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今回から試しに行間を開けてみました。
読みやすいならこのままで行きます。
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《大地の神》エンシガイウスと、《海の女神》アンフィトリテの間に起きた争いは、人の世にも大きな変化をもたらした。
神の呪いにより、男は海に出れなくなり、女は山に登れなくなったのだ。
世界を二つに割る呪いは、幾つもの悲恋を生み出した。
中でも『冥界下り』で知られるオルフェウスの物語は、『星になった青年』と呼ばれる童話として広く語り継がれている。
愛する妻を生き返らせるため、オルフェウスは『冥界』に行く事を決意する。
だが、死者の国である冥界は『海の底』にあると云われ、男は神の呪いによりたどり着く事は出来ない。
方法は一つだけ。
――――死者となる事であった。
オルフェウスは崖から海へ飛び込み、自らの命を絶つ事で冥界へ下った。
亡者がひしめく冥界で、オルフェウスは妻エウリュディケを求めてハープを鳴らす。あまりに悲しく美しいハープの旋律に、冥界の王は心を動かされた。
『妻を連れて冥界を出よ。もし最後まで振り返らなければ、妻を生き返らせてやろう』
オルフェウスは妻の手を引き、冥界を行く。
何があってもオルフェウスは振り返らずに、妻の手を離さなかった。
契約は守られ、エウリュディケは生き返った。
だが、神の呪いより海を渡れぬオルフェウスは、冥界から出る事を許されなかった。
エウリュディケは、たった一人で生き返ってしまったのだ。
愛する夫と再び離れ離れとなったエウリュディケは、悲嘆にくれ泣いて毎日を過ごし、もう一度オルフェウスに会うため崖から海へ飛び降り命を絶った。
ところが、一度生き返ったエウリュディケは冥界へは行けず、海の泡となって消滅してしまう。
二人を憐れに思ったのが、恋を司る女神であった。
女神はオルフェウスを天に輝く星に変え、海の泡に消えたエウリュディケを白鳥へと変えた。
「こうしてオルフェウスは琴座となり、エウリュディケは白鳥座となり、年に一度だけ女神の力により再会を許されんです。とても悲しくて、でも……ロマンチックな話だと思いませんか?」
サザングレイス大要塞から港町サンシャインロードに到着したアテネは、隣を歩くルカを見やる。
「悲しい物語だ。でも、そこまで誰かを愛する感情を……今なら理解出来るよ」
「はい」
アテネは頬を染めて頷いた。
今日のルカは『スペンサー』と呼ばれる白が基調の士官服を纏っていた。
スペンサーとは短い丈のダブルジャケットで、黒の燕尾服と合わせるのが流行のスタイルだ。
白いブリーチズボンに黒いロングブーツに加え、剣帯に差された刀が存在感を放つ。
(王子様のように素敵です……)
ルカを横目に伺いながら、アテネは思う。
道行く人々の視線を、これ以上ないほど惹きつけるルカのいで立ちに、アテネは誇らしさと同時に甘い嫉妬を覚える。
独占欲といい換えてもいいだろう。
ルカを誰にも見せたくない。自分だけのものにしたい――と、そんな醜い感情を抱いてしまう。
だが、この時のアテネは知る由もなかった。
ルカもまたアテネに対し、全く同じ想いを抱いている事に。
女神の如き美貌に加え、少女とは思えないほど豊かな胸に、短い丈のスカートから覗く健康的な脚線美と、アテネの可憐な容姿は道行く人々の視線を強烈に惹きつけていた。
こうして、初めてのデートを始めた二人は、多少のぎこちなさを残しつつ晴天の青空の下を行く。
◇
「見て下さい、ルカ! 凄い飾りつけですよ!」
街の中心地はお祭りムード一色に飾り付けられており、アテネは興奮した様子で回りを見渡す。
「ああ、まるで別世界のようだ」
いつも見慣れたはずの街並みが、おとぎの国に迷い込んだかのように華やかとなっていた。
