!」と、声を揃えて、さらに力を籠めてロープを引く。

 やがて、三角帆の先端がヤードにまで届くと、ルカは目にも止まらぬ速さで帆をロープで結び完璧に固定して見せた。

「こちらは固定した! 帆を張れ!!」

 甲板の少女達がもう一つのロープを引くと、折りたたまれていた三角帆がゆっくりと広がっていき、やがて風雨を受けてバンッと音を立てて開いた。

 そして、

「――――俺達が、一番乗りだ!!」

 ルカが叫ぶと、マストからも、ヤードからも、甲板からも、「ヤーッ!」と歓声が響く。

「ふぅ」

 ルカはヤードに跨りながら一息つく。  

 三角帆は実際に帆ではなく、目の細かい『網』で、風を受けるのではなく『雨』を受け止める装置だ。

 大航海時代を経て補水装置も進化し、効率よく雨水を集められる装置が幾つも開発された。

 三角帆もその一つだ。

 網は風を通すが、水の多くは表面張力によって網を伝って、三角帆を川のように流れて来る。滝のようにこぼれ落ちる雨水を受け止めるのが、空の樽だ。

 樽にはみるみる雨水が溜まっていく。

 ルカはそのあとも、帆を張るためにマストを登る少女達を手伝った。

 見れば、各マストでも三角帆が張られていく。

 ルカの視線は、自然とアテネを探し――

「いた……」

 船の真ん中のメインマストのヤードの上に、アテネの姿を発見した。

 アテネはロープを結んでいた。

 沢山練習したロープ結びを、早速使う時が来たのだ。

 だが、暗い中で、雨に濡れたロープは硬く、思うように結べない。

 アテネの横顔に焦りを見て取ったルカは、

「落ち着くんだアテネ! 練習を思い出せ!!」

 と、思わず叫んだ。

 アテネは「?」という表情で顔を上げ、きょろきょろと周囲を見渡すが、首を傾げて作業に戻る。

 無理も無いだろう。アテネがいるメインマストから、ルカがいるミズマストが目視出来ないのだ。

 船の各所にランタンが灯されているが、空は分厚い雲に覆われ、夜の闇は一層濃く深く世界を覆い、さらに前が見えないほどの激しい雨のカーテンが、数メートル先の視界をも奪っていた。

 だが、ルカの『瞳』には、この闇の世界がはっきりと見えていた。

 アテネの『表情』も、アテネが結んだロープの『結び目』まで、全て――

「いいぞ、それでいい」

 ルカの声に反応したあとは、アテネから目に見えて焦りが無くなり、集中して作業を進め、ほどなくしてしっかりとロープが結ばれた。

 他のチームはトラブルもなく作業を進め、ルカがマストを降りた頃には全ての場所で、補水が始まっていた。

 ルカは邪魔にならないよう、端に控えて待機する。

 熱帯の雨は温かく、心地いい。

 目を閉じて天を仰ぎ、全身を雨に打たれていたルカは、ふいに人の気配を感じた。

「探しましたよ、ルカ。ここにいたのですね」

 サファイアのように輝く瞳に、これまでにない自信をみなぎらせるアテネが、雨に濡れた事でさらに艶やかさを増した青い髪を揺らして駆け寄ってくる。

「そっちの作業も終わったようだな」

「ええ、私の活躍によりそれはもうつつがなく。ルカにも見せたかったですよ!」

 ロープが上手く結べて、余程嬉しいのだろう。

 アテネは、どや!っという自信満々の表情で、腰に手を当て豊かな胸をゆさんと揺らした。

 そんな可愛いアテネの姿に、ルカは幼い頃に飼っていた犬を思い出す。

 狼の血が入った赤い毛並みの大型犬だったが、投げた木枝をくわえて帰って来た時の「ほら、早く褒めなさいよ?」という表情が、今のアテネにそっくりなのだ。

「練習の成果だな」

 頭を撫で撫でしたい気持ちを堪えながら、ルカは言った。

「ふふ、ルカからロープ結びの教育係りを、奪還する日は近いですね」

 アテネの声に嫉妬は欠片もなく、ただ純粋なライバル心を向けてくる。

 ルカの胸にも心地いい闘争心が燃え上がる。

「簡単には負けないぞ?」

 ルカが拳をつきだすと、アテネは嬉しそうに拳をコツリと打ち合わせて、

「望むところです!」

 と、高らかに言い放った。

 と、その時。

「あ、いた! こっちにいたよ、エイミー!」

 ランタンの灯りを片手に、茜色の髪をショートで切り揃えたボーイッシュな少女が声をあげる。

「ありがとう、テオ!」

 息を切らせて走ってきたのは、先ほど助けたの栗色の髪の少女だ。

 エイミーと呼ばれた少女は、テオと呼ばれた少女に背中を押されるようにルカの前に立つ。

 髪は栗色だが、瞳は赤色で、背はアテネよりも少し低く、小動物のようにおとなしい雰囲気の少女だが、よく見れば顔立ちは整っており、着飾れば大変な美少女に変貌するだろう。

 深呼吸して息を整えたエイミーは、

「私の名は、エミリアーナ。親しい者はエイミーと呼びます。先ほどは気が動転してお礼も言えず、本当にごめんなさい。改めて、命を救って頂いたお礼がしたいんです!」

 と、頬を紅潮させて叫んだ。

「先の事なら気にしなくいい。船の仲間を助けるのは当然だろう」

 ルカは鼻先をかきながら、ぶっきらぼうに答えた。

 奴隷だったルカは、誰かに評価されたり、感謝されたりすることに慣れていない。

「いいえ、それでは私の気がすみません! せめて、これを受け取ってください」

 エイミーは指に嵌められた、白い宝石の指輪をルカに渡そうとする。

 装飾品の価値なんてわからないが、どうみても高そうな代物だ。受け取れるわけがない。

「まいったな……」

 ルカは助けを求めてアテネを見るが、

「…………知りません」

 何故かアテネは、むくっと頬を膨らまして不機嫌そうに顔を逸らす。

「わかったエイミー。貸し一つだ。今は何も望みはないが、いずれ助けを借りる日まで預かっていてくれ」

「はい、わかりました!」

 エイミーは祈るように両手を組み、頷いた。

 と、その時。

「――――全員手を止め、注目!」

 副長を務めるテミス一等海尉の声が、甲板に轟いた。

 顔を上げたルカが見たのは、上甲板から一段高くなった船尾楼甲板に立つ艦長メルティナだ。

 船尾楼とは、船の中枢機能を持つ区画で、会議室のほかに、艦長室などもここにある。

「告げる。こちら艦長」

 切れ長の目に、怜悧な美貌のメルティナの声がどこまでも響く。

 甲板にいる水兵全員が、一斉に姿勢を正した。

「皆の素晴らしい働きにより、予定よりも早くに訓練は終了したわ。幸いにも雨はしばらくは続くでしょう。そこで、雨の中で作業に励んだあなた達に、私からささやかな贈り物を進呈するわ」