「《星天祭》は恋の女神を称える祭りとしても有名なんです。このお祭りを共に過ごしたペアは、必ず来年も一緒に過ごせると云われています。だから、その……」
アテネは頬を赤く染めて、所在なさげに手を開いたり閉じたりする。
視線の先に映るのは、仲睦まじく手を繋いで歩く恋人達だ。
「なら、俺達もそれらしくしないとな」
ルカはそう言って腕を差し出した。
「――――はい!」
アテネは嬉しそうに、ルカの腕にムギッと抱き付いた。
恋の祭りだけあって、町の至るところで再会を喜ぶ恋人や、 手を繋ぐ男女に、出会いを求める者など、海軍本部のお膝元だけあって多くの水兵や海兵の少女達が往き来していた。
「実は私、《星天祭》に参加するのは初めてなんです。毎年この時期は、船の当直をするか、教本を読むかと一人で過ごしてきましたから」
「どうしてまた?」
「……わからなかったんです。 誰かを好きになり、愛するという感情が。でも、今は違います。今なら恋の祭りに浮かれていた彼女らの気持ちが……痛いほど理解出来ます」
「そうだな」
ルカは優しく言った。
「一つだけ後悔があるとするなら、ルカに祭を案内してあげられない点です。こんな事なら、去年に少し回っておくべきでした」
「焦ることはないさ」
「え?」
「今の俺達なら失敗もまた一つの思い出じゃないか。ゆっくりと祭りを見て回ろう。今年で見切れないなら、来年も、再来年も、それこそ毎年来ればいい」
「そう……ですね。何もない無人島だって楽園に出来たんですもの。一から始めるのは得意中の得意です!」
「その通りだ」
「では、さっそくあそこの屋台から見て行きましょう!」
ルカとアテネは手を繋いで、屋台に向かって歩き出した。
◇
コロンビアのお祭りを初めて経験したルカは、その規模の大きさに圧倒された。
大和の国で屋台といえば、ぼた餅に、天婦羅、鮎焼き、蕎麦屋に、寿司屋などの軽食がほとんどであった。
だが、ルカが最初に訪れた屋台で遭遇したのは、巨大な肉の塊だった。
牛の肩ばら肉をソース漬けにして、低温で長時間焼いたもので、フォークで簡単に切れるほど柔らかい。
隣の屋台では豚を丸焼きにしているではないか。
「す、凄いな……」
「見ているだけでワクワクしますね!」
「だな」
「見てください、ルカ! あちらではファンネルケーキが揚げられていますよ!」
はしゃぐアテネは最初の緊張も消し飛び、すっかり食いしん坊のマーメイドとなっていた。
それは意識せずともクロエのアドバイスを実行している形となり、花より団子という微笑ましいアテネを、ルカは優しい目で見つめる。
「――――あ、あれは!?」
「どうかしたのか?」
アテネが立ち止まったのは、並べた景品を撃ち落とす射的屋であった。
「どこの国でも似たような店があるんだな。大和の国では吹矢だったがこっちは銃か」
マスケット銃をミニチュアにしたような模擬銃が置かれていた。
「バネ式のコルク銃ですね。私も実物を見るのは初めてです」
「何か欲しいものがあるのか?」
「あの、可愛らしい『くまさん』が目にとまって」
可愛いという表現には主観が混じる。
陳列棚にすみっこに置かれていたのは、妙に目付きの悪いクマのぬいぐるみであった。
「か、可愛らしい……?」
右目には何故か太刀傷があり、どうみても『無頼の輩』に見える荒くれクマで、『くまさん』というより『熊五郎』という体だ。
「なんだかルカに似ていて、とってもキュートです」
アテネにはそれが愛しい人に重なって見えるらしい。
「そ、そうか……」
「やってみてもいいでしょうか?」
「もちろん」
「一回分でお願いします!」
アテネは店主の女性にお金を払い、十発のコルク弾を受け取った。
「頑張れ」
「はい!」
アテネは銃口にコルク弾を籠め、銃床を肩に当てると、両手で銃を構えた。
あまりに見事な射撃体勢は、美しくもあり、道行く者が思わず足を止めるほどであった。