 そこで言葉を切ったメルティナは、口元に優しい笑みを浮かべると、

「艦長命令よ。あとは好きに騒ぎなさい!」

 と、爽やかに言い放つ。

 その粋な命令はさざ波のように甲板に広がり、一瞬の沈黙のあと、割れるような歓声が響き渡った。

 コロンビアの水兵達に世界で一番綺麗な場所はと問うたなら、答えは自らの艦と答えるだろう。

 朝掃除して、昼掃除して、夜掃除して――と、毎日三度の掃除により、船内も船外も徹底的に磨き上げられ、常に最高の清潔さが保たれている。

 当然、船が綺麗ならそこに乗る船員もまた、身だしなみに気を付けねばならない。

 水兵の多くは若い少女であるため、心情的にも、肉体的にも、日々の沐浴は欠かせなかった。

 通常は昼間に、帆を使った鮫よけの吊るしプールを使う。

 海水で身体を清めたあとは、タライ一杯の真水が支給され、それで塩を洗い流すのが、コロンビア海軍流だ。

 だが、三百人もの船員が交代で入るため、一人に割り当てられた時間はとても短い。

 少女達は思う存分、真水を使い身体を清めたいと常々思ってきた。

 そのため今回のような大規模なスコールは、またとない絶好の機会であった。

 少女達は銘々にはしゃぎながら、一斉にセーラー服を脱ぎ捨て、身体を洗い始める。

「ああ、いい香り。やっぱりクルム油の石鹸は最高だよ」

 と、先ほどのエイミーとテオが乳白色の石鹸を泡立て、身体へ伸ばしていく。

 コロンビア原産のクルムの実から抽出された油で作られた石鹸は、香り高く、美容効果がてきめんで、髪を洗えば香油でといたかのように艶やかな洗い上がりになる。

 だが、盛り上がる少女達とは裏腹に――

「ま、まずいぞ……」

 ルカは一気に肌色が増した甲板で、ただ一人服を着たまま額に脂汗を浮かべる。

 商船でも似たような光景はあったが、奴隷仲間の多くはルカよりずっと年上で、長く共に生活したせいか、家族のようにこれまで意識したことはなかった。

 だが、この船の乗組員の多くは、同年代のうら若き乙女達だ

 右も左も瑞々しい女体だらけで、非常に目に毒な光景だが、この時ルカが考えていたのはどうやってこの場から逃げるかであった。

 女が祝福され、男が呪われた海で、性別を偽り働いているルカは、この船に紛れ込んだ異物といっていいだろう。

 もし、男だとバレたら大変なことになる。

 自由を買い戻すどころか、魚の餌となってしまうだろう。

 そして、その危機は目の前に迫っていた。

 一人だけ服を着たままのルカは、どうしようもなく目立つ。

 エイミーやテオを含めて、周囲の少女達がチラチラと視線を向けてくる。

「右も左も囲まれている、か……」

 ルカは追い詰められるようにジリジリと後ろに下がる。

 と、その時。

 ぽんと、背後から肩を叩かれ、ルカは慌てて身をひるがえす。

 そこに居たのは、一子纏わぬ、生まれたままの裸体を晒すアテネの姿で――

「ほら、なにをしているのです。ルカも早く脱いで下さい。背中をこすってあげましょう」

 右手に石鹸を、左手にスポンジを持ったアテネがそう言った。

 だが、ルカは呆然としたまま返事もしない。

 ルカは見惚れてしまったのだ。

 アテネのあまりの美しさに。

 日々太陽の下にいるとは信じられないほど純白の肌は、闇の中で穢れを寄せ付けないかのように眩く輝き。肌にしっとりと張り付く青い髪が、まるで薄布のようにアテネの豊かな胸を隠す。

 ランタンの灯りを受けて、少女の肢体に浮かび上がる陰影は、その肉体が以下に女性的であるかを痛烈に物語っていた。

「ルカ?」

 固まってしまったルカに、アテネは不思議そうに首を傾げる。

 衣服の拘束を逃れた少女の豊かな胸は、想像よりも遥かに大きく柔らかで、見事の形を保ちながら『たゆん』と揺れ動く。

「――――ッ」

 闇を見通す瞳を持つルカは、アテネの青い髪の向こうに、双子山の頂を垣間見てしまう。

「あ、もしかして、さっきの事を怒っているのですか? あ、あれはルカだって悪いのですよ。私と話している最中なのに、急に他の子と話し出すなんて失礼しちゃいます」

 アテネはむくっと頬を膨らまして見せるが、すぐに元気なくしゅるしゅると頬を萎ませる。

「ですが、私の方も大人気ない対応だったと反省しています。ごめんなさい、ルカ。どうか仲直りに、身体を洗いっこしませんか?」

 アテネはスポンジと石鹸を祈るように握り、上目遣いで懇願する。

 その蠱惑的な仕草に、ルカはゴクリと息を飲む。

 アテネもようやく、ルカが放つ熱い視線に気が付いたのか、

「あ、あの……幾ら女同士だからって、そんなに見つめられたら照れますよ?」

 恥ずかしげに胸を隠す。

「……す、すまない!」

 ルカは今更ながら、肌を晒す女性に対してぶしつけな視線を送っていた事に気が付き、恥じ入るように顔を伏せた。

「やはり、まだ怒っているのですね。無理に誘ってごめんなさい」

 アテネはしょんぼりした顔になる。

「ち、違うんだ!」

 この時、平常心を失っていたルカは、悲しむアテネに思わず声をかけ――

「君が、アテネが、あまりに綺麗で……つい見惚れてしまったんだ」

 己の胸の内を包み隠さず吐露してしまう。

「――――えッ!?」

 アテネは驚きに目をまん丸に見開いた。

 ルカはカッと赤面すると、

「失言だ。今のは……忘れてくれ」

 アテネから逃げるように、少女達の間を駆け抜け闇の中に消えた。

 一人残されたアテネは、ルカの後を追おうとはせず呆然と立ち尽くす。

「き、綺麗……私が?」

 アテネは、ルカの言葉を噛み締めるように呟いた。

 その瞬間。

 心臓が暴れるように鼓動を刻み、身体中の血が沸騰するかのように熱を持つ。

 頬がみるみる真っ赤に染っていき、息が乱れる。

「お、おかしいです。ルカは、ルカは女の子のはずなのに、なんで……なんで、こんなに胸がドキドキするのでしょう?」

 その質問に答えるものはなく、火照ったアテネの身体に激しい雨が降り注いだ。

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