照準器であるアイアンサイト越しに、目標を捕らえ――アテネは自然とトリガーを引いた。
バチンとバネが跳ねる音がして、発射されたコルク弾がは、狙いたがわずクマのぬいぐるみに直撃した。
「やった! やりました! 命中ですよ、ルカ!」
「流石だな、アテネ」
二人はハイタッチを交わすが――
「喜んでいるところに水をさして悪いんだけど、当たっただけじゃダメだよ、お嬢さん。ちゃんと倒さないと景品は上げられないのさ」
と、店主の女性がそう言った。
「え、そうなんですか!?」
「こっちも商売なんですまないねぇ」
「小さな景品は倒しやすいが当てにくく、大きな景品は当てやすいが倒しにくいという事か」
「ゲーム性は理解しました。残弾はまだあります。必ず落として見せます!」
アテネは闘志を燃やして、再び銃を構える。
二発目、三発目と連続でヒットさせるが、くまのぬいぐるみはビクリとも動かない。
頭部狙った四発目で、初めてぬいぐるみが揺らいだ。
「ここですっ!」
アテネは何度も同じ場所を狙い撃つ。
徐々にだが確実に、ぬいぐるみが棚の縁に押されていった。
簡単な作りの模擬銃に、コルク弾丸は真っ直ぐ飛ばないため、狙った目標に命中させるのは非常に難しい。
当たり前のように連続で命中させているアテネの技量が、尋常ではない証である。
いつの間にか出店の周囲には人だかりが出来ており、アテネの神技に「おおっ!」と、歓声が上がった。
ついに九連続で命中させたのだ。
残る弾は、あと一発。
だが、
「駄目です……このままだと落とせません……」
確実にぬいぐるみは動いているが、あと一発では落とせないだろう。あと三発か、四発目必要だと、アテネは目測する。
最後の一発を銃口に籠めると、アテネは厳しい表情で銃を構えた。
と、その時。
「店主、質問がある」
ルカが言った。
「なんだい?」
「銃を撃つ時は、このラインを足で跨いではダメなんだな?」
「そうだよ」
「なら、足でラインを跨がない限り、銃口がラインより前に出ても問題は?」
「ルール上は何も問題ないね」
よく気が付いたねという風に店主が笑う。
「!」
ルカの質問の意図をアテネはハッキリと理解した。
バネ式のコルク銃は距離による減衰が大きい。一メートルも近付けばそれだけ威力は増すだろう。
「アテネ、俺が身体を支えよう」
「お願いします!」
アテネは足を開くと、上体を前に倒す前傾姿勢となり、右手だけで銃を構えた。
当然、突き出されたお尻に短いスカートがめくれ上がり大変な事になるが、ルカがすかさず背後に立ち、下着を隠すと同時に、アテネの折れそうに細い腰を両手で抱き締める。
周囲から黄色い悲鳴が上がるが、ルカとアテネの二人は真剣そのものだ。
二人の呼吸が重なり、心臓の鼓動すらシンクロした瞬間。
アテネはトリガーを引いた。
至近距離で発射されたコルク弾は、ポコッ! と可愛らしい音を鳴らして、クマのぬいぐるみに直撃。
「やられたー!」と、いうかのように大きく後ろに傾いたぬいぐるみは、そのまま棚から落下した。
「大当たり――――ッ!」
店主の女性が鐘をカランカランと鳴らして、景気のいい声を張り上げる。
周囲からも大歓声が上がった。
「やった! 今度こそやりましたよ、ルカ!」
「ああ、やったなアテネ!」
達成感が多きな喜びとなって弾ける。
「おめでとう、お嬢さん。景品のぬいぐるみだよ」
店主はぬいぐるみをアテネに差し出した。
「ありがとうございます!」
アテネはぬいぐるみをムギッと抱き締める。
「幾ら恋の女神を称えるお祭りだからって、仲がいいのもほどほどにねぇ」
店主は「あらあら」という表情で、意味深な微笑む。
二人はそこで初めて、自分達がお尻と腰を密着させる格好で抱き合っている事に気が付いた。
周囲には、二人の仲を囃し立てる群衆の姿があり。
「す、すまない!」
ルカは慌てて腰を掴む手を離し、
「い、いえ、ルカは悪くありません!」
アテネは真っ赤な顔でスカートを押さえ、身体を離した。
二人は気恥ずかしそうに互いに視線を交わすと、どちらとともなく吹き出しクスクス笑う。
「逃げるぞ、アテネ!」
「――――はいッ!」
ルカに手を引かれ、アテネは駆け出した。
◇
「ここまでくればもう……大丈夫だろう」
「はぁ、はぁ……まだ、胸がドキドキします……」
ルカとアテネはサンシャインロードの中心にある『大通り広場』に来ていた。
「ふふ、やっぱり何度も見ても可愛い」
アテネはぬいぐるみを掲げて、嬉しそうに微笑む。
「クマのブラウン氏に友達が出来たな」
「はい! きっと喜ぶと思います!」
くまのブラウンとは、幼いアテネが父から貰った誕生日プレゼントであり、形見の品でもあるぬいぐるみだ。
「結構大きいから、持っておこうか?」
「ありがとうございます。でも、大丈夫です。ちゃんとなおしておきますから」
アテネはおもむろに短い丈のメイドスカートをめくり上げ、その中にくまのぬいぐるみを押し込む。
すると、まるで手品のようにぬいぐるみが消えたではないか。
これは聖霊器である《聖盾アイギス》に付与された空間を制御する聖霊術を、アテネがアレンジしたオリジナルの収納術である、
「これでバッチリです! って、どうして顔を逸らすんですか、ルカ?」
「…………な、なんでもない」
「?」
アテネは不思議そうに首を傾げるが、ふと、目の前の彫像に目を取られる。
大通り広場には屋台や出店はなく、変わりにあるのは、星天祭のために作られた『オルフェウスとエウリュディケ』の彫像だ。
オルフェウスは琴を片手にエウリュディケへ手を伸ばし、天使の羽を持つエウリュディケもまた、オルフェウスへ手を伸ばす。
「生前に結ばれる事のなかった二人は、天の星となって永遠に結ばれた。今は残念ながら昼ですが、夜になれば天ノ川を挟んで琴座と白鳥座がみれますよ」
「まるで、織姫と彦星だな」
「おりひめ?」
「大和の国でもよく似た神話が伝わっているんだ」
「教えて下さい、ルカの故郷の話を」
「わかった」
ルカは語る。
織姫と彦星の物語を――
「天を支配する帝の子に、とりわけ武勇に優れた娘がいた。娘は国一番の槍の使い手で、鬼も龍も、彼女の姿を見ただけで逃げ出したという」
「凄い女性だったのですね」
「だが、娘は年頃になっても好いた男の一人も出来ず、常に無骨な鎧に身を包む始末だった」
「むむ……何故か親近感を感じます」
「見かねた天帝は娘に相応しい男を探した。西国無双の剣士に、東国無双の槍使い。神々すら魅了する美しい王子に、並ぶものなき叡智を持つ賢者などが集まったという」
「その中から婚約者が選ばれたのですか?」
「いいや、娘は天帝が選んだ男達に欠片の興味も持たなかった。何故なら、ずらりと並ぶ男達の皆が心の中で娘を――畏れていたのだ」
「そんな酷いです!」
「妻に怯える夫にどうして身を任せる事が出来ましょう。私が望むのは、私を畏れず一人の女と見てくれる……そんな殿方です。と、娘は言った。天帝は国中を探し、たった一人だけ娘を畏れない少年を見つけ出した」
「ど、どんな人だったのでしょう?」
「その少年は、勤勉だけが取り柄の泥と垢にまみれた『牛飼いの奴隷』だった。天帝の娘は彼に会うと猛然と槍を突き出した。だが、奴隷の牛飼いはまばたきすらしなかった。まばたきを忘れるほど娘に見惚れていたのだ。娘は槍を捨てると、その場で口付けを交わして永遠の愛を誓ったそうだ」
「素敵です! とても素敵なお話ではありませんか!」
アテネは頬を紅潮させた。
「ここまでなら美談で終わったのだろう。だが、話しにはまだ続きがあるんだ」
天帝の娘と、牛飼いの奴隷。
長くは続くまいと思われた二人は愛は、周囲の予想を裏切り、盛大に燃え盛り、まるで太陽が如く、朝から夜まで逢瀬を重ねた。
何年経っても冷めない愛に、最初は喜んでいた天帝だが、ある日問題が起きた。
天の守護を役目とする天帝の娘は、牛飼いの奴隷との逢瀬を優先するあまり役目をおろそかにし、神の領域に邪龍の侵入を許したのだ。
天界は多きな被害を受け、天の四方を守る結界石の一つが破壊されてしまった。
邪龍は天帝の娘によって討滅されたが、激怒した天帝は、二人に会う事を固く禁じ、牛飼いの奴隷を遥か天の彼方にある『星の牢獄』に幽閉した。
「そ、それでどうなったのですか?」
「状況はよくなるどころか、さらに悪化したんだ」
天帝の娘は悲嘆にくれ、毎日泣きじゃくり、槍すら握れなくなってしまった。
溢れた涙は洪水となり、天界からは日の光りが消え去り分厚い暗雲に覆われた。破れた結界からは、あしき存在がなだれ込み天界は荒れに荒れた。
天帝は娘に言った。
己の役目を果たすのであれば、月に一度だけ牛飼いに会う事を許そうと。
それを聞いた娘は、一も二もなく槍を手に取ると、あしき存在をことごとく串刺しにして天界を祓い浄めた。
そして、娘は天帝の許しのもと牛飼いに会いに行ったが、彼は――娘と会おうとはしなかった。
「な、何故です!? 心変わりをしてしまったのですか!?」
「その逆さ。牛飼いの奴隷は、天帝の娘を愛するからこそ、会わないと決めたんだ」
今、会ってしまえば、私達はまた全てを忘れて愛に溺れてしまう。
月に一度が、週に一度となり、やがては毎日となるでしょう。
だから、今は会いません。
あなたを真に愛しているからこそ、会わないと決めました。
悲しみの涙を流す娘に、牛飼いの奴隷は言いました。
私はこれより一年間身を粉にして働きます。天帝の許しを得て、今度こそあなたに相応しい男になってみせます。
だから、一年後の今日この時まで、待って下さいますか?
娘は「はい」と答え、自分もまた牛飼いの奴隷に相応しい女になろうと、懸命に役目に勤めたという。
「こうして二人は、互いを愛し、たまさかの逢瀬を心の支えとし、己の務めを懸命に果たしたという。って、どうしたんだ、アテネ?」
アテネがしょんぼりと落ち込む姿に、ルカは慌てる。
「い、いえ、何だかとても身につまされる話で……胸が痛いです。愛は盲目といいますが、周囲が見えなくなってしまうものなのですね」
母から強い叱責を受けたばかりのアテネは、織姫に深く共感し、心の襟をただすのであった。
「俺達も……気を付けないとな」
「はい! ルカと一年も会えないなんて絶対に耐えられません!」
「まったくだ」
「ですが、不思議ですよね。これだけ遠く離れた国同士なのに、よく似た神話が伝わっているなんて」
「本当にな」
「それに私達の境遇に通じるところもあって、すっかり感情移入しちゃいました」
「身分違いの恋には、それだけ多くの試練が待ち受けているのだろう」
「………私達の未来にも、同じような試練が訪れるのでしょうか?」
「それは……わからない。だが、確かな事が一つある。例え神が許さなくても、俺はアテネを諦める事はない。どんな試練も乗り越えて見せる。それでも運命が俺達を引き裂こうとするなら――」
「この私が、ルカを浚って世界の果てまで逃げて見せますよ!」
ルカの言葉に被せるように、アテネは言い放つ。
身分の壁も、生まれの違いも関係ない。
この人さえ側にいれば、どんな場所でも楽園に出来る。
それは無人島での生活を経験したからこそ見出した、アテネの答えである。
「――――ッ!?」
自分が言おうとしていた台詞を先に言われたルカは、驚きに目を丸くするが、すぐに嬉しそうな笑みを浮かべる。
「頼もしい織姫だ」
「ええ、頼りにして下さい、彦星様!」
アテネは照れるように頬を染め、元気よく言った。
胸は今もこれ以上ないほどドキドキしているが、身体も心も羽が生えたかのように軽やかだった。
ドキドキの特訓は思った以上に順調に進んでいると、アテネは感じていた。
イチャラブはもう少し続きます。
もう少し……一章まるまる。